第54話 最適化

 おかしな羊娘はダンジョンの最初の部屋から出られないそうだ。小さな扉と壁は単なる仕切りで、自分の部屋やお風呂等も部屋としてはまとめて1部屋扱いらしい。お風呂等は館と同じものなのでとても良い。

 羊娘はお茶を出したり、片付けをしたりして、執事としての仕事をしっかりするのはいいが話すとガッカリなのが問題だった。

 ただルナは羊娘を使うのが上手だった。しっかりと主従関係が出来ている。


 マスターは自分のはずだけどな……

 

「マスター、ポイントが貯まったからゴブリンの中部屋に経験値アップの効果を追加してあげたわよ」


「ん? ありがとう。凄いな。よく考えているじゃないか」


 洞窟タイプの中部屋は低レベルの者が多いから経験値アップは大きいだろう。

 褒めると何故か顔を真っ赤にして黙るのが分からないが。

 羊娘はダンジョンを自動的に最適化するけど事後報告は必ずする。とても大事な事なので評価が出来る所だ。



 ルナと一緒に珪石を取りに東の山に行く事にした。デミールさんの地図通りの場所に珪石はあった。ピッケルで石を割り、ハンマーで小さく砕いてからリュックサックに入れていく。

 東の山はとても高い山だ。誰も山頂まで行った人はいない。山の向こうは東の国らしいが本当かは分からなかった。

 ちょっと山を登っただけなのにアルカディア村はとても小さく見えた。少し西の方を見るとフロンティア村も見えた。もっと上まで登れば西の砦まで見えるかもしれない。さらに登れば西の関所も見えるんだろうか。南には海が見れる。どこまで遠くを見ても海しか見えない。

 

「ルナ、海の向こうには別の国があるって本当だと思うかい?」


「あるかもしれないけど興味無いわ」


「そうなのかい? 行ってみたいけどなぁ」


「私はもうアルカディアから出たくないわ。もう王都にも行きたいとは思わないのよ」


 ルナはアルカディア村を見つめながらはっきりと言った。


「なぜそこまで強く思うんだい? 王都くらいよくないか?」


「アルカディアには大事なものがあるわ。あなたが木を植えると言った時に強く思ったの。私はここで一緒にやらないといけないと」


「一緒にやろう。豊かで美しい森を作ろう」


 爽やかな風がアルカディア国の木の香りを運んできてくれた。優しい気持ちにさせてくれる香りだ。しばらく石の上に腰掛けてぼんやりとアルカディア国を眺めていた。


 とても心が落ち着く


 こうして山に登るのも面白いな。山の上から見るアルカディアの景色はとても美しく思えた。緑が豊かでみんなが協力し合って生活している国だ。



 塗料を作ってみたら中々の出来だったのでアオイの店に持って行って試してもらう事にした。


「光沢もあるし、塗装の強度もあるわ。商品にしてもいいレベルだわ」


 合格がもらえたので白はいいな。ファリスに白色塗料が完成したのを伝えておく。何とか次の補給には間に合ったみたいで、これでジェロ達も帰ってくるかもしれない。


 デミールさんに教えてもらいながら村にあるオリーブの木の枝を切って持って帰った。ルナは村長の家から藤の木をもらってきた。東の国の木で美しい花が咲く木だ。

 庭に木鉢を並べて挿し木していく。


「しばらくは木鉢を作って挿し木か種まきだね。ある程度育ったら地面に植え替えだよ」


 挿し木で増やした方がいい木と種から育てる木があるそうで、他に接ぎ木もあるそうだ。種から育てるととても時間がかかってしまうので、挿し木を多めに育ててみよう。


「とても楽しいわね。ここをお母様に負けないくらいの美しい庭にしてみたいわ」


 ハーブは沢山育てているから花が咲けば綺麗だけど、やっぱり木が花を咲かすと規模が違うからな。

 木は他にも建築材向けのウォールナット、チーク等が必要かな。


 木を植えたら、薬草畑の手入れをする。人口が増えたので薬草畑も少し広くしている。薬草畑は完全に復活している。以前より調子がいい位だ。ルナと一緒に今まで以上に丁寧な手入れをしているからもしれない。


