第50話 騎士と魔女

城門が閉ざされた。出て来たのは1騎だけだった。


「我が名はアストレーア! 王命により逆賊を討ち果たす!!」


 白く光り輝く鎧を纏った美しい騎士達が長槍を構えた


 アストレーアを先頭に突撃陣形で7騎の騎士団が前に進み出し、グングン加速して行く。そしてゴブリンの大軍に恐ろしい程の勢いで突っ込み、爆音を立てながらゴブリン達をなぎ倒して行く。


「ウヒャーー! アストレーアが出たぜ! 逃げろ!!」


 ジェロが逃げろと言いながらアストレーア達の方に走り出した。


 嬉しそうに追いかけているじゃないか……


「何だアレは強すぎる!」


 アストレーア達は城を取り囲んでいたゴブリンの大軍に真正面から突撃して、大軍の中央で急に南に方向を変えた。


「アストレーアの周りもみんな強いぞ!」


 突撃陣形を保ったまま、更に勢いを増して突き進み始めた。ゴブリン達は必死に逃げようとするが、次々に長槍で貫かれていく。

 アストレーア達の通った後にゴブリンの屍が出来上がって行く。あっという間に南側まで行ってしまった。

 見ている兵士達が完全に怯えている。あの勢いで兵士達に突撃したらとても耐えられないな。


「アストレーアに従ってゴブリンを掃討するんだ! 逃げても領主に殺される。俺は行くぞ」


 通用するかは分からないが何でも言ってみるしかない。


「……確かにもう駄目だ。アストレーアに従った方がいいか……」


 どうするか迷っているみたいだ。いけるか?


「向こうは王命だぞ! 負けそうなクソ領主とどっちを取るんだ!」


 アストレーア達の突撃は凄かったがゴブリン軍はまだ山の様にいる。


 これではまだ決め兼ねるか!


 ゴブリンを減らす!


 最高の魔法をイメージする 


 余分な事は考えない 純粋な魔力の塊


「マジックボール!」


 巨大な魔力の玉がゴブリンの大軍に炸裂した


 地面にすり鉢の様な穴が空いて2、30匹程ゴブリンが消えた


 抜剣してゴブリンに向かって駆け出す!


「こい! アストレーアに合流するぞ!」


「「 え?! 」」


 ゴブリン軍のレッドキャップが多くいる所に1人で突撃する。数なんて問題じゃない。目の前の敵を斬ればいいだけだ!


「何だ! あの農民は! 無茶苦茶強いぞ!」


「アイスアロー!」


 カナデが魔法を詠唱する声が聞こえた。少し離れた位置にアルカディア軍の円陣が組まれ、その中央でカナデが豪華な杖を構えている。


 無数の氷の矢がゴブリン達に突き刺さる


 周りが氷の海になっていく


 冷気が辺りに漂った


「ヒィーー! ま、魔女まで来たぞ!」


 何とか円陣に接近しようとするゴブリンは弓で狙撃されていく。それでも近づくゴブリンは剣で斬り伏せられた。


 またカナデが詠唱を始めた。


 黒く長い美しい髪が魔力の奔流により揺らめいている


 地面に杖を突くと大きく複雑な魔法陣が足元に展開された


 だが周りには何の変化も無い……


 アルカディア軍が次々にゴブリンを倒していく


 驚く程に軽々と!!


「魔女の呪いだ! ゴブリンの動きがおかしいぞ! ヒィーー!」


 兵士達が恐怖で動けなくなっている。ガタガタ震えている者もいる。


「何をしている!! 呪い殺されるぞ!! ゴブリンを倒せ!!!」


 利用できそうな状況は何でも利用する。何とか味方に引き入れたい。


 カナデの魔法は単なる遅延の状態異常だけどな!


「ウワァーーー! ゴブリンを倒せ!! 魔女に呪われるぞーー!」


 錯乱状態になってゴブリンに兵士達が向かっていく。必死の形相で戦術も何も無い。


「落ち着け! 陣形を整えろ! 円陣を組め!!」


 大声で号令をかけると皆、素直に従って円陣を組み始めた。円陣が組み上がると少しずつ冷静になって来て、ゴブリンをしっかりと仕留め始めた。


「コイツら弱いぞ! 魔女様の呪いだ! レッドキャップも楽勝だぞ!」


「これならやれる! 魔女様に従え! ゴブリンを倒せ!!」


 状態異常魔法は意外に効果がある様だ。少し楽に戦えるだけでも違うのかもしれない。


 北の方から衝撃音が近づいて来た。

 

