第26話 国境の橋
商人ルドネから種が届いた。本人ではなく使いの者が届けてくれた。驚く量の種が入ってたので、どう考えても私財を投入している。
早速、村人達に庭先等で育ててもらう事にした。種の種類もたくさんあったので好きな物を選んでもらった。
薬の素材以外に料理にも使えるのでみんな喜んで育て始めた。
釣り竿の修理が終わったらしい。ビッケの家に置いてあると聞いて見に行ったら、何故か物置が作られていてその中に置いてあった。
前の竿は使い古していたので全体に柔らかい感じだったけど、ちょっと硬い感じの竿に仕上がっていた。
竿はもう1本あった。これは折れた竿の先をビッケが森で見つけ、それを利用した物だった。新しい竿が2本も手に入って感謝しかない。
早く使ってみたいけど、釣りをしている状況ではないので自重している。
西の森の砦が完成して、訓練所も使えるようになった。訓練所といっても単なる更地だ。
そして、やっとヒナとルナに魔法の使用許可が出た。
今まで瞑想しかさせてもらってなかったそうだ。しかも普通に半日くらいは瞑想するらしく、ヒナはさすがにウンザリしていたらしい。
村長から魔法使いとしての育成方針が示されていて、ヒナは雷の属性魔法、ルナは光の属性魔法のみを使用する。
2人とも村長程の魔法は使えないと言われ、最も適性のある属性のみに特化して鍛え続けた方が良いそうだ。
王都で得たスクロールをやっと使う時が来た。
ヒナは雷の初級攻撃魔法「サンダーアロー」を覚えた。
ルナは光の初級治癒魔法「ライトヒール」を覚えた。
再鑑定をすれば何かしらの魔法系ジョブが出るかもしれないが、狩人のレベルを考えると当分無理と思われているみたいだ。
普通なら狩人をやめて魔法のみで頑張らないと魔法系ジョブにはなれないだろう。
「この虹色羊の羊皮紙を使うとかなり奥底に眠っている才能を表に引き出す事が出来る、何が出るかは分からない。一緒に虹色羊を倒した君達にはこの羊皮紙を使う権利がある。ただ、何が出るかは分からないよ」
今日は無理を言ってみんなを家に集めた。
以前は当たり前のようにここに集まっていたのに、今ではみんな別々の役割があって、それぞれが忙しい。
しっかり説明する必要がある。
本人達が望まないなら鑑定はしない。
「ザッジとビッケ、自分は鑑定済みで、ジョブが変わっているし、追加もされている」
テーブルの上に俺達3人の鑑定結果を並べた。
ザッジがさらに狩人のジョブを習得していた。回避スキルがあるビッケに全く攻撃が当たらずスカスカなので、狩人の命中率アップのスキルを習得を目指している。今はレベル2だ。
「何これ! 訳が分かんない事になってるわよ!」
ヒナは羊皮紙を手にして驚愕の表情を浮かべている。無理もない。
「ナックは錬金術師じゃないの? ダンジョンマスター?」
ルナは困惑していた。聞いた事の無いジョブばかりだからね。
「錬金術師の上位職みたいだ。ダンジョンを作れるんだ。ダンジョンはそこにある」
階段を隠している木のフタを指差した。ビッケがフタを開けてみんなで中に入った。
部屋の真ん中には羊がいた。
「「 何ここ! 」」
もうこの部屋は以前とは全く違う。テーブルと椅子があり、ベットが3個、自分用の錬金道具を完備した机、ザッジの木工の加工場所、たくさんの棚には木製と皮製の武器と練習用防具が綺麗に並べられている。
馬鹿みたいに巨大な木製の両手剣が5本もあり非常に目立つ。
「毎晩、遊びに行っていると思ったらこんな事をしてたのね!」
ヒナは何か怪しいと思っていたそうだが、村長から瞑想を課せられていてここに来れなかった。
「あ、遊んでいたんじゃない……しゅ、修行だ!」
喧嘩は他でやって欲しい。先に進まないので。まだ他にも見せる物がある。奥の違う部屋へ案内する。
「この部屋はダンジョンで得た物を収納する部屋だ」
大量の木箱に皮、毛、瓶が入れられている。ストーンイーターから得た石炭、銅鉱、まだ少ないが鉄鉱が地面に山にして積んである。
また違う部屋に行く。
「ここは薬などの保管庫だ。少し室温を下げてある」
他の部屋に比べて冷んやりとする。木箱に薬が整然と並べてある。羊のビンよりスライムのドロップ品「スライム粘液」の入っていた瓶の方が大きいので木箱は2種類ある。錬金術で作った薬と祖父から引き継いだ創薬の技術で作った漢方薬をビンに入れて収納してある。
羊皮紙も普通と上質に分けて木箱に納めてここに置いてある。
また違う部屋に行く。
「ここは木材等の資材置場だ。あまり量はないけどね」
ほんの少しだけ原木と製材、レッドキャップのドロップ品「ゴブリンの短剣」を分解し錬成して得た銅のインゴットが置いてある。
また違う部屋に行く。
「この扉の先には魔物がいる。1番強いのはレッドキャップのレベル7で1番弱いのはスライムのレベル7だ。今、戦うのはやめておこう」
実験した結果、魔物のレベル上限設定は鑑定して得た魔物の情報に依存しているみたいだった。レベル8以上の敵を鑑定して虹色魔石に読み込ませれば上限が上がるはずだ。
まだ他にも扉付きの部屋がある。
「この扉の奥は危険物庫で錬金術で作ってみた毒薬とかが入っている。まあ中は見なくていいだろう。戻ろうか」
最初の部屋に戻ってテーブルを囲んで座った。ちゃんとヒナとルナの分も椅子は準備してある。
「ここで得た物を軍にはザッジが、村にはビッケが気付かれないように配っている」
「……そう言えば、最近、砦で羊肉をよく食べるわ。村でもね。もしかしてあなた達が配っているの? よく考えたら狩りをする人なんてほとんどいないわ!」
ヒナの言う通りだ。誰も狩り等する余裕はないし野菜の収穫も減って来ていた。肉を多く配る事で誤魔化していたのだ。
「自分達だけでここまでの事をして……いつ休んでいるのよ」
休む?
