第52話 未来

 早朝から周りはお爺ちゃんとお婆ちゃんだらけだ。

 ビッケのオススメポイントだけではなく、釣り場という釣り場が満員御礼状態になっている。海産物確保の協力を依頼したらみんなで釣りをする事になった。釣りを未経験の人がほとんどだったけど、やってみると楽しいのが分かったようで『釣りブーム』が起こってしまった。

 いつもと同じくらいの早朝にルナと釣りに行っても、既に釣り場は満員で竿を出す場所がない。


 ルナと釣りがしたい……


 でも自分で頼んだ事なので文句も言えない。


「遅いぞナック! もう籠がいっぱいじゃ! はよ持ってゆけ!」


 代わりに空の籠を渡してビッケの家に戻ると必ず数名の女の子が待っている。朝早くから頑張るな……


 『ビッケガール』だ


 西の橋でのビッケの戦いを見た若い女性達が、ビッケの家で干物作りを手伝うのを申し出たのだ。これに焦りを覚えたファリスが特急で干物工房の建築を指示した。現在、急ピッチで建築が進められている。

 

 干物に向かない魚は館で朝食や昼食の食材にする。美少女騎士達は西の領地に行っているので、ルナと2人で食事を作る担当になった。

 何とか魚料理をメインにしたいけど焼き魚だと量があまり作れない。

 そこで『アクアパッツァ』と『ブイヤベース』とアオイ直伝の『鍋』を作る事になった。基本のレシピにいろいろ足せばアレンジがいくらでも出来るので、食材の無駄が無くていい。

 何度か料理を作っている内に楽しくなってきたので、しばらく食堂で働かせてもらう事にした。


 アルカディア国は避難民の受け入れで大混乱になったがファリスの頑張りで何とか落ち着きを取り戻しつつあった。自分も何か手伝える事があればいいけど、邪魔になるだけなので治療、料理、農耕くらいしか出来なかった。

 ファリスがようやく西の砦から帰って来たので、今後について会議を開く事にした。

 参加者は自分、ファリス、ザッジ、ルナ、デミール、セレスだ。

 ファリスから現状報告が行われた。


「避難民に元々、計画があった砦の建設予定地に避難所を作ってもらいました。砦を繋ぐ道は荷馬車が通れる様になっています。これにより大まかに言えば未開の地が無くなりました」

 

 ここぞとばかりに捻じ込んだな。さすがファリスだ。人手が沢山あるんだから、それを有効に利用する辺りは素晴らしい手腕だ。

 

「次に食料ですが、避難民はフロンティア村民と違って農民なので、狩猟や採取である程度は食材を自分達で確保出来ます。それに加えてアルカディア村から海産物や食材の支給があるので食料は大丈夫そうです」


 アルカディアには豊かな森がある。ゴブリンさえいなければ魔物の危険は少ないから、森の恵みを有効に利用すればいいな。羊の量も回復してきたし、木の実やキノコだって沢山ある。


「だだ、食料に関連した問題が発生しました。『塩』が欲しいと要望が来ています。塩はとても重要です。だから干物工房で塩も作る事にします。とても重要すぎるので私が直接指揮します。可及的速やかにビッケと塩を作る事に決まってます」


 ぶち込んできたな! 


 余程気になるんだな。塩は錬金術でも作れるけど言うと恨まれそうだ。まあ頑張っているから良しとしよう。

 

「次に住居ですが、住む所はテントで何とかなっています。ただ、最初に避難して来た方達は村を焼いて来たので西に戻る意思は無いとの事です。いま避難している西の砦を中心に村を作って、そのまま住んでもらう事にしたので木造の家を建てる事にしました」


 それは仕方がないな。焼けた村を元に戻すのは大変だろう。木すらアルカディアから調達しようとしていたんだ。あの人達に帰れと言うのは酷だろう。テントでずっと生活させるのは無理だしな。移住を認めるしかないな。


「西の領地ですがクレアが西の関所に補給を受けに来ますので、そこで情報を得る事が出来ます。現在、守っていた城を捨て、反逆者の領主を討伐中で各地を転戦中です。どうもジェロさん達も一緒らしいです」

 

 アイツら! 居ないと思ったらまだ向こうにいるのか!