 アストレーア達が城を1周して戻ってきた様だ。


「従う者は我らの後に続け! ゆくぞ! 突撃!!!」


 アストレーアが大号令を発し、更に突撃を開始した。


「ウワーー!! アストレーア様に続け!!!」


「ウヒャーーー! 最高ゥウウ!!!」


 よく見るとアストレーア達にジェロとアルカディアの男性達が加わって一緒になって暴れている。そこに兵士達がどんどん参加していく。


 アイツら楽しそうにしか見えない……


 アストレーア達はアイツらが居れば大丈夫だろう。カナデ達の円陣に加えてもらい、アストレーア達の後をゴブリンを倒しながら追っていく。


「ナック……呪いって何よ? みんな魔女、魔女って……」


 カナデが暗い顔をして不貞腐れ気味に話しかけて来た。


「勝手に勘違いしたみたいだから、ちょっと煽っただけだよ」


「ゴブリン使いが来るぞ! 魔法を使わせるな!」


 急に慌ただしくなり緊張に包まれた。矢がゴブリン使いに向かって次々に放たれていく。それをゴブリン達が壁になって防いでいる。


 カナデが魔法の詠唱を始めた。杖の前に魔法陣が展開された。

 

 睡眠魔法だ


 ゴブリン達はみんな眠ってしまった。奥に隠れていたゴブリン使いまで寝ている。円陣が解かれ、みんなでゴブリンを仕留めていく。ゴブリン使いは魔力を封じる手枷がされ、ヒモでグルグル巻きにされた。


「状態異常魔法は恐ろしいな……」


「そうね。こんなの敵にかけられた最悪だわ。遅延の魔法も凶悪よ」


 ゴブリンの大軍はアストレーア達にズタズタに分断されていく。分断された小隊はカナデ達にあっさりと潰されてしまう。

 進めば進む程にアストレーア達の元に人が集まってくる。抵抗してくるのはゴブリン使いくらいだ。


「大鶴翼陣形を組む!! 志しのある者は陣に加われ! 1匹たりともゴブリンを逃すな!」


 アストレーアが陣形変更の号令を発した。騎士団がV字型に陣形を変え、左右に広がり出した。左にミンシア、右にステラ、中央にアストレーアがいる。


 鳥が翼を広げるような形に陣が大きくなっていく。


 騎士達の隙間に兵士達が次々に加わり、少しずつ進み出した。


「絶対に間を通すな!全て駆逐せよ!!」


 アストレーアから指示が飛ぶ


「もう最高すぎるゥーー!!」


「ウヒャ! ウヒャ! ウヒャヒャァーー!!」


 アルカディア民はお気に入りの騎士の周りで暴れまくっている。

 ジェロは当然のようにミンシアの横で楽しそうに大暴れしている。

 この陣形は両端の負担が大きいぞ……左のミンシアの場所にはジェロがいるから何とかするだろう。


「カナデ! 右のステラを援護しに行くぞ!」


 左のミンシアが城側、右のステラが大外の位置だ。既に右側の進行が遅れ出していた。


 ステラのいる大外の更に外まで周り込んだ

 

 カナデが杖を木の杖に変えた


 両手でしっかりと杖を握り集中を高めていく


 長い黒髪がふわっと浮き上がり広がっていく


「アイスアロー!!」


 氷の矢がステラ達の前方に次々に放たれていく。瞬く間にゴブリン達が氷漬けになって辺り一面が氷の海になった。


「今だ! 進め! 速度を上げ、勢いで押し込むぞ!!」


 ステラが大きな声で周りを動かし始めた。


 カナデはすぐに豪華な杖に杖を戻して遅延魔法を唱える。


 ステラ達がゴブリンを倒す速度が早くなってきた


 弓隊も次々に矢を放って援護する


 城を中心に左回りで陣が進んでいきゴブリンが駆逐されていく。右側はカナデ達に任せて、中央のアストレーアの所に行く。ここも要の位置で負担が大きいはずだ。


 アストレーアは黙々とゴブリンを倒しているが、すぐ横にクレアがいた。一緒になってゴブリンを倒しているが様子がおかしい。


「クレア! どうした?」


「アストレーア様が限界です! 治療を!!」


 ゴブリンを屠りながらクレアが叫んだ。アストレーアはクレアが叫んだ事にすら気付いていない。


「クレア! 俺のリュックサックに薬と干し肉が入っている! アストレーアに使え! 治療している間、俺がそこに入る!」


 クレアにリュックサックを託し、アストレーアの前に割り込んでゴブリンを倒す。左右から大量のゴブリンが雪崩れ込んできた。


 アストレーアはクレアに抱きとめられ


 ようやく戦うのをやめた


 そして静かに目を閉じた


 だが決して槍と盾を手放す事は無かった

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