そんなこと考えた事が無かった。
とても充実しているんだ!
やる気しかない!!
自分達も楽しくて、それが村の為になる!
最高じゃないか!
どんどん体が動く!
どんどん頭が働く!
最高だ!
最高に気持ちいいんだ!
「問題はここを知られてはいけないという事だけだよ」
それはそろそろ限界だ。ファリスは何かおかしいと思っているだろう。実力以上の成果が出ていて何故か上手くいっているのだ。
「虹色羊皮紙の話に戻ろう。正直とても悩んでいるんだ。君達2人をこれで鑑定すべきかどうかを……村長、いや村人全員が何かを守っていると思っているんだ。それが君達に関わっている気がするんだよ」
強いジョブや役に立つジョブが多い方がいいけど、彼女達がそれを望むかは別の問題だ。決めるのは彼女達だ。
「私は鑑定してもらうわ。あなた達だけに任せる訳にはいかない」
強い決意を込めてヒナが鑑定を望んだ。
「私も鑑定して…… それが村のためになるような気がするのよ」
ルナは少し迷っている様子だったが決めてくれた。
ヒナから虹色羊皮紙で鑑定する。
ヒナ ヴァルキリー レベル 5
スキル 命中率アップ 大
槍適性 大
無詠唱
魔法 サンダーアロー
設計士 レベル 1
ヴァルキリー? 神話に出てくる戦女神か?
続けてルナも鑑定する。
ルナ ドラゴンクイーン レベル 4
スキル 命中率アップ 大
魔法 ライトヒール
革細工師 レベル 1
裁縫師 レベル 1
竜の女王だって?
女神と女王……神話に関連しているのか?
虹色羊皮紙を使えば誰でもこんなジョブになる可能性があるのか?
これを隠すために村人達は魔法を封じたのだろうか?
「お願いがあるんだ。一緒に俺達と村を支えて欲しい。もちろん今までも支えてもらっていた。このダンジョンを上手く使いながら何とかゴブリンを駆除したい。
ただ、ダンジョンを利用しすぎると村が村で無くなるような気がするんだ。足りない時にちょっと使うくらいで丁度いいと思っている」
強いジョブに頼っても、ダンジョンに頼ってもアルカディアらしさを失ってしまう。
分かっているんだが……でも助けて欲しい。
コイツらのことを……
「もうひとつ頼みがあるんだ。ザッジとビッケを助けて欲しい。
俺はザッジとビッケとは考えが違う。もう何度も話し合った。
今、アルカディアは西のゴブリンに対応するのに必死だ。でも、本当に怖いのは北なんだ。北は情勢が安定していない。
ファリスと商人ルドネからも忠告されているんだ。
アルカディアは東に山脈、南に海、西に未開の森、北には国境の橋がある。西には砦を築いたが北は無防備だ。同盟があるだけで……
コイツらは北からアルカディアを害する者達が入って来たら2人で迎え撃つと言っているんだ……」
「「 ふたりで!! 」」
馬鹿げているが本気なんだ。
橋の上に2人で立って戦い、誰もアルカディアに入れさせないと言っているんだ。
本気で……
その為に戦い続けている。
その為に強くなろうとしている。
「俺は逃げた方がいいと思っている。村を捨ててでも……ダンジョンの中にな」
「ナック、北のことは話さない約束だったぞ……」
ザッジと約束をしていた。だが2人で背負うことでは無いんだ。
「まだ何かあるって決まった訳じゃないしさー」
ビッケの言う通りだ。だけど、国境を防御するという当たり前の事が出来ていないんだ。これは恐ろしい事だ。
「何が出来るか分からないけど一緒にやるわ。みんなでもう少しいい方法を考えましょう!」
いつでもヒナは前向きだ。
いつも助けられる。
ありがとう……
「私もやるわ……こんな大事な事を……もっと早く言ってよね」
ルナは少し怒っていた。
ごめんよ……そして……
ありがとう……
ヒナとルナが協力してくれる事になった。
アルカディアはまた少しだけ前に進んだ。
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