 マズいな……これ以上他国に干渉したくない。何とかしなければ。


「ジェロ達に帰ってくるように伝えてくれ。暴れすぎだ」


「分かりました。次回の補給時にクレアに伝えます。それから北の情報も入っています。税で徴収した食料を西のゴブリンのエサにしていると噂が流れていて、激怒した農民達が各地で暴動を起こしている様です。とても西に食料を融通する事は出来ない状況みたいです。これでは西の領地は潰れる可能性が高いですね」


 これも元ジェロ隊の仕業だな……確か北に1人向かったはずだ


「西の橋に作っているのは砦ではなく関所なんだな? 北にも作った方がよくないか?」


 ザッジは北の防御が気になる様だ。北の情勢はあまり良くない。


「西は避難民がいるので管理してくれますが北には誰もいません。西の成り行き次第では北の橋を封鎖するのもいいかもしれません」


「そうだな。頼って来る者はいるが、こちらからは用が無い。封鎖は思いつかなかった。アストレーアがいた様な強固な城でも建てた方がいいかと考えていたが橋を壊した方が早いな」


 ファリスとザッジは北への橋が危険だし不必要と考えている様だ。


「西は完全に戦闘状態だし、今はまだ北の方が安全に隣国との行き来が出来る。封鎖は一案として考慮しておいて現状維持としておこう。欲しい物があるんだ。不在の間に商人ルドネは来なかったかい?」


「ナック様と入れ違えに西の情報を伝えに来ました。しばらく滞在して待っていたんですが、西に橋が架かっているとビッケが伝えに来たので私の計略の手伝いをしてもらいました。あの青い旗は商人ルドネに依頼しました。情報が遅れて申し訳無いと謝っていましたよ」


 やはり情報を持ってきてくれていたか。橋を早期に発見出来たのは偶然だ。決して情報は遅くはないだろう。常にアルカディアの為に動いている訳ではないんだしな。


「西の領地を見て感じた事があるんだ。アルカディア国はどんどん開発が進んでいるが、育てる事が足りてないと思う。木を植えようと思うんだ。切った分と同じ量とは言わないが木を育てたい」


「うん。ナック君、とてもいい考えだよ。木を育てるのには時間が必要だからね。材木に適した木や実のなる木がいいんじゃないかな? 油にもなるオリーブや甘い果実がいいかもしれない」


 さすがデミールさんだ。オリーブは用途がいろいろあっていいな。


 セレスが挙手をした。


「私にもやらせてくれないかな? とても育てる事に興味があるの。野菜もだけど木も育ててみたいわ」


「いいよ。デミールさんと一緒にやってみてくれ。いろんな木を仕入れたいな」


 商人ルドネに珍しい苗木を仕入れてもらおう。


「隣国の情勢には注意を払わないといけないけど、大事なのはアルカディア国が将来も豊かである事だ。資源を枯渇させて子供達に苦労をさせる訳にはいかない。みんなで理想的な未来を思い描いて行動しよう」


 決して草しか無い様な国にしてはいけない


 決して争いばかりの国にしてはいけない


 

 館の厨房で晩ご飯の準備をしていると怪我から回復した騎士達が食堂にやって来た。まだ安静にしていないといけない人もいるけどテントは目の前にあるので、リハビリがてらこちらに食べに来てもらう事にしてみた。配膳も手伝ってもらう。


「食事をした後はお風呂に入って下さいね。自分はここにいるので具合が悪くなったら言って下さい」


 ルナ、ファリス、ビッケ、クレアの母親と一緒に晩ご飯を食べているとアストレーアの守っていた城で知り合った男性が近づいてきた。


「君と面識があると言ったら代表者に選ばれてね。少し話をさせて欲しい。命を助けてくれて皆、とても感謝しているんだが……残してきた家族が心配なんだ。家族は恐らく我々が死んだと思っているだろう。死ぬつもりだったが生きている……おかしなものだな。家族に会いたくて仕方がないんだ」


 しまった。家族の事まで考えていなかった。当然、心配だよな。


「今、西の領地は戦闘状態です。ご家族の安否を確認するのは大変かもしれませんがやれるだけの事をします。居場所を教えて下さい。アストレーアに伝えて保護を依頼します」


 ステラ達もいるし何とかしてくれるかもしれないな。


「君は本当に『王』なのだな。医者、戦士、農民、調理師、どれも王がする様な事ではない。そんな王は聞いた事が無い」


 王とはどんなものなのか知らない。


「最近よく言われますが、自分が王と思った事はありません。やりたい事をやって生活しているだけです」

 

「……皆、家族とここで生活がしたいと考えているんだ」


「もちろんいいですよ。移民者には家が与えられますが、今は避難民が多い事もあって混乱しています。少し時間を頂きたい」


「状況はある程度聞いているよ。みんな喜ぶ。ただここで何をして生活すればいいか分からない。もう戦いたくは無いんだ……」


「そうですね。基本は農民ですが仕事の種類が増えてきました。良ければ自分と一緒に木を植えませんか?」


「木? 『王』が木なんて植えるのか? 益々不思議な王だな」


「西の領地を見て重要だと思いました。国の未来のために木を植える事にしたんです」


「木……未来……西の領地も昔みたいに美しい森を蘇らせる事が出来るのだろうか?」


「それは分かりません。でも誰かが始めなければ変わりません」


「……そうだな。それを自分が始めればいいのか……」


 出来るか 出来ないか やればわかる


 それは過去の誤ちを取り戻すものでもいい


 一歩だけでも踏み出してみよう


 世界が変わるかもしれない

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