「アルカディア国の薬を全部ここで作っているのね」


「避難民の分を考えるともっと畑が必要だな」


「土から作るのは大変ね。少しずつ準備しときましょう」


 薬草畑の側にはトマト畑を作る予定だ。魚料理との相性がいいので作る事にした。

 小さな庭だけどいろんな未来が詰まっている。ハーブのおかげで殺風景では無くなったけど、もっと美しく変わっていくはずだ。


「薬草も野菜も土が大事ね。土、水、太陽、そして人。私もヒナの結婚式の時に飲んだ葡萄酒の味が分かるようになりたいわ」


「きっと分かるさ。作る人の思いが伝わってくる時が必ず来るよ」


 休みの日は庭作りをして過ごしている。2人で座れるベンチも作った。塗料を塗って白色のベンチにしてみた。塗ってみたら中々いい感じなので庭を囲む柵も白色に塗った。

 たまに近くの工房で働いている人が見にくるので、一緒にハーブ茶を飲みながら庭作りの情報交換をする。やっぱり凝っている人は詳しいのでいろいろ教えてくれて勉強になる。


「面白いわね。何かを始めると誰かが助けてくれる。この人、こんな事に詳しいんだって新しい発見もあるわ」


「デミールさんと出会った時はびっくりしたよ。小さな村でもいろんな人がいる。情熱を持って頑張っている人達が沢山いるんだ」


 塗料が欲しい言う人もいたので作ってあげた。艶の無いタイプと艶有りタイプの白色しかまだ出来ていないけど、木材の保護にもなるので意外と需要があった。ただ作り置きが出来ない。乾くと使えなくなるのでアオイの店で量を指定して注文してもらい、後日届けに行く事にした。


「他の色が欲しいって言う人が多いわ。色素になる花が必要ね」


「白色が欲しかったから花を使ったけど、色さえ抽出できれば何でもいいみたいだよ。色素だけを取り出して粉として保存出来る」


「色素の粉は糸や布の染色にも良さそうね。カナデと話をしてみるわ」


 カナデの製糸工房は布の生産に取り掛かっている。これによりアルカディア国は隣国から物を調達する必要が基本的には無くなった。

 製糸工房ではフロンティア村の人達が働いている。最初は戸惑っていたけど、今ではすっかり馴染んで明るく仕事をしている。他の施設もいろんな人達が出入りして賑わっている。

 工房通りを見に来る避難民もいた。もちろん工房を自由に利用してもらって構わない。アオイの店にお金を持って物を買いに来る人もいた。アルカディア国では物々交換が基本だと言うと驚くそうだ。

 

 

 1か月程が経ち、ようやくジェロ達が帰ってきた。突然、館に現れてファリスに詳細を報告していったらしい。


 ファリスから報告を聞かせてもらう事にした。


「西の領地の反乱はアストレーアさんによって完全に鎮静されたそうです。ジェロさん達は遊んでいただけと言い張ってます。ステラ達はアストレーアさんと一緒に捕らえた領主を連れて王都へ向かったそうです」


「騎士達の家族はどうなったかな?」


「ジェロさん達が保護して連れてきました。とりあえずフロンティア村に住んでもらう事にしたので騎士の方々も移動しました」


 フロンティア村に様子を見に行くとテントが幾つも設営されていた。村長セレスが忙しそうに指示を出している。


「何か困っている事は無いかな?」


「体調が良くない人が多いわ。かなり過酷な状況だったみたいね」


「体調の悪い人はアルカディア村で看病するから、無理をしない様に伝えてくれ。館の前のテントが空いたからそこで治療するよ」


「助かるわ。大変だけど人が増えたのは嬉しいわ。アルカディア村みたいにいろんな施設を作って自立出来るようにしたいわね」


「焦らずゆっくりやればいいよ。まずはここでの生活に馴染む事が大切だからね」


 村長セレスは大きく頷いて仕事に戻って行った。彼女は大きく変わったようだ。自信を持って村民に指示を出している。村の中にはお風呂が完成している。もう少しでパン屋も出来るそうだ。更地だった場所はみんな畑になっている。各家の周りにはハーブが植わっている。

 セレスの家の周りには挿し木がしてある木鉢が沢山並んでいた。

 たまにしか来ないけどフロンティア村はどんどん変化しているみたいだ。


「ナック君、家族を救ってくれて本当にありがとう。皆を代表してお礼を言わせてもらうよ」


 西の城で知り合った男性がこちらに気付いて話をしに来てくれた。


「村長セレスが生活を支援してくれると思います。もちろん困った事があれば直接言ってもらっても構いません。しばらく大変かもしれませんが頑張ってください」


「正直あまり心配していないんだ。この国でやり直せる事をとても感謝しているよ」


 前向きになってくれて良かった


 そうだな 命さえあればやり直せる


 支えよう 新しい出発を

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