第48話 騎士道


「ゴブリンが襲ってきたぞ! 逃げろ!」


 兵士達が大勢いる簡易テントに紛れ込んで寝ていると突然、外で大騒ぎが起こった。慌てて飛び起きると隣りで寝ていたはずのジェロが居ない。テントの中は大混乱でみんな武器を抱えて外に駆け出して行く。


「腹を空かせて言う事を聞かないぞ! 大変だ!」


 ジェロの声だ……


 城の方を見ると本当にゴブリンと兵士が戦っている。嘘では無いみたいだ。これは大変な事になったな。


「やっと起きたか。あちこちでゴブリンが暴れて大変な事になっているぞ」


 ジェロが近くにきて大声で話しかけてきた。どうせお前の仕業だろうが! テントは中々寝心地が良かったのに……


「ゴブリンに石を投げただけでこの騒ぎだぜ」


 周りに聞かれない様に俺の耳元で小声で呟き笑っている。


「やはり前の方にいる兵士はそれなりに強いな。レッドキャップにも対応できている」


 ゴブリンが制御出来なくなった時の為に強い者を前方に配置しているのかもしれないな。自分達がいるテントはかなり後方でいかにも寄せ集めの感じがする者が多い。兵士というより農民と言った方がいい者ばかりだ。皆、愚痴や心配事しか言わないのですぐに分かる。


「もう俺は一周したからな。お前は夜明け前に一周してこいよ」


 ジェロは誰も居ないテントに戻り、自分が寝ていた辺りで寝転がった。まだ辺りは騒然としているのに平気で寝ている。


 相当な大物だぞコイツは……


 自分も横になって何とか眠ろうとしたが周りが気になって全く眠たくならない。

 騒ぎも次第に収まってきた様でテントの中に少しずつ人が戻ってきた。ジェロが豪快なイビキをかいて大の字になって寝ている。


「すげぇなあの人……ゴブリンが大暴れしたっていうのに寝てるぜ」


「俺はこんな所もう居たくないよ……怖くてとても眠れない」


 すまないな……そこで寝てるヤツがやったんだよ……


 とても居心地が悪くて眠たくならない。結局、外で座っている事にした。

 野営用のテントが幾つも並んでいる。1つのテントに10人位は何とか入れる。みんな同じ形をしていて構造もしっかりしていた。多少の雨風なら十分に耐えれるだろうな。これならどこでも設営出来るし、必要無くなれば片付ければいい。

 所々で焚き火をしているので真夜中なのに少しだけ明るい。空を見上げてもアルカディア村の様な綺麗な星空は無かった。

 

 こんな所で何をやっているんだろう


 なぜ争う? 


 なぜ奪う? 


 自分達の暮らす土地で十分、豊かに暮らせるはずだ


 なぜそんな事が分からないんだ……


 アルカディア村を思い出す


 以前とは風景が変わってしまったな……


 草ばかりの荒れた領地がふと脳裏に浮かんだ


 同じ道を辿るかもしれない。今のままでは駄目だ。ただ切り開くだけでは無く、育てていかなければいけない。


 奪うのは一瞬でも育てるのには長い年月が必要だ


 あの荒れた領地を豊かにするのにどれ程の年月が必要だろうか


 そこに暮らす人々の思いは取り戻せるのか?


 学ばないといけない


 自分は『見て』『感じた』だから考えないといけない


 アルカディア国の未来を


 空の色が変わり始め、光り輝くひとつ星が見えた。あの星はどこに居ても変わらず強く輝いている。


 変わらない事も大切だ


 知らない内に王都を目指していたのかもしれない。便利な物を取り入れるのは構わない。でも失っている物は無いか考えないといけない。


 ゆっくりと歩き出して、指先に集中して小声で魔法を呟く。


「マジックボール」


 指先から小さな光の玉が遠くに居るレッドキャップの体に当たった。


「またゴブリンが暴れて出したぞ!」


 城の周りを歩きながらどんどん魔法でゴブリンを挑発していく。


「もう無理だ! 言う事を聞かないぞ!」


 城の西側に行くと城門の上に人影が見えた。外の騒ぎを見ているのだろうか。


 なぜか自分の事を見ている気がした。


 マズいかな……


 城の門は西側にしかないみたいでこの辺りはゴブリンも人もかなり多い。もう少し崩しておきたい。人混みを縫う様に動いてゴブリンと戦っている人の中に割って入り、手の平サイズの魔法を撃ち込む。


