第45話 国境の橋 夕陽に立つ者

 予想以上にダンジョンが好評だ。連日大盛況だ。


 小部屋に設置されたレベル8のブラックベアー1体を倒すのが1番人気で、ナイト1名を含めた4名パーティーが推奨されている。敵が5分で再出現するので10体倒したら交代する事になった。朝から夕方までずっと予約で埋まっているので、すぐにレベル9に設定は変えられそうだ。

 

 中部屋はアルカディア騎士団用の設定になっている。レベル3のゴブリンが洞窟の中に10体設置されていて、少し狭くして戦いにくくしてある。とは言っても洞窟の入り口まで誘い出せばいいだけなので、広い所でも戦える。1番奥にはレッドキャップのレベル3がいる。再出現は60分設定だ。ここは構成不問で3名パーティーが推奨になっている。

 

 大部屋はレベル6のゴブリンが50体設置されている。バランスのいい10名前後のパーティー推奨で1日1回1組限定で挑戦できる。



 一方で西へ行く有志パーティーは不人気だった。

 結局は自分、ザッジ、ビッケ、アオイの4名で行く事にした。

 ジェロも誘おうと思ったけど、元ジェロ隊の2名と金色羊を探す旅に出たそうだ。最高の防具を作るために必要だと感じたらしい。白羊や銀羊は乱獲しないと言っていたみたいで安心した。


 西の砦まで荷馬車で送ってもらい、そこからは徒歩になる。道はかなり出来ていて移動も楽だ。熊除けの鈴を腰に付けているから熊も寄って来ない。白羊を頻繁に見かけるがこちらを襲ってくる事は無かった。


「平和なものだな」


 ザッジがしみじみと呟いた。先頭を歩くのはビッケで残りの3名は並んで歩いている。砦の建設予定地に着いたのは夜中だった。そこで1泊してゴブリンの巣があった場所を2箇所、見たがしっかり封鎖されていた。

 道があるのはここまでで進行は少し遅くなったが、総攻撃後に情報を集めて作った地図があるのでその分は楽だろう。

 まだゴブリンとは遭遇していない。絶滅させるのは無理だと思うが駆除の効果と狼、熊のお陰だろう。数を相当減らしている様だ。


 森の木の間から大きな川が見えた。国境の川だ。とても川幅が広く水の量が多い。


「この川が北の橋と同じ川とは思えないな」


 川幅が違いすぎる。何倍あるのか分からない程だ。南に進めば海が広がっている。多分、幾つもの川が合流して大きな川になったのだろう。

 この川が北から南西に流れて国境になっているのだ。

 川の近くまで行って西側を見たが向こうは平地で草が生えていた。

 背丈の低い草だけの見渡す限りの平原だ。


「西側には何もないんだな……」


「さすがにこの川は泳いで渡れないねー」


 毎日、海に潜って漁をしているビッケに無理なら他の人には絶対に無理だ。ファリスからの依頼で少し北の方まで行く予定だがここで1泊する事にした。

 早朝からファリスから依頼があった場所へ移動を開始した。そこに行けば西側の村が見えるかもしれないと言われている。商人ルドネの情報と村に治療を受けに来る人の情報から大体の位置が分かってきたのだ。

 上流に向かって川沿いを歩いて行く。夕方まで歩いたが西側の景色は変わらず草しかない。


 しかし、アルカディア国側の木が切られていた


 そして川幅が狭くなっている所に木の橋が架けられている


 ファリスが橋を架けるならこの辺と言っていた場所だ


 離れた所から様子を見ていたが誰もいない様だ。夕方だから作業を終えたのだろうか?


「こちらに渡って木を切って橋を作ったか。目的は木か? それとも羊か?」


「それは分からないな。今日は隠れて1泊して明日確認しよう」


 アルカディア国の事は分かっているはずだ。これは無断侵入の上、略奪行為だ。攻撃されても文句は言えない。


 翌朝、橋を監視していると西側から荷馬車が2台やって来た。ぞろぞろと人が出て来て橋を渡って木を切り始めた。切った木を加工して橋に持って行き、橋の上に置いている。どうもまだ建設途中の様だ。

