第3話 羊から始まる物語

 羊はゆっくりとヒナの方へ歩き出したが、次第に速度を上げて走り始めた。


 ヒナは地面に座り込んで下を向いている……


 羊は今までのゆっくりとした動きが嘘のように猛スピードでヒナに突っ込んでいく。


「ヒナーー! 起きろ!! ビッケーー!!!」


 羊がグングンとヒナへ迫っていき頭突きを喰らわそうとした時に、ビッケがヒナに体当たりをして突き飛ばした。

 羊はなんとかヒナの方に向かおうとしたが、勢いが止まらずに太い木の根本に頭から激突した。


「ビッケ! でかした!」


 ザッジが声をかけた瞬間に羊が激突した木はメキメキ音を立てて根本から折れた。


 アレは避けないといけない技だ。


「ヤツは頭突きだけだ! よく見れば当たらん! 囲みながら距離を詰めろ! 走らせなければいい!」


 ザッジが盛んに声をかけながら羊に近づいて剣を構えた。

 なんとかルナの元にたどり着いき、頬をペチペチと手のひらで叩くと唸り声を出して目を覚ました。


「うーん あれ? 私?」


「魔法の範囲はあまり広くないはずだ! 弓はギリギリまで離れろ! ナック! イチャつくな、すぐ来い!」


 ルナを抱えて立ち上がらせ、羊と一騎打ちしているザッジの元へ駆けつけてビッケと3人で敵を囲む。

 頭突きをしようと突撃してくるが、落ち着いてよく見れば何とか避けれた。イラついた羊が動きを止めるとまた地面に円形の模様が浮かび上がった。


 その瞬間にザッジが声を出した


 「突撃だ! ぶちこめ!」


 ザッジは正面から、ビッケと俺が側面から武器を突き刺し3人の攻撃が同時に決まった。すると地面の模様が突然消えて、羊が狂ったように滅茶苦茶に暴れ出した。


 「散開しろ! 弓! 撃てぇーー!」

 

 声を聞き慌てて羊から離れた瞬間、矢が次々に羊に突き刺さった。数え切れない程の矢が羊の体に刺さっている。

 羊が暴れるのを止めた時、また更に矢が刺さり完全にピクリとも動かなくなった。

 皆、行動をやめて羊が動くか様子を見る。



 真っ暗だった辺りがパッと明るくなって昼に戻った……


 

 ドンっと大きな音を立て羊は地面に横倒しになった。ザッジが慎重に近づき、靴の裏で羊の体を抑えて剣でトドメをしっかり刺した。

 勝ったのは分かったが、みんな動けずにいた。あまりの激戦に放心状態になっていた。


「みんな、よくやった!!」


 ザッジが勝利を告げた。次第にみんな羊の周りに集まってくる。

 こんな戦いは今まで経験した事が無かった。


 ザッジがかなりのケガをしていたので、家に昨日作った軟膏を取り行きヒナに手渡す。


「この薬はかなり効くはずだよ。キズだけじゃなく打ち身にもいいから痛い所に塗って」


 ヒナが心配そうにキズや腫れている所に薬を塗っていくと驚くほど早くケガが治っていった。


「これは凄い薬だな! もう痛く無くなった」


「ビッケもケガしてるね。助けてくれてありがと、あの攻撃を受けていたら私……」


「ヒナ姉そんなの言いっこなしさ。みんなで戦ったんだから当たり前だよ」


 本当に当たり前のようにビッケは言っていた。


 彼にとっては村の皆が家族だった


 ヒナはビッケの腕をそっと掴んで、睡眠魔法を防ぐ為につけた傷へ丁寧に薬を塗ってあげるとスッと傷が無くなった。ヒナの瞳から涙が零れ落ちている。


 「そっちはルナに任せるね」と言って、薬を手渡す。

 

 ケガは腕の傷だけだから自分で塗れるけど、この流れを止めるのも勿体ないので素直に塗ってもらう。


「私、戦闘中に寝ちゃうなんて、魔法を受けたのかな?」


「ザッジが魔法だって教えてくれたよ」


 すぐに傷が治ってしまった……


 せっかくの時間がもう終わりじゃないか!


