第2話 古典的技法

 名もない辺境村の新しい領主は国の第1王子だった。

 みんな騒いでいるけどよくわからない。前の領主はあまり村人からは好かれていなかったから、王子がまともな人ならいいけど辺境地方の領主になるようじゃ怪しい。


「お母様は予定通りに進めればいいって」


 さすがにお気楽なヒナでも心配そうだけど、騒いでもしょうがない。何もない村に特別な事を求めても無理なのだ。


「予定通りなら狩りをして祭り用の食材確保だな」


 気合いが入った様子でザッジがいい笑顔になった。ザッジとヒナは狩りが好きだけど俺とルナはあまり好きじゃない。気乗りはしないけど今日ばかりは仕方ない。


「どうせなら羊狙いで行きましょうよ!」


 お気楽ヒナが簡単そうに言うけど羊なんて最近は見た事なかった。スライムすらほとんど見ない。


「鳥狙いが無難だと思うけどな」


 ルナの方を見てボソっと呟くとヒナに聞こえてしまったようで……


「狩りに釣り竿を持っていく人が何か言ったような気が!」


「やっぱ羊だよ! ビッケなら羊がいそうな場所を知っているかもよ」


 お気楽ヒナに絡まれると結構面倒なので、調子を合わせておいた方が無難だ。ルナもわかっていて何度も頷いてる。

 


 森に行き、狩りをしながらビッケの家に向かう事になった。

 先頭を行くヒナは弓を構えてオレンジ色のショートヘアを左右に振って、辺りを警戒しながら進んでいる。その後ろを兵士の格好をしたザッジが剣を構えて続く。ルナは後方でヒナと同じ様に弓を構えて辺りを見渡している。


「スライムすらいないわ。釣り竿を持って狩りをする人がいるから怖くて隠れているのよ」


 やっぱり絡まれたよ……結局、収穫無しでビッケの家まで来てしまった。

 ビッケは家の前で小魚の干物を作っていた。美味しいと評判で野菜なんかと交換してもらっているらしい。

 とりあえず釣り竿はいつもの軒下に戻しておく。


「どうしたのみんな? エビと貝はさっき持っていったよ」


「ありがとね。聞きたい事があって来たのよ」


 ヒナが羊を探している事を説明するとビッケはしばらく考えこんで教えてくれた。


「そういえばひと月前くらいにナック兄の家に行く途中で羊みたいな姿が見えたような」


 大体の場所を覚えているみたいなので、ビッケに案内してもらう事にした。

 森に流れる小川を山の方へ案内役のビッケを先頭に登って行く。ビッケはピョンピョンと兎のように沢を難なく渡るけど、皆は慎重に足元を確認しながら渡る。


「ビッケ! 待ってよ。早すぎるわ」


 いつも先頭を行く身軽なヒナでさえ置いていかれる。海や森でいつも生活しているビッケは村で1番身軽だった。

 時々後ろを振り返り待ってくれている様子だけど、隊列はドンドン間延びしていた。

 しばらく登り続けると薬草畑が木々の間から見える所まで来てしまった。結局、羊を見つける事ができずに家に着いてしまうなと思った時、不意に辺りが真っ暗になった。


 まるで真夜中のような暗闇に皆が声も出せずに驚いている。


 突然、稲光がして激しい衝撃音が森に鳴り響いた。みんな呆然としていたがザッジがハッとして叫んだ。



「何かおかしい! ビッケ戻れ! みんな俺の所に集まれ!」



 ザッジがバラけていた皆に指示を出し警戒態勢に入った。

 みんな慌てて集合して、周りをキョロキョロと見渡す。


「ウチの薬草畑に何かいる。羊か……」


 木々の間からウチの畑がわずかに見える。畑の横を流れる小川の辺りに白い羊が見えた。みんな息を潜める。


「水を飲んでいるな。薬草でも食べにきたのか」


「よし! 逃げられないように囲んで仕留めるわよ」


ザッジとヒナが言葉を交わすが、アレはダメだ。手を出すのはまずい。


「待て! アレはおかしい! 手を出さない方がいい!」


 そう主張したけどみんなわかっていないようだ。


  なぜわからないんだ! 


  あんなに『虹色』の光を発しているのに!


  絶対に危険だ!


「危険すぎる! 輝く羊なんて見た事がない!」


 みんな顔を見合わせて訳がわからない様な顔をしていたが、ルナがハッと何かに気付いた顔をした。


「ナックにはわかるのね……アレが特別な羊だって」


 みんな改めて羊を見る。普通の羊より少し大きい様に見える。しばらく呑気に水を飲んでいたが、畑に歩いて行き薬草を食べ始めた。


「ぐっ! 畑が! でもアイツは…… 」


「ナック、このままではお前の畑は全滅だ。やるしかない」


 みんな意を決して頷いた。ザッジが手早く指示を出す。


「左はヒナ、右をルナで真ん中は俺が行く。ナックとビッケは俺の側から離れるな、護身用のナイフは持っているな? 抜いておけ」


 ヒナとルナが弓を構えて左右に展開して行く。ザッジはそれを見ながら少しずつ間合いを詰めていく。

 軽く左手を挙げてヒナとルナに矢を射掛けさせる合図をすると、矢が音も無く羊に突き刺さった。


「当たったのに平気で草を食ってやがる!」


 矢は確かに羊の体に命中しているのに平然と食事をしている。

 もう一度ザッジが手を挙げると、また羊の体に矢が突き刺さった。すると羊は地面から頭を離してヒナの方へ向かい歩き出した。

 そこでザッジが羊に向かって突撃した。


「お前の相手はこっちだ!」


 羊の背後から剣を切り下ろしたが、羊は構わずにザッジの方へ頭を向け、少しだけ姿勢を低くしたと思ったら、いきなり頭突きを喰らわせた。


「ぐはっ!」


 ザッジが後ろに吹っ飛ばされた瞬間、矢が羊の体にまた突き刺さった。すると羊がピタリと動きを止めた。地面に何か模様が浮かび上がって見える。


「いかん! 眠りの魔法だ!」


 ザッジが素早く自分の腕を剣で突き刺した。その様子を見て驚いた瞬間に奇妙な音がして、意識が遠のき眠気がした。


「起きろ!」


 誰かに顔を平手打ちされて目を覚ますと


「今のは魔法だ! 痛みがあれば眠らん! 腕を貸せ!」


 ザッジに腕を突然切られ、ビッケも同じように切られた。

 羊はヒナの方へゆっくりと歩き出している。


「ビッケ! ヒナも寝ている! ぶっ叩いて起こせ!」


「ナック! お前はルナを起こせ!」


「ルナをぶっ叩のか!?」


「とにかく起こせ! キスでもなんでもいい!」

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