第51話 道

 ゴブリン軍は完全に鶴翼の左右の翼に囲まれて崩壊していった。

 東まで陣が進むと急にゴブリン達がいなくなった。そこにはザッジが1人で立っていた。

 こちらに気付きアストレーアの位置を変わってくれた。


「すまない……ザッジ。頑張ったんだが体がもう動かない」


「サボり過ぎだな。俺はまだまだやれるぞ。後は任せろ」


 ザッジにゴブリン軍の駆逐は任せて、クレアの所に戻った。


 アストレーアは何とか会話ができる様にはなったようだ。


「アストレーアさん、ゴブリンの駆逐はザッジが引き継いでくれたから大丈夫です。これからどうしますか?」


「……城の中に動けない者がいるので助けて欲しい。水と食料を……」


 しゃべるのがやっとの様だな。これは城の中は相当ひどいな……


「クレア、補給はできそうか? ずっとここにいたから状況が分からないんだ」


「はい。ちゃんと物資を持って来ています。私が城に運び込む手配をしてきます」


 クレアに補給を頼んでアストレーアの乗る馬を手で引いて城に連れていく事にした。


「無茶をしたもんですね」


 アストレーアに呆れて言う。死ぬ気で他人の城を守る気持ちが分からない。


「……お互い様です……」


 こっちはジェロのせいで巻き込まれただけだ。これで良かったのかも分からない。


「こちらが戦うのはここまでです。ステラ達をお返ししますので何とか切り抜けてください。東に橋が架かっていますのでアルカディアに逃げる事なら出来ますよ」


「……逃げる事はありません。補給だけ支援して頂きたい」


「いいですよ。その引き換えと言っては何ですが、今回の救援の件は内密にお願いします。アルカディア国はもう戦いたくない。戦いに参加すらして無い事にして頂きたい」


「しかし、それでは助けてもらった恩を返せません」


「そうですね……命を大切にして下さい。それだけでいいです」


 自分達の進んでいる所にはゴブリンの残骸が山になっている。魔物だがこれも命だな。狂った領主のせいで無駄に数を増やされ、操られ、死んでいった。

 城門の近くまで来ても生きているゴブリンは全くいなかった。

 アストレーアを城門に連れていくと門が開かれた。彼女は何とか馬を動かして自分で中に入っていった。門は閉ざされる事は無かった。

 自分1人でひらかれた城門の守りについた。

 しばらくするとクレアが荷馬車を3台引き連れて城門に来た。


「クレア、中に入ったら一旦、城門を閉めて治療に当たってくれ。俺は北に行く」


 クレアと城門で別れるとすぐに城門が閉められた。北の状況は全く分からない。

 北側に向かってもゴブリン達は全くいなかった。あるのは死骸だけだった。

 大勢の人達が集まって何かを取り囲んでいるのが見える。ジェロ達もそこにいる。東から北まで陣が進んだ様だ。取り囲んでいる者に話を聞いてみる。


「どうしたんだい? ゴブリンでも残っているのか?」


「騎士達が投降に応じないで戦い続けているんです……」


 もしかしてあの人か? 


 囲みの中に入れてもらうとやはり見覚えのある人がいた。満身創痍だが戦い続けていた。

 だが、もう戦えそうにも無かった。ステラ達が囲んで真剣に勝負をしている。


 悲しい戦いだな……


 こんなものに意味などあるのだろうか


 しばらく続いたが騎士達は力尽きて戦いは終わった。


 全ての戦いは終わったが……


 誰1人勝利を喜ぶ者はいなかった



 ステラ達を城に残してアルカディア民は帰路についた。これ以上、隣国に干渉する訳にはいかない。

 国境の橋を渡ると西の砦と同じ様な砦が築かれていた。門を通らないとアルカディア国に入る事は出来ない様になっていた。

 

 門を通ってアルカディア国に入る


 僅かな間だったが多くを学んだ


 アルカディア国に入ると見知らぬ人達が木材を加工して働いていた。まだ砦は建築途中みたいだ。砦を抜けると来る時には無かったしっかりとした道が出来ていた。荷馬車が通れる幅の道が東に向かって伸びている。道は西の砦に通じていた。そこではファリスが出迎えてくれた。ここで指揮をしているそうだ。


「ナック様、早速ですが今後について早急に決めないといけない事が幾つもあります」


「ああ、分かっているよ。避難して来た人達だが基本的には隣国に帰ってもらうよ。よく考えて希望した人のみ移住を受け付ける事にしよう。避難した人の住む所だけど、隣国で見たテントを真似しよう。短期間なら十分に対応出来そうだ。1番困るのは食料だと思う。今、アルカディアで唯一、沢山ある物を利用しよう。『海産物』だ。アルカディアはまだ海を上手く利用していない。アルカディアを頼って来た人達に出来るだけの事をしてあげたいが、国を枯渇させる訳にはいかない。しばらく辛いかもしれないが何とか耐えてみよう」

