第15話 捧げ

 最後の宿を出て昼過ぎには王都の門に着いた。巨大な建築物にただただ驚くだけだ。アルカディア村とは何もかも違いすぎる。

 門番に話しかけて招待状を見せるとかなり待たされてから、迎えの人が来た。アルカディア村に来ていた美人騎士だった。王子の後ろに控えて名前を呼んでいた人だ。


「お待ちしていました。ご無事で何よりです」


 馬と荷物を門で預けた。そこで馬車に乗り換えた。馬車に乗るのは初めてだ。馬車は2台用意され、先にヒナ、ルナ、カナデ、ビッケの4人が乗った。次にザッジと自分だ。


「前の馬車は先に宿に行ってもらいます。ちゃんと護衛がいるので安心して下さい。あなた方には話があります」


 せっかく王都に来たのに何も見ていないし、何もしていない。想像と全く違う流れだ。


 何だか様子がおかしい……


 とても緊張している。馬車の中にはザッジと美人騎士と自分しかいない。先に出発した馬車と向かう方向が違う。

 馬車は少し移動して人通りのないが全くない場所で急に止まった。馬車の周りには誰もいない。 


 何だ?


 ザッジが警戒して緊張した雰囲気が室内に漂う。


 剣を……


「まず、王が亡くなりました」


 正直言って驚くこともできない。全く関係ない話だから。

 何も感じないし、何も思わない。


「国民にはまだ伏せられています。貴族でも一部の限られた者しか知りません。私の話は全て内密でお願いします。お連れの方にも秘密でお願いします」


 話が全然見えてこない。秘密にしたいなら話さなければいいのにな。知らなければ漏らす事もない。


「王が亡くなったのはアルカディア村に着く前なのです」


 かなり前って事か?


 それでも話が見えてこない。


「国の法により即日、第1王子が即位しました」


 あの王子が王になったら大変だな 


 気持ちは分かる


「つまりアルカディア村にいた時、王子は既に王でした」


 え? 


「王はあなたにアルカディア村を譲る契約を交わしました」


 え? え?

 

「その時からあなたはアルカディア国王です」


 「「 はぁーーー??」」


「本来ならアルカディア国王として、つまり国賓としてお迎えしなければならないのです」


 王子が先走ってやらかしたって事か……困ったもんだ


「ですが、田舎から来た貴族という設定にしてもらいます」


「はぁ……いいですけど……」


 急に馬車が動き出した。外を見ると何人か行き交う人の姿が見える。

 人通りの多い、幅広い大通りを馬車が進んで行く。様々な店があり多種多様な人々の活気に溢れている。見た事もない色彩の食材が沢山並んでいた。


「あまり留まると目立ってしまいます。後は手短に。交換予定品のリストがあればお渡し下さい。全てこちらで必ず整えます。個人的なご予定があればお聞かせ下さい。こちらも合わせて予定を組みます」


 慌ててザッジがリストを手渡した。


「……大体予想通りです。すぐに手配致します」


「展開が早すぎて混乱していますが、皆がやりたい事は聞いています。ザッジとヒナは結婚するので建物や家具がみたいと言ってます。ルナとカナデは衣服や装飾が見たいと言ってました。自分とビッケは武器と本と釣り具が見たいです。あと、村長から王への手紙を託されています」


 美人騎士はしばらく考えていたが、宿と思われる豪華な建物の前で馬車が停止した。そこで考えるのをやめ、外を確認しだした。かなり警戒しているようだな。


「差し支えなければ手紙の内容を教えて頂けると助かります。王へ手紙を渡すのにも時間がかかるので……」


「村長の秘蔵葡萄酒を武器と交換してもらう依頼が書かれていると思いますよ。中は見てませんけど……」


「武器ですか……武器は……ひとまず部屋に案内します。そうだ、名乗るのが遅れました。私の事はアストレーアと呼んでください。敬称は無しでただのアストレーアでお願いします」


 そういえば名前も知らなかったな。アストレーアが馬車を降りて続いてザッジが降りる。最後に自分が降りると見覚えのある女性騎士が2名、両横についた。アストレーアに案内されて建物の中に入り、階段を上がって行く。今まで泊まって来た村々の宿とは全く別物だ。アルカディア村の領主の館より華やかな装飾でここが城なんじゃないかと思う程だ。

