第53話 暴れる羊

 他国で暴れているジェロ達を呼び戻す為に塗料を作ってみる事にした。騎士の鎧を再現出来ればヤツらは帰ってくるはずだ。

 錬金術の本でレシピを確認してみると、基本的に油が必要な様で材料も身近な物で何とかなりそうだった。

 アオイに手の平サイズの錬金釜を沢山作ってもらって実験する事にした。動物油を作ってみる。羊の骨、血、レバーとスライム粘液を錬金釜に入れて錬成する。これで『動物油』が出来た。次に色素を加えていく。騎士の鎧は白が基本なので白い花を動物油に加え、なるべく不純物を取り除き、純白をイメージして錬金を重ねた。『白い塗料』が出来たがどうも光沢が無い。試しに練習用の防具を塗ってみたがとても騎士の鎧の様な輝きが無い。輝きを出すには石が必要な様なので、ファリスに鉱石図鑑を借りて勉強する事にした。


「ナック君、今度は鉱石の勉強を始めたんだって?」


 デミールさんは鉱石に関して多少の知識があるそうだ。珍しい植物を探して森や山をよく歩いているので、変わった岩がある場所を知っているみたいだ。


「東の山は岩場が多いから鉱石も豊富だよ。見に行くといい。ただ貴重な植物もあるから踏まない様にね」


 簡単な地図に鉱石のありそうな場所を書き込んでくれた。家の近くにも岩場があってそこで珪石が取れるそうだ。

 アオイの店に行ってピッケルとハンマーそれと枝切り用のハサミの製作を依頼した。


「これで騎士の鎧に使う塗料が出来るといいけどな」


「全く理解できないわ。塗料が出来たら本当にジェロ達は帰ってくるの?」


 アオイは完全に呆れているけど、ヤツらは驚く程に単純だ。


「どうせなら金色とかピンク色も作ったら? 死ぬ程喜ぶかもね」


 それはどうかな……純白以外認めないかもしれないし、真っ黒でも喜ぶかもしれない。好みの色何て人それぞれだからな。


「ハサミは何に使うの?」


「木の枝を切って挿し木で木を増やすんだ。種から育てるより楽で早く育つってデミールさんから教えてもらったんだよ」


「ふーん。私もやろうかしら? 東の国の木を育てたいわ。とても綺麗な花をつける木があるのよ。店の周りに植えたいわ」


「いいじゃないか。ルドネさんに仕入れを頼んでみるといいよ」


 綺麗な花なら色素も取れるし、見るだけでも心が豊かになる。



 ダンジョンの設計を大幅に変更した。戦う場所は開放している3部屋とフグスライムの部屋だけでいい。大量にあった備蓄もほとんど使用してしまって空き部屋だらけなので削除した。ダンジョンに入らない日の方が多いくらいだ。ダンジョンは夜も明るいから最初の部屋でルナとお茶をしたり読書するには便利だけど、以前程の利用価値が無くなってしまった。それだけアルカディア国が育ったという事だろう。


「もうダンジョンは必要ないかもしれないな。ダンジョンマスターなのに興味が無くなってしまったよ」

 

 今はルナと最初の部屋でお茶をしているけど、ほとんど館で仕事をするので、最近は家にいる時間もあまりない。


「そうね。忙しくて誰も来なくなったわね。でもこうして2人でゆっくり過ごせるのはいいと思うわ」


 むしろそれが普通なんだ。戦って強くなる必要なんて無い方がいい。

 アルカディア国の為にと無我夢中になっていたけど、少し冷静になって普段の生活を見つめ直す時かもしれないな。


 以前はもっとゆっくりと時間が流れていた


 自分の時間を大切にしたいな


 そう思ったら、今こうしてルナと2人で過ごしている時間がとても愛おしく思えてきた。


「ルナ、このハーブ茶はとても香りがいいね。何のハーブかな?」


「いいでしょう。これはジャスミンよ。香りがとても上品ね」


 ルナがとても可愛い笑顔で教えてくれた。あまりの忙しさに周りが見えなくなっていたのかもしれないな。


 身近な所にある小さな喜びを見て、感じないとな



 ゴン! ゴン! ゴン!



 柵の中にいる羊が急に暴れ出した。

 そういえばしばらくエサもあげていなかった。ルナが草を持っていき柵の中に入れたけど羊は食べようとしない。


「具合が悪いのかしら? それとも怒っちゃった?」


「そのうち食べるよ。放っておけばいいさ」


 しばらくルナは心配そうに羊を見ていたけど首を傾げて戻ってきた。



「ムキーー! もう我慢出来ない! 早く殺しなさいよ!」


 羊の方から少女の様な甲高い声がした!

 

 驚いてルナの方を見るけどルナは喋っていない。


「ムキー! アンタ達極悪よ! どんだけ放置するのよ!」


 よく分からないけど羊が喋っている様だ。珍妙なので殺す事にしよう。羊に近づいて抜剣して突き刺そうとすると


「ギャーーー! 殺さないでーー!  信じらんないわ! 鬼畜ね!」


「いや、早く殺してって言わなかったか?」


「 …… 」


 ルナが怯えながら側に寄ってきた。


「しゃべる羊何て聞いた事がないわ。きっと虹色羊みたいに特別よ。食べたら美味しいかも」


「な!? 可愛い顔で恐ろしい事を言うエルフね! ドン引きよ!」


 冷たい目をしたルナが無言で護身用のナイフを抜いた。


「ヒィーーー! ごめんなさい! ごめんなさい! 殺さないでぇー!」


「何でしゃべるのか説明しなさい」


 ルナが村長に見えてきた。怒ると村長化するようだ。


「そんなのも分かんないの? バッカじゃない! バーカ!」


「……殺しましょう」


「ヒィーーー! 冗談よ! 冗談に決まってるでしょ! エルフは頭が硬いわ。マスター助けなさいよ!」


「いや、なんか面倒だし殺してしまおう」


「ヒィーーー! 信じらんないわ! アンタ達のせいよ! 最高品質のダンジョンに馬鹿みたいな魔力とダンジョンポイントを貯め込んで、さらに縮小までして! いろんな物が溢れ出て私が擬人化しちゃったのよ!」