 

 ダンジョンには頼らない。自力で対応出来る範囲でやらないとこれから持続させる事など出来ないんだ。


「分かりました。それでほぼ全て決まった様なものですね。細かな部分はアルカディア村に戻ってから詰めましょう。ひとつだけ確認させて下さい。怪我人を大勢連れて帰られましたが、その方達の処置はどうされますか?」


「忠義心のある素晴らしい人達だ。どうしても見捨てる事が出来なかった。アルカディア村に帰って責任を持って治療するよ。あの人達は国には帰れないだろう。アルカディア国に住んでもらう様に話してみるよ」


 騎士達をみんな治療して何とか命を救った。本人達は不本意かもしれない。恨まれるかもしれない。


 それでもいいんだ


「覚悟を持って救った。どうなるかは分からないよ」


「きっと大丈夫でしょう。ナック様は本当に変わっていますね。楽な道がいくらでもあるのに厳しい道を選びます。アルカディア国のみんながそうなのかもしれませんね。でもみんな楽しそうにしています。変わった国です」


 厳しい道か。確かに今は厳しいと感じるかもしれない。だけどいつか必ず良かったと思える道だと思うんだ。

 西に行って本当に良かった。


「そういえばビッケはどこにいるんだい?」


「……1人で北の橋を守っています。呼ぶまで帰らないでしょうね」


 北に行ったか……ビッケ……


「すぐに戻ってもらおう。漁を仕切って欲しいんだ。俺はテントを作るよ。1個だけ拝借したんだ。真似して大量に準備するよ」


「分かりました。人員はこちらで選んで送ります。人が沢山増えたので利用した方がいいですから」

 


 帰ったらすぐに中央広場、館の正面にテントを設営した。連れて帰った怪我人達の治療をここで行う。

 館ではルナとアオイが頑張ってみんなを取りまとめていた。テント製作と簡易ベットと寝具の製作を依頼するとすぐに動き出してくれた。ダンジョンの備蓄を全て使っても構わない。まさかこんな事に使うとは思わなかったけど、ある物は全部使えばいい。


 アルカディア村は大勢の人で溢れていた。西で戦って戻って来た者達は、ほんの少し休憩しただけ各作業に加わってくれたし、避難して来た人達は必死になって動いてくれる。


 ヒナに無理を言って設計図を書いてもらう。テント、簡易ベット、寝具、それに船だ。


「テントは広場に見本があるよ。避難して来た人達の為になるべく急ぎで作りたいんだ。形を統一して作った方が早く出来ると思うから避難者向けの備品の設計図を頼みたい。それと小さな船を木工工房で作って欲しいんだ。なるべく単純な構造で早く出来る物がいい。魚を大量に確保して食料にするつもりなんだ」


「全く……西に偵察に行っただけのはずが大変な事になっているみたいね……分かったわ。船以外はすぐに出来るわね。船は体調の良い時にやるわ。ちょっと今は気持ちが悪くて……」


 妊娠中なので無理は禁物だけど、数枚設計図書く程度ならと協力してくれる事になった。


「無理を言ってすまない。もちろん体調のいい時で構わないよ。ザッジは怪我人を連れて最後に帰ってくるよ。もう着く頃かな」


 ヒナと一緒にテントまで行き、すぐに館で設計図を書いてもらった。それを元に一気に作業が始まった。

 中央広場には沢山の荷車が止まっている。西から避難して来た人達の物だ。これに乗せて各避難場所に物資を届ける事になっているそうだ。


 ザッジがアルカディア村に帰った時にはベットと寝具が整っていた。怪我人達を手分けしてベットに寝かせて行く。そしてすぐに治療を開始した。村長も手伝いに来てくれたのでルナと3人で怪我の具合を見てまわる。


「君は……城にいた青年でないか? 医者だったのか……」


「この村で医者もしています。何でもやりますよ」


 傷を見せてもらう。かなり深い傷だったがすぐにポーションを使ったので何とか命を落とさずに済んだ。


「血を失ったので造血薬を処方しますね。食事は食べやすい物を準備していますので」


 村長が傷を見て治癒魔法を使ってくれる事になった。


「知り合いか? ここにいる者は皆、騎士ですね……よく体を鍛えている。救われた命です。大事に使いなさい」


 ゆっくりと時間をかけて魔法を使っている。村長の手から温かい光が深く怪我をした所に当てられている。


「傷が……これはかなり高度な魔法では……ありがとうございます」


「治せるのは傷だけです」


 それだけ言って村長は次の者を見に行った。

 傷の手当てが終わったら食事提供された。野菜のスープだ。


「ああ……これは美味しいな……」


 とても美味しいそうに食べている


 食べる事は元気に繋がる


 美味しい物を作ってみんなに元気になってもらおう


 単純だけどとてもいいな


 食べている人の笑顔が思い浮かんだ

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