 扉の前に美少女騎士が2名立っていて、こちらが向かうと扉を開けてくれた。アストレーアと一緒に部屋に入ると、ルナ達がくつろいだ様子でテーブルについて、お皿の上に豪華に盛り付けられた果物を食べていた。

 

「遅かったのね? 何だかわからないけど、凄いとこね!」


「何もかも豪華なのよ! 素敵だわ」


「お洒落な服まで頂いちゃったわ」


「果物がとても美味しいよー 夜ご飯もスゴいらしいよ」


 楽しそうに騒いでいるのでとりあえず安心した。よく見ると綺麗な服に着替えていた。アストレーアが椅子を勧めてくれたので腰掛ける。


「私は諸々を手配して来ます。ここは女性用の部屋です。男性用は別室になります。詳しくは入り口に立っている護衛の者にお尋ね下さい。外出されても構いませんが人通りの多い所のみにして下さい。ひと気のない所や細い路地には行かないようにお願いします。ナック様だけは私が来るまで宿の外には出ないで下さい。夕刻には戻りますので」


 アストレーアは足早に部屋を出て行った。とても急いでいる様子だ。訳がわからない内にここまで来てしまった。ザッジと顔を見合わせて首を傾げる。女性達がお茶を薦めてきたのでそれを口に含むと少しだけ落ち着いてきた。扉をノックする音がして外から声がした。


「男性の部屋の準備が整いましたので、よろしければご移動願います」


 男性陣が部屋に行こうとすると女性達が違う部屋も見たいと言ってついて来る事になった。部屋はすぐ隣の部屋で既に荷物が届けられていてテーブルの上に着替えが置いてあった。間取りは変わらないけど装飾の趣きが違う。奥には小さい風呂があった。ここだけはアルカディア村の方が大きくていいな。


「村のお風呂の方が大きいねー」


「村のお風呂って何?」


 領主の館に風呂がある事をみんなに教えていなかった。村人は布で体を拭くとか川で水浴びをするのが主で風呂入る習慣はない。みんなで入れるようにするのもいいな。


「領主の館に風呂があるんだよ。村に帰ったら入ってみるといい」

 

 みんなお風呂に入った事がないので、今から入ってみる事になった。ここの部屋のお風呂は1人しか入れないので入った事のないザッジから入ってもらう。


 買い物をするには魔石を換金しないといけない。それから本と釣り具と武器屋だ。領主会議はどうなるかわからないし、ザッジは騎士団の見学、カナデは裁縫ギルドの見学、自分も錬金ギルドでどんな事をしているか見て見たい。ここに来た本来の目的は領主会議なのに……今の自分は領主ではない国王だ。

 ザッジはお風呂が気に入ったらしく、とてもご機嫌で後でまた入りたいと言っている。交代で風呂に入ってテーブルに置いてあった服に着替えた。この服もとてもいい物だ。アストレーアが来るまでは自分は動けないので、ザッジとビッケで王都見学に行ってもらった。


 アストレーアが部屋に来たのは夕方だった。見覚えのあるローブを着た人を連れてきた。


 確かミルズといったかな、この人……


「申し訳ありませんが予定が変わりました。今から城に行きます。後はこのミルズが案内します」


 そう言ってアストレーアは退室した。


「お久しぶりです。ナック様。急いで城に行き、王と会食して頂きます。ただ、普通の会食ではありません。とても特殊な会食です。王に会う事がとても難しいのでご理解ください。風呂は入って頂いた様で助かります」


 ミルズに髪を整えてもらい、服はヒラヒラのついた真っ白の服を与えられた。体には香水をつけられた。なるべく体を縮めて顔を下げて歩き、何もしゃべらないように指示された。ローブを着せられて馬車に乗り、城の中に入った。


「周りを見ずに私の足を見て、ついて来てください」


 馬車を降りて歩く、どこをどう歩いたのかも分からない。


 もう、どうにでもしてくれ……


「ここに入りなさい」


 そう言われて入った部屋の真ん中には豪華なベットが置いてあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る