第47話 腹中
「よし! まだ時間はある。中から崩すぜ」
ジェロが西の城に向かって馬を歩かせ始めた。
「お前! まさかあの中に入るつもりか?!」
他国の軍に入り込むなんて正気とは思えないぞ。
「簡単に出れるんだぜ? 入るのはもっと簡単だろう。寄せ集めで誰も顔など知らないはずだ。最高のお膳立てをしてあげないとな!」
ジェロが最高に楽しそうにしている。城の近くまで行くと馬を木に繋いで歩いて強そうな兵士が集まっている所に平然と入っていく。もう黙って一緒に行くしかない。
「おい! 腹が減ったぞ! メシはまだか?!」
ジェロが急に怒って兵士達に向かって大声を出した。
「ああ? 俺達だって何も食ってないんだ! ゴブリン様のお食事が優先だとさ!」
「何ぃ?! 何処にも食い物が無いぞ! やはりあの噂は本当か?!」
「噂って何だよ?」
イラついた兵士達がワラワラとジェロに集まって来た。無茶苦茶だ。
「北が裏切って進軍して来るらしいぜ! だからこんなに食い物がねぇんだ!」
「「 北が…… 」」
兵士達に動揺が走った。数人が集まって小声で囁き合っている。ジェロがこちらに戻って来て悪そうに笑っている。
「次に行くぞ。今度はお前がやれ」
あんな適当な事を言うのか? 無茶振りすぎるぞ。ジェロがどんどん進んで違う兵士の集まりに近づいて行く。
「ま、待て! 何を言えばいいのか分からないぞ!」
「ん? 適当に言えばいいぜ。多少おかしくてもいい。クソ真面目なお前には荷が思いか? そうだな……最強の騎士達が救援に来ると言え」
クソ真面目だと……お前が適当すぎるだけだろう
やればいいんだろ! どうにでもなれだ!
「あの……」
「何だお前? 見慣れない顔だな……何か用か?」
怖そうな男達が睨んでくるので帰りたくなった。戻ろうと後ろを向くとジェロが冷たい目で見ているので仕方無く続ける事にする。
「王都から最強の騎士達が応援に来るって本当でしょうか?」
「はぁ?! そんな話聞いた事もないぞ。誰かの嘘だろう」
「でも……怖くて逃げ出した人がいるらしいですよ……」
「そういえば……田舎村のヤツらが何人か居なくなったって聞いたぞ」
「そ、そうなんです! 騎士達を実際に見た事がある見たいで、レッドキャップも楽々倒してしまうって言ってました」
「あのレッドキャップをか? 誰もそんなの信じないぞ。おかしなヤツだな? とっとと消えろ!」
「は、はい! 消えます!!」
頑張ったけど、無理なものは無理だな……ジェロの視線が痛い。
「ど下手だな……恐ろしい程だ。怪しいヤツにしか見えなかったぜ」
こんな事をやるのは初めてだ。仕方がないじゃないか!
