第46話 暗躍

「助けを呼びに行ってくるよー」


「分かった。俺達は来た道を戻るからな」


 ザッジが答えるとビッケは東に向かって森に入っていった。戦い終えたばかりなのに平然と走っていった。


 結局、お説教は無かった


「皆さんをアルカディア国で一旦、保護します。代表者の方と話がしたい。それと怪我人と病人は私の所へ来て下さい」


 リュックサックからポーションと軟膏を取り出して順番に治療をしていく。軽い怪我を負っている者が沢山いるが、重傷の者はいなかった。

 村長を名乗る老人が進み出て来た。


「助けて頂き感謝致します。先程、戦っていた少年に薬を頂きゴブリン使いの食事に混ぜて眠らせた隙に逃げたのですが、怒りを抑え切れなかった若者達が村に火を放ってゴブリン使いを起こしてしまいました。3日は眠るから何もしない様にと言われていたのに申し訳ありません」


 アイツ……特製睡眠薬をパクっていたな……


「済んだ事です。もうすぐ日が暮れますので野営の準備をして下さい。早朝から川沿いを南に少し移動して東へ進みます。その方が道がいいので負担が少ない。かなり東に行かないと村はありませんが救援が来てくれるはずです」


 ファリスがしっかり手配してくれるはずだ。とりあえず西の砦まで行けば何とかなるだろう。


「ナック、問題はここをどうするかだ。橋を崩しておかないと向こうから侵入されてしまうぞ。だが橋が無いとこの人達が戻るのが大変になってしまう」

 

 魔法で吹っ飛ばしてしまえばいいと思ったが、戻るのにまた橋を架けるのも大変だな。北から回って行くのもかなり遠いな……


「戻っても向こうの国には何もありません。食料も全部奪われ、畑はゴブリンに踏み潰されました。もう木すらありません。あの国で生きていく事など無理です。どうかお助け下さい……」


 村長が必死になって頼み込んできた。でも即答出来るような人数では無い。


 困ったな……


「あ! 馬が3頭、橋を渡ってくるぞ!」


 避難していた人達から声が聞こえた。橋の方を見ると確かに馬がゆっくりと歩いてくる。


「あれ? ジェロ達じゃない?」


 アオイが馬の方を指差して驚いている。

 見慣れた男が3人、馬に乗ってのんびりこちらに来る。

 確かにジェロ達だな。


 何やってるんだアイツらは……


「何だこれは? ヤバそうだから逃げてきたんだがお前らの仕業か?」


 ジェロが呆れた顔をして尋ねてくるが聞きたいのはこっちの方だ。


「お前達こそ何をやっているんだ? 向こうは他国だぞ?」


「橋があったから遊びに行っただけだぜ。何も無かったから帰ってきたんだが、なぜか馬が沢山いたからちょっと借りただけだ」


 遊びに何て行かずに報告しろよ……


「それで向こうはどうなっているんだ?」


 とにかく情報は持っているはずだ。コイツらがただ遊んでいたはずがない。


「ゴブリンの大軍が西に向かって進軍して行ったぜ。食い物すらありゃしねぇ。終わったな向こうの国は」


 ジェロの報告を聞いて避難してきた人達からざわめきが起こった。


「他の村はどうなったんでしょうか? 近くに村が幾つかあるんです!」


「別にどうもなっていないぜ。ただ、根こそぎ物を持って行かれたみたいだな。この先、大変だぜあれじゃあな」


「お願いします。他の村も助けて下さい」

「助けて下さい! 親戚がいるんです」

「みんな飢えて死んでしまいます。どうかお願いします……」


 助けを求める声が大きくなってきた。


 助けてあげたいが……


「もうゴブリンはいねぇし、こっちに来ればいいだろ? 後はそこの国王様が何とかしてくれるぜ」


 ぐっ……ジェロめ!


 気軽に言ってくれるが大変な事だぞ!


「「国王様?! どうかお願い致します」」


 ポンとザッジから肩を軽く叩かれた。


「ナック、難しく考えすぎだ。困っている人達を助ける。それでいいじゃないか」


 ……そうか……そうだな……それでいい


「どうなるかは分からないがこちらに来れば最善を尽くすよ」


「よし! 決まりだな! 後は俺達に任せていいぜ! なぁお前ら?」


「「 おう! 」」


 ジェロ達が急にやる気になって仕切り始めた。馬に乗るのが上手な男を募って颯爽と西へと走って行った。


 おかしい……


 ヤツらがあんなにやる気があるのはおかしいぞ


 よく分からないが大勢の人がこちらに来るかもしれない。


「ザッジ、俺がここに残るから明日出発してくれ。アオイ、君も一緒に出発して木工道具を製作して欲しい」


 日が落ちて辺りが暗くなってきた。3箇所で焚き火をしてもらい何とか真っ暗闇だけは避ける事が出来た。護身用のナイフを避難民に渡して交代で見張りをする事にした。

 翌朝、ザッジを先頭に川沿いを下流の方へと移動を開始した。とても長い列だ。若者が馬を引いてお年寄りや子供を乗せていく。最後尾をゆっくりとアオイが歩いている。


 アオイが出発してからしばらくすると西から沢山の荷馬車がやって来た。向こう岸で荷台から降りて馬だけ連れてこちらに歩いてくる。みんな大きな袋を担いでいるので何か聞いてみたら、衣服だけは取られなかったので持ってきたそうだ。橋を渡ると何も言わずに下流の方へ進んでいく。道を既に聞いているらしい。

 何もする事がないので様子を眺めているとおかしな事に気がついた。


 やけに若い女性が多い……


 逆に男性は全くいないのだ。


 徴兵されたか?