 効きすぎも考えものだな。


「ザッジの指示が無ければ大変な事になっていたな。さすが訓練をしているだけあるよ」


「いや……俺は判断を誤った。まだ未熟だ。みんなを危険にさらしてしまった。ナックの言う通りに戦いを避けるべきだった。みんなすまなかった……」


 しばらく沈黙が続いた。みんないろいろ考えているのだろう。

 結局は俺も畑を失うのが嫌で合意したんだ。


「ザッジ、ヤツは俺達が倒さないといけない魔物だった。もし村にヤツが突っ込んだら大被害だ。ここで片付けて正解だったよ。しかしヤツは何だったのだろう」


 動かなくなった羊を見る。確かに息の根は止めた。

 だけどまだ『虹色』に輝いている。そう見えているのは自分だけみたいだけど、この羊は特別すぎるのを感じる。


「この羊なんだが今日持って行くのはやめよう。これはみんなが命がけで倒した戦利品だ。誰かにあげる物では無い。ここにいる者で分配しよう」


「「ザッジ……」」

 

「それはちょっとだけ違う気がするんだ」


 みんながびっくりしてこっちを見た。


「コイツは凄すぎる。ここにいるみんなだけではとても収まらない。どうだろう? 村のために使う事にしないか?」


「ひょっとしてまだ虹色に輝いているのか?」


「ああ、もちろんここにいる者を優先しよう。でも余った分は村の為に活かそう。コイツはそれでも余りそうな気がするよ」

 

 この提案をみんな快く了承してくれた。大きな事を言ったけど何故か確信がある。まずは解体してみる事になった。

 ヒナとルナは狩人を目指しているだけあって解体が得意で、凄い勢いで作業が進んでいく。


「肉質が凄いわ。これは美味しいわよ」


 ヒナが嬉々として解体しているが突然、表情が変わった。ルナも何も言わず驚愕している。みんなが2人の手元に注目していた。


「体の中にとんでもない物があるわ」


「何これ! 大きすぎる!」



 ルナが震える両手で巨大な丸い魔石を取り出した。



 魔物の体には魔石が入っている。普通の羊なら石ころくらいの大きさだ。しかしこれは両手でようやく持てる大きさだ。


「こんなに馬鹿デカイの見た事ないぞ!」


「うわー これは凄いね」


  コイツだ!! 


 この魔石が『虹色』に輝く元だと直感した。体から取り出されてさらに輝きを増している。


 ジッと魔石を見る。


 魔石の中を見る。


 何かがモヤモヤ動いている。煙みたいな何かが常に形を変化させていた。


「魔石の中が見えるかな? 取り敢えず洗ってみよう」


 木桶で水を汲んできて汚れを洗い流して布で拭いた。みんなにはどう見えているのだろうか?


「普通の物よりとても透き通っていて綺麗ね」


 ヒナがそう言ってウットリしている。


「ナックには違うのね?」


「ああ、虹色の輝きが更に強くなって、魔石の中で何か煙のような物が動いているのが見えるよ」


 これをどうすればいいのか……しばらく眺めていたが答えは誰も出せないので解体を進めてもらう。

 作業が終わったらちょっとだけお肉を切り分けてもらい、お昼ご飯として食べてみる事にした。

 切り分けた肉を串に刺して、塩を少し振り軽く炙ってみんなで食べてみたらビックリする程美味しかった。


「とても柔らかくて、脂が乗っていて美味しいわね」


 みんなで美味しい美味しいと、ちょっとのつもりが沢山食べてしまった。満腹でひと息つくとルナが質問してきた。


「さっきの睡眠魔法ってどうやって解除したのかな?」


「ああ、あれか……」


 ザッジが何か思いついた悪そうな笑みを浮かべた。


「もちろんとても古典的な方法だ。覚えてないのか?」


「うーん……覚えているのは頬に優しく何かが触れた感じがしたって事かな……」


「まさにそれだな」


 ルナの頬が真っ赤に染まった

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