「困っているみたいだな? 解決してやろう」


 簡単だ。始末してしまえばいい。


「バカ! バカ! 絶対ダメよ! 働く! 働くから助けなさいよ!!」


「よく考えている事が分かったな? 何をする気だ? 羊のくせに」


 羊は口をパクパクさせて必死に喋っているけど珍妙でしかない。


「ダンジョンを最適化出来るわ! 凄いでしょ! 褒めなさいよ!」


 最適化だと? 意味が分からない。


「聞いていなかったのか? もうダンジョンは要らなくなってきたんだ。それに喋る羊など珍妙すぎてもっと要らない」


「な?! 何ですって! 設定させなさいよ! 私にふさわしい麗しき美少女になればいいんでしょ!!」


 喋る羊がバタバタと必死に暴れて喋っている。


「どうやれば設定させられるか分からないから無理だな」


「ムキーーー! そんなの簡単よ! 虹色羊皮紙に『自動最適化』許可と書いて魔石に吸わせればいいだけよ!!」


 虹色羊皮紙かよ……もったい無いじゃないか。しかしコイツはダンジョンの事に詳しいみたいだ。本に書かれていない事も知っていそうだ。


「最適化するとどうなる? あの羊皮紙は貴重だ。使うには説明が足りないぞ」


「簡単よ! ダンジョンポイントを消費して敵から得られる経験値を増やしたり、ドロップ率を高めた部屋が作れるわ。凄すぎ!」


「お前……話を聞いて無いだろう? もう戦う必要が無いんだよ」


「な?! 何ですって! 大体、ダンジョンで敵と戦わないでお茶してる何て異常よ! 不謹慎だわ! いつもイチャイチャして! とにかくダンジョンの性能を全く活かせていないわ!」


 うーん……かなり使いこなしていたつもりだが。まだ隠れた性能があるのか。


「お前の性格は設定出来ないのか?」


「ヒ、ヒドイ事を平然と言ったわね……これは初期設定だから変えれないのよ……ちゃんと働きますから……シクシク……」


「ねぇ何だか可哀想よ。働くって言ってるからいいと思うわ。役に立たなかったら焼いて食べればいいし」


「このエルフは危険よ! 私は美味しくないわよ! ムキーーー!」


 泣いたのかと思いきや急に怒り、バタバタと暴れ出した。もう面倒だからやってみるか。


 虹色羊皮紙を持ってきて自動最適化 許可と書いて虹色魔石に吸わせた。するとボン!と音がして羊が白い煙に包まれた。煙がゆっくりと消えていくと可愛い少女の姿があった。だが……


「何だ? その羊の様な服は? ふざけているのか?」


「しょうがないじゃない! 羊なんだから!」


 少女は羊毛のモコモコした服から手足を出して立っている。


「まあいい。早く最適化して見せてくれ」


「先に柵から出しなさいよ! もうずっとこの中にいるのよ!」


 手足があるから出れるじゃないか……柵を外すとちゃんと足でスタスタと歩いて出てきた。


「ふぅー。やっと出れたわ。最適化するから1度外に出なさいよ。一瞬で仕上げてみせるわ」


 こちらがマスターのはずなのになぜ命令口調なんだ? どんな初期設定何だよ……ルナと一緒にダンジョンから出て扉を閉める。するとダンジョンの扉がパッと光を放った。


 扉が豪華になっている……王都の城で見た様な扉だ


 扉を開けて中に入ると洞窟だったはずの最初の部屋が豪華な客室に変わっていた。どこかで見た時がある様な感じだが……


「どう? 凄いでしょ! マスターの頭の中のイメージを繋ぎ合わせて最適化してみたわ」


 みんなが座る所は王都の宿みたいだ。錬金作業する所は錬金術ギルドに似ている。武器、防具は王都の武器屋の様に陳列されている。入り口の他に扉が3個ついている。大きな扉と小さな扉、それに羊の印がついた小さな扉。


「大きな扉は今までのダンジョンに繋がっているわよ。小さな扉の先はお風呂、トイレ、キッチンがあるわ。羊の扉は私の部屋よ。マスターが王と密会した時の部屋にしてみたわ」


 ちゃっかり自分の部屋まで作っている。しかもあのベッドの部屋か。


「素敵だわ。本当に働けたのね」


「当然よ! 私、優秀ですから!」


 おかしな服を着て自慢しているけど、どうも納得できない。もう少しまともな言動ならいいんだが……


「ここの部屋が凄いのは分かった。ダンジョンはどうなった?」


「何も変わってないわ! この部屋に全ポイント突っ込んであげたわ!」


 コイツ! 何かやらかすと思ったがやっぱりやったな!


 ダンジョンは最初の部屋だけが最適化された


 またポイント貯め直しだ


「私のジョブは当然、執事よ! もうベタベタね!」

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