 ちょっと聞いてみるか。


「ちょっとすみません。何で男性はいないんですか?」


「みんな兵士として連れて行かれました……次は女性の番だったんですが今なら逃げれると聞いてこちらに来ました」


 やはりな。アイツらこれを知っていたな……


 橋の向こうからこちら岸の下流の方まで歩く人の列が続いている。

 沢山の人達が歩く中、元ジェロ隊が馬に乗っていい笑顔で現れた。


「これで全部だぜ。人助けは気持ちがいいな!」


「「 おう! 」」


 どうするんだよ! これ! 


 何人いるのかも分からないぞ!


 向こう岸には大量の荷台が並べられていて、まだ続々と歩いてくる。


「きっと争いが終わったらみんな自分の住んでいた土地に戻るぞ? お前らの思う様にはならないと思うがな」


「フン! チャンスは最大限に活かす、ただそれだけだ。しかし、全くお前は分かっていないな。羊ハンターを嵌めたのは見事だったのに不思議なヤツだ。お前ら予定通りだ。いけ」


「「 おう! 」」


 元ジェロ隊の2人が北と東に分かれて走って行った。よく考えたら避難して来た男性達も一緒に行ったはずだが戻ってきていない。


「俺達は自分の目で見て感じた事を大事にしている。人を使って情報を集めるのもいいがお前も少しは自分の目で見ろ。ゴブリン軍はみんな西へ向かった。俺から言わせれば馬鹿としか思えないぜ?」


「全く分からないな……」


「その辺にいる馬に乗れ。見に行くぞ」


 言われる通りに元ジェロ隊が乗って来た馬に乗って橋を渡ってジェロの背中を追う。平原にしっかりとした道があるので走りやすい。しばらく進むと無人の村が見えた。周りに畑があるけど何も植えられていないし荒れ放題だ。

 

 ここの領地には何も無い……隣に移る気か?


 進行方向から誰かやって来た。


「ジェロさん! 言われた通りにして来ました!」


「おう! 後は橋の防御を固めて待て。必ず援護が来るぜ」


 かなり走って小高い丘の上でジェロが止まった。遠いが城が見える。


「あの城はここの領地の城じゃないぜ。隣りの領地の城だ。あそこに今攻め込んでいる。見えるか?」


 城の周りを軍勢が包囲しているのが何とか見える。かなりの大軍だ。


「ここにはあれだけの軍を支えるだけの食料が無い。何処から得ているんだろうな?」


 ジェロが試す様に質問してきた。何処から? 東はアルカディア、南は海だ。まさか……


「北か……重税を課せられて大変だと聞いていたが、こんな事の為に民衆を苦しめているのか!」


「これは明らかに反乱だ。本来なら北から兵を出して討伐しないといかんだろうな。だが動かない。裏で話が出来上がっているぜ」


 アルカディアの隣の領地は普通じゃないぞ……西も北も異常だ。


「俺は『チャンスは最大限に活かす』と言ったぜ。まず西を潰す」


 本気か? そんな事が可能なのか?


「よく見ろ。城を囲んでいるのはゴブリンだ。人間は後方にいる。最悪なゴブリンを使ってまで戦いをする領主に従いたい人間などいない。逃げ場が無いから従っているだけだ。東に逃げれると教えてやればいいだけだ。俺は戦うのが嫌いだ。無駄な戦いはしないで勝つ事を考えるぜ」


 また前方から馬がやってきた。今度は人が多い。


「ジェロさん! 避難した村の出身者は逃げるそうですが、他の村の者は報復が怖いそうで逃げれません。ただ、戦いが始まったら逃げるそうです」


「おう! 上出来だ。城の状況を教えてくれ」


 兵士の格好をした者が3人いた。


「当初の話では城はすぐに落ちる予定でしたが、王都騎士団からの応援が入っていたらしく計画が崩れた様です。今は力攻めを諦めて兵糧攻めに変わっています」


「かなり有能な人物が守りについているそうです。あの城を落とさないと王都への道が開けません、偉い人達は相当苛立っています」


「でもそろそろ限界だろうと言われています。王の側近中の側近を倒せるとゴブリン使いが喜んでいました。『アストレーア』という女騎士が守っているそうです」


 アストレーアだって?!


「援軍は必ず来る! 信じて東の橋まで行け!」


「「 はい! 」」


「理由は1つとは限らないぜ? まだ間に合う。橋を作った馬鹿に感謝しないとな」


 ジェロがニヤリと笑った。

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