 しかし、どうも様子が変だ。みんな無言で暗い表情をして作業をしている。


「僕が行って聞いてくるよー」


 ビッケがスッと行ってしまった。止める間も無かった。


「ぐっ……仕方がない。何かあれば突っ込むぞ」


 ザッジが緊張した表情で両手剣を抜いた。


 ビッケは何でもない様に作業している人の中に入って話をしている。そして何も無かった様に戻って来た。


「あの人達、脅されて無理矢理やらされているんだってさー」


「そうなのか……では攻撃する訳にもいかないな」


 ザッジはどうしたものかと考えている。


「逃げたいから助けて欲しいんだってー 家族が人質になってるんだって、橋が出来たら殺されるかもって わざとゆっくり作って逃げる計画を立ててるらしいよ」


「助けてあげたいが敵の戦力が分からないし、向こう側に渡って動くと越権行為になってしまうぞ」


「突然、ゴブリン使いが現れて村を包囲されたんだってさー ゴブリンの数はよく分からないけど一杯だって。ゴブリン使いは1人っぽいよ」


「ビッケ、何とか橋を渡ってこちら側に来れば助けると伝えてくれ」


「みんなは待っててね。どこかで監視しているかもしれないってさー」


 ビッケがまたスッと行って作業している人に普通に混じって話をしている。しばらくすると作業をしている人達が急に必死に動き出した。ビッケも一緒に作業をしている。


「アイツ何をやっているんだ!」


 ザッジがイライラしてビッケの方を見ている。


「ねぇ? 出て行った方がいいんじゃない?」


 アオイも心配そうに様子を見ている。


「もう任すしかないな……今出たら人質が危険だ」


 ビッケが作業をしている青年に何か話しかけている。すると青年がゆっくり歩いてこちらに来た。


「あの人が代われって。村に帰るとゴブリン使いが全員帰って来たか数を数えるんです。背格好が似てるから大丈夫だって。今から行って脱走を手引きしてくれるそうです。手は出さないから心配いらないって伝える様に言われました」


「勝手な事を……帰ったら説教だ! それで君、村人は何人いるんだ?」


 ザッジが本気で怒るのも珍しい。ビッケは大丈夫だと思うが村人は心配だ。犠牲者が出なければいいが……


「さぁ? 200人くらいでしょうか?」


 おいおい……


 待てよ……


 そんなに大人数の村を包囲する量のゴブリンって


 何匹いるんだ!


「大丈夫か? みんな逃げれるのか?」


 ザッジも焦りが隠せない。人数が多すぎるからな、動きも遅いぞ。


「馬4頭で引く荷馬車が20台用意してあります。それで隣の領地に逃げる予定でしたが、ここの方が遥かに近いです。こちらに逃げる事に賭ける事になりました。すぐに決行します」


 橋の方を見ると作業を終えて馬車が西へと走って行く。ビッケも一緒に行ってしまった。


「信じて待つしかないな……大変な事になったぞ」


 みんなで西の方を見てじっとして待っている。イライラするけど何も出来ないのでひたすら待つしかない。

 やがて日が傾き、夕方近くになってしまった。

 夕日が沈む方向に何かが見えた。


「来たぞ! 馬車が隊列でやって来るぞ!」


 みんなで一斉に橋まで行って荷馬車を待つ。土煙りを上げて凄い勢いで馬車が進んでくる。荷台の上に10人位の人が固まって肩を組んで座っている。荷馬車が次々に橋を渡り始めた。

 最初の荷馬車は渡り終えたら荷台からすぐに人が降り、荷台から馬を外した。そして荷台を空き地の隅に寄せて森の中に数名が避難していった。

 こちら側に20台も荷馬車を止める場所は無い。荷台を横に立てて場所を作っている人達もいた。

 空いている場所に次々に荷馬車がやって来て同じ行動している。


「しっかり打ち合わせが出来てるな!」


「ビッケはどこ? 見当たらないわ!」


 アオイが必死にビッケを探している。

 遠くの方に黒い煙が上がっているのが見えた。村に火を放ったか?

 次第に人数が増えて騒ぎが大きくなってきた。とにかく荷台を片付けないと次の荷馬車が入って来れない。力の強そうな男性達が必死に荷台を持ち上げている。

 あまりの光景にこちらは呆然と見守りながらビッケを探す。

 

 やがて最後の馬車が見えて来た


 その後方にゴブリンらしき姿が無数に見える


 みんな赤い帽子を被っている

 

 ギャーギャーと凄い声が聞こえてきた


 荷馬車が橋の真ん中辺りで一旦止まった


 そして動き出して橋を渡り終えた


 ビッケが橋に1人で立っている


 スッと片手刀を2本抜刀して低く構えた


 何匹いるか分からない数のレッドキャップが橋を渡ってくる


 辺りから悲鳴が聞こえてきた


 そこから凄まじい戦いが始まった


 ビッケが物凄い速度で動いて迎撃を開始した


 レッドキャップが一斉に襲いかかるが一瞬で倒されていく


「ザッジ、いかなくていいのか?」


 ザッジは自慢の両手剣を地面に突き刺して腕を組んでいる


「あれが必要な様に見えるか?」


 ゴブリンはほとんど抵抗を許されない


 いらないな……


 1匹も通り抜ける事が出来ない


 次々に倒されて川に落ちていく


「ビッケはあんなに強かったの……初めて見るわ……」


 アオイが本気のビッケを見て驚愕している


 綺麗な舞でも見ているようだ 無駄な動きが一切無い


 最初は大騒ぎしていた人達も次第に言葉を失っていった


 赤い夕陽の中で少年が1人で戦っている


 橋にはぎっしりとレッドキャップが詰まっている


 向こう岸にも山の様に姿が見える


 そのさらに後方に馬に乗った者が1人見えた


 ビッケが少しずつ前に進み出した


 徐々に速度を上げている


 しばらく進んで行くと馬に乗った者が逃げていった


 レッドキャップは全滅するまでビッケに襲いかかってきたが


 一歩もビッケの後ろにいく事は出来なかった


 アオイが小さな声で呟いた


「私の武器はビッケに足りていない……」


 それはあそこに立つ事が出来るかどうかの差だよ

 

 心の中で教えてあげた


 燃える夕陽に立つ少年の背中がとても大きく見えた

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