「本当の事と嘘を上手く混ぜろ。不安、不満、不信、ここにいるヤツらはそんなものしかない。ほんの少し突っつくだけで崩れるぜ」
そう言って兵士達の中を移動し始め、かなり前の方まで来てしまった。遠くにゴブリンがギャーギャー騒いでいるのが見える。さすがに人とは距離を置いているみたいだが、酷い臭いが漂ってきた。これでは近づきたくもないだろうな。
「向こうでメシの配給があるらしいぞ! 急げ!」
周りの兵士達が急に騒ぎ出して走って行く。
「丁度いいな。一緒に食べようぜ」
こんな所で食事までするのかよ……ジェロは嬉しそうに兵士達と同じ方へ走って行く。まだ配給は始まったばかりみたいですぐに食事を受け取る事が出来たが、あっという間に長蛇の列が出来上がっていく。
慌てて並んで何とか食事を受け取る事が出来たが、ほとんどの人が受け取れずに散って行った。
配給されたのは豆のスープだった。具は豆だけで味も薄い。
「ジェロ、腹が減っているなら干し肉があるぞ。食うか?」
リュックサックから携帯食の干し肉を取り出してジェロに渡す。
「いい物持ってるじゃねぇか。貰っとくぜ」
干し肉をスープに浸して柔らかくして食べる。スープにも塩の味がついて少しはマシな味になった。こんな物で腹が膨れるはずも無いな。
「おい……アンタ達。いい物食っているな? 俺にも少し分けてくれ」
近くにいた男が話かけてきたので少し分けてあげた。するとそれを見ていた者達が集まってきて、自分達も欲しいと集まってきたので少しずつ切り分けてあげる事にした。
「肉なんて食うのは久しぶりだ」
「肉が無いのか……レッドキャップは肉好きなはずだが……どうしているんだろうな?」
ヤツらは羊肉が大好物だ。毒入りでも食べてしまうからな。
「そうなのか? じゃあ俺達が肉を食えないのはアイツらのせいか!」
「ゴブリン達は腹が減ったら命令を聞かないかもな。肉はゴブリン優先って事かな」
ジェロがなんだかニヤニヤしている。
「おいナック、この辺にはもう羊なんていないぜ? どうするんだ?」
どうする? どうにも出来ないだろうな……意味あるのかこの質問
「そうだな……まず馬を潰すな。数がいないからすぐに足りなくなると思うけどな」
肉が欲しくて集まってきた人達が真剣に聞いている。
「……馬がいなくなったらどうするんだ?」
最初に肉を欲しがった男が暗い顔をして聞いてきた。
「俺がゴブリン使いならその辺の村を襲わせるな。ゴブリンが命令を無視したら1番近くにいる自分が1番危険だからな。何でもするな」
「おいナック! それはおかしいぜ! 村には食い物なんか何にも無いぜ」
ジェロが急に声を荒げたが半分笑っている。
「俺達にとって無くてもゴブリンにとってはあるな。村を守る男達もいないし楽に食事が出来るだろうな」
なぜか周りが鎮まり返っている。
おかしな事を言ったか?
「肉はいらねぇ……よくそんな物食えるな……ゴブリンにやれよ」
最初に欲しいと言った男がそう言って立ち去ると周りから人が居なくなってしまった。
「お前、酷い事をよく平気で言うな……みんな白い目でこっちを見ているぞ。俺でもあそこまでは言えないぜ」
お前が言わせたんじゃないか!
ジェロは嬉しそうに肉をかじっている。
訳がわからんな……
城の周りを兵士達と話をしながら歩いていく。こちらから攻撃をする事も無いが、向こうからも攻撃は無い。城は強固な高い壁に守られていて全く手出しが出来ない。城にどれくらいの人がいるのかも分からなかった。中がどんな様子なのか全く見えない。
あの中にアストレーアがいるのか……
周りをゴブリンの大軍に囲まれて、さらにその外に人の大軍がいる。ゴブリンだけなら倒して脱出させられるだろう。しかし、なぜここにゴブリン達は留まる必要があるんだ?
「なあ? この城を無視して進めばいいんじゃないか?」
どうしてなのかジェロなら分かるかもしれない。
「中の戦力が分からないんだろうな。無視して進んだ途端に背後を攻撃されたら最悪だ。他の軍勢と連動して挟まれたらもっと最悪だ。囲みを抜かれて領地の重要な拠点を攻撃されるのも困るな。考えたらキリが無い程に厄介だ」
「でも攻めて来ないという事は戦力が少ないんじゃないか?」
「少ないだろうな。だがこの大軍で落とせないんだ。アストレーアはかなりの名将だろう。そんな者を無視するのは危険すぎるぜ?」
ここで耐えれば王都から援軍が来るのかもしれないな。
「この後はどうする? 噂ばかり流しても怪しまれそうだぞ?」
「ここで早めに寝て、夜中にちょっと遊ぼうぜ」
まだ何かやるのかよ……
とんでもないヤツを中に入れたな
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