第6話 理想郷


 王都で錬金術の研究者になるかここの領主になれだと?


 どちらを選んでも今の暮らしを失ってしまう。


「よくわかりませんが錬金術師って凄いんですか? 研究者はまだわかる気がしますが、領主はわかりません」


「錬金術師は石を金にする力があると言われている。そんな者を野放しにできないのだよ。完全に国の管理下に置き、国の為に働いてもらう」


「そんな力は持っていません。薬がちょっと作れるだけで」


「もう君の才能は鑑定されてしまった。私のミスもあったしな……ミルズ、気付いていたのだろう何で言わなかった?」


 そう言って控えていたローブの老人の方を向く。


「そこの青年は可愛いらしい顔をしています。そちらの趣味もあるのかと」


「そ、そんな事ある訳が無いだろう! 何を馬鹿な事を」


 領主はとても焦った表情をしていた。何か仕掛けがあったな? あの羊皮紙か? 2種類あったな。


「あの羊皮紙ですね。ひょっとして女性の時だけ良い物を使用してませんでしたか? 右側の紙は品質が良かった」


「むぅ、君はジョブ未鑑定状態でアレを見抜けたのか。かなりの才能があるかあるいは特別な経験をしたか……」


「……なるほど。おかしな遊びをしていた様ですね」


 村長が口を開くと場が凍りついてしまった。


「確かに使用したのは上質な羊皮紙です。しかし、錬金術師は金色の羊皮紙でしか鑑定された事例が無いのです」


 王子は必死に言い訳を重ねてくるが、もう巻き戻せないからどうにもならない。


 道を選ぶしかないのだ。


「ナック、領主になりなさい」


 村長がそれだけ言って黙った。さすがに命令なのは納得いかない。


「情報が足りなくてどう判断すればいいのかわかりません」


「情報はあります。ナック、あなたが王都で暮らす事はあり得ません。ですから領主の道以外にありません」


 領主になってもここに住めなければ、王都に住むのと変わらないじゃないか。


 王子がしっかりと説明してれた。

 この国の地方領主は錬金術師がやる事になっていて、ジョブ鑑定をする事で戸籍登録をして徴兵と税の管理を担当する。王子も錬金術師で王からの指示で辺境地区を担当する事になったらしい。


「領主になってもそんなに生活は変えなくてもいい。君は錬金術師だ。基本的には今日みたいに鑑定すればいいだけだ。この村の徴兵はしばらく免除されるだろうし、税も今まで通り免除だ。ただ年に1度王都に来て領主会議には出ないといけないがな」


「村は税を免除されているのですか?」


「この村が遠すぎて税を取りにくるだけで赤字なのだ。何でこんな所に村があるのか不思議でしかない」


「……わかりました。領主をやりましょう。ただ鑑定ができませんが?」


「そうか! 実は非常に助かるんだ! 君の担当はこの村だけだ。これでもうこんな所まで来る必要がなくなる」


 かなりひどい言い方だな。確かに田舎だとは思うけどそこまで言わなくてもいいのに。


「錬金術は私が書いた本を君にあげるから、それで勉強してくれ。君の場合は読めばすぐできるだろう」


「王子様が書いた本ですか? 凄いですね」


「んん? そうか。何も知らないんだったな。私は錬金術ギルドの所長だ。もし研究者になるなら私の直属になる」


「凄い人って事ですね。そんな方が書いた本で学べるなら何とかやれそうですね」


「よし! 決まりだ。ミルズ、準備をしてくれ」


 そういうとミルズと呼ばれている老人が大きな地図をテーブルの上に広げた。


「この地図の右下に大きな山脈が書かれている。この山脈が国境なのだが険しい山だから越える事はできない。この山脈の海側つまり南端部がここの村だ」

 

 王子が指差して教えてくれる。そしてミルズがまた別の地図を出した。


「さっきの部分を拡大したのがこの地図だ。そしてここに書かれている川が隣の地域との境界線だ。川の南東側、この何も文字が書かれていない所が今いる村だ」


「本当に小さいんですね」


「ああ、言い方は悪く聞こえるかもしれないが国全体から見れば豆粒よりもっと小さい」


「いえ、本当に小さい。よくこんな所に来ましたね」


「国王から必ず行くように言われたから来たんだ。そうじゃなければ誰かに行かせる。隣村まで2日かかるし、王都まで楽に半月はかかる」


 大変だったみたいだな。確かに隣村にも滅多に行かない。この前行ったのはいつだったか。こちらには海があるから多少の交流はあるのだが。


「では手続きに入ろう。何、とても簡単だよ。まずこの村に名前をつけてくれ。名もない村は譲れないからな。私がその名前を地図に書き込む。それから私が君に権利を委譲する。たったそれだけだ。まず名前を決めてくれ」


 簡単に言ってくれるけど名前をこの場で決めるなんて大変なことじゃないか。


 うう……格好いい名前


 神話に出てくるような……



 「 アルカディア 」



「理想郷? だったか? 大きく出たな。地図に書き込む。これは魔法の地図だからな。今から魔力を流して村の境界線を地図上で明確にするぞ。しっかり確認してくれ」


 王子がそういうと地図の右下の村の部分を指で触った。すると境界線が赤い光の線で浮かび上がった。赤い線の内側の何も書かれていない所に「アルカディア」と書き込んだ。


「よし! アルカディアができたぞ」


 地図を見ると「アルカディア」と書かれている。


「次に私の有する権利をこの村の部分に限り、君に譲る契約をする。魔法の契約書だ。違反すると私は命が無い。君は譲られる側だからペナルティーはないが、正式な契約書なので良く読んでサインをしてくれ」


 すぐに契約書が渡された。ひょっとしてもう準備してあったのか? まあいいけど……王子の持つアルカディアの権利をナックに譲る。約束を破れば死ぬ。ただそれだけの内容だ。確認してサインする。


「よし! あとは私がサインするだけだ」


 魔法の契約書に王子がサインをしたら契約書がパッと光を放った。そして王子が魔法の地図を見て頷いた。


「よし! これでアルカディアの領主はナックだ」


 契約が終了すると、王子は最大限のサポートをすると口頭だが約束してくれた。とりあえず5年後までに鑑定ができればいいんだから楽勝だと言って錬金術の本と羊皮紙を束でくれた。

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