「マジックボール!」


 一気に数匹のゴブリンを貫いてかなり広範囲のゴブリンを挑発して、すぐに後ろに下がりその場から逃げ出した。


「誰だ魔法なんてぶっ放したのは! やめろ! 魔法はダメだ!」


 ゴブリン使いが慌てて兵士達に向かって叫んでいる。


「自分が助かりたいだけだ! やらないと食われるぞ!」


 ゴブリン達は完全に頭にきて城に背を向けて周りの人に襲いかかっている。それを陣形を組んで人間がしっかりと迎撃している。やはり前方にいる者はそれなりの兵士だ。特に門のある西側の兵士は強そうだ。


「ゴブリンが脱走した! 村が危ないぞ!」


 思い付く事は何でも言って騒ぎを大きくして行く。

 朝日が登る頃には戦場になっていた。城を1周してテントに戻るとまだジェロは寝ていた。テントの中には半分も人がいない。


「みんな逃げたぜ」


 ボソっとジェロが呟いた。寝ているかと思ったが起きていた様だ。


「今のうちによく寝ておけよ。いつ救援が来るか分からんからな」


「救援が来るのか?」


「当然来るだろう? ここにはアストレーアとアルカディア国王様がいるんだぜ?」


 まさかコイツ俺まで使ったのか……何てヤツだ


「救援は北から来るからしっかり寝て北のテントに移動しとけよ。俺は西のテントに移動して特等席で待っているぜ」


「アルカディアから救援が来るなら東で待った方がいいんじゃないか?」


「お前は本当に戦いに向いてないな……ファリスちゃんなら必ず北から仕掛けるぜ」


 どこから来ても変わらないと思うけどな。

 ほとんど眠れなかったのでちょっと横になったらすぐに眠りについてしまった。起きたらジェロの姿はもう無く、テントに自分1人で寝ていた。本当にみんな逃げたな。

 言われた通りに北へ移動して食事の配給していないか探してみる。豆のスープと干し肉しか食べてないのでお腹が減ってしまった。

 ゴブリン軍の近くまで来たが雑兵の姿はあまりなかった。かなり立派な装備をした兵士しか居ないが我慢出来ないので聞いてみた。


「あの……どこかでメシを配ってませんか? 腹が減って……」


「ん? 我々も食材が届くのを待っているだがまだ来ないんだ。もう昼を過ぎてしまった。いつもなら来ていてもおかしくないんだが……君は逃げないのか? 偉いな」


 昼まで寝ていたのか。寝てなかったからな。


「あ、はい。起きたらみんな居なくて……」


「ははは、呑気なもんだな。置いて行かれたぞ君は」


 急に周りがザワザワし出して北の方を指差して何か言っている。

 北を見ると丘の上に旗が沢山立っているのが見えた。よくは見えないが青い旗の様だ。


 本当に北から……


「北が裏切ったぞ! あの青い旗は北の領地の色だ。噂は本当だったぞ」


「食い物が来ないのは裏切ったからか!」


 隣りに立っていた兵士も遠くを見つめている。


「あれは北の兵ではない。どこの軍かは分からないが見事なお手並みだな。昨夜からの撹乱作戦、そこからのこれでは……もうここは保たない。君も早く逃げなさい」


 この人には分かっているのか。


「北じゃないなら王都の軍では? あなたは逃げないのですか?」


「……不利になったからと言って逃げる者は騎士とは言えない。それにあれは王都の軍でも無い。北から王都の軍は来ないのだよ。来るなら西だが西も来ないはずだ。どこから来たんだ? 不思議な軍だな」


「なぜ西も来ないんですか? ここの城を助けに来るでしょう」


「……ずっと前から隣りの城で待ち構えている」


 何だって! なぜ助けに来ないんだ!


「アストレーア殿はこうなると分かっていてこの城を守りに来たんだ。この城にここの領地の者は誰もいないだろう。恐らくアストレーア殿の僅かな手勢だけでここを守っている」


「全く分かりません……何がどうなっているのか」


「……君には分からないだろうな。派閥というのがあるんだ。ここの領主にとってアストレーア殿は邪魔の様だな。だが、どんなに不利な状況でも彼女は自らの役目を果たし、命を賭してここを守り抜いている。見捨てられ、飢え、もう動けないかもしれないが……守り抜いている。本当の騎士だ。私も彼女と同じ様でありたい。私はここで死のう」


 騎士か……不器用すぎるな。


 なぜそんなに死にたがるんだ。


「あなたの様な素晴らしい方がゴブリンを使う様な領主に従って、命を落とす必要はありません。どうか逃げて下さい」


 騎士はこちらに向き直り、しっかりと目を合わせて来た。何かを見極め様とする目だ。


「……君はただの農民では無いな? あの不思議な軍の者か……もうどうでもいい事だが。我々には主を選べないのだよ。多くの領民を苦しめてしまった。その罰だな……。君、黙っているから早く逃げなさい。もう農民の兵などほとんどいない。目立つからすぐに露見してしまうぞ」


 どうする?


 何とかまともな人達に生きる道を……

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