55 手のひらの上

「そういえばエステルを救える一石二鳥の作戦って……」


「そういうことだ。力を与えるのと引き換えに、試合後エステルの身請けを誓約させた。この試合、どちらに軍配が上がろうと、彼女の自由は約束されている」


 エステルを救う大義を掲げ、自分はなにをしても許されるとばかりに佐藤は振る舞っている。だが奴にはもう大義などない。今の佐藤に残っているのは、地の底まで堕ちた評判だけである。


 みっともないまでのその道化っぷり。まさに転生もの俺TUEEEE系主人公に相応しいイキリ具合だ。


 そんなイキリグリ太郎が、ユーリアたんを惑わし利用している。


 ユーリアたんの椅子? バター犬? それに種馬だと?


 そんな夢のような高待遇など絶対に許さん!


 ラクストレーム家の家督に興味がないユーリアたんも、まさかそんな甘言に乗るとは思わなかった。


 ユーリアたんは俺たちと出会い、俺の知らない姿を見せてくれるようになった。前に煌宮蒼一に興味はないが、中身が変わったなら別だと言うほどに。


 遊び半分で佐藤が手に入ることで、心変わりしたのだろうか。ダーヴィットたちを放逐すると堂々と宣言するその振る舞いは、本気でラクストレーム家を貰うつもりかもしれない。


 それがダーヴィットを追い詰めた。


 奴は全てを失わんとするほどまでに追い詰められている。実に楽な交渉であった。


 奴はもう、俺の操り人形にすぎない。


 ユーリアたんを惑わしたことで、自分の首を締めるハメになる佐藤。まさに因果応報というものだ。


 俺は全てをもって、あの男を潰しユーリアたんの目を覚ましてみせる。


 君の椅子とバター犬と種馬に相応しいのは、この渡辺彦一郎だけなのだと。


「でも、対ユーリア用の力でしょう? 仮の肉体とはいえ、ユーリアが傷つくかもしれないのによく力を与えたわね」


「無論、そんなことは絶対に許さん。もしユーリアたんに傷一つでもつけたら、貴様の性癖を世に知らしめ、社会的に殺すと伝えている」


 なぜおまえまでそんなことを知っているんだとばかりに、ダーヴィットは真っ青になっていた。実にいい気味である。


 拡散準備は既に整っている。所詮は捨て駒。ユーリアたんを傷つけようが傷つけまいが、試合が終われば奴も終わりだ。


「そもそもあの男に、命をかけるほどの活躍など期待してはいない。託しているのは端から防衛戦。ただの時間稼ぎだ」


 あれはユーリアたんだからこそ命を落とすまで、力を使い続けられたのだ。プライドだけが一人前の木っ端に、命を散らすほどの活躍など期待していない。


「時間稼ぎ?」


「佐藤を仕留めるために、エステルたちを向かわせている。そのためにわざわざ、部屋をこうして借りて、モニター六台を稼働させているんだ」


 ここは高等部、カノンとして普段から通っている教室だ。


 台覧戦ということもあり講義はない。そこを独占し、魔導投影機をわざわざ六つも用意し、試合中継を流している。


 ダーヴィット、エステル、ダーヴィットの腰巾着。


 ユーリアたん、小太郎、そして佐藤。


 合計六人の様子は、現在位置付きで投影されている。


「台覧戦は本来、不正防止のためにあらゆる手段が講じられている。選手と観客の内通など、以ての外だ。だが、俺とダーヴィットは眷属化したことで繋がっている。奴の耳と目にしているものは全て俺に伝わり、そしてこちらの声も届けられる。ダーヴィットが時間を稼いでいる間に、エステルたちを佐藤のもとへと向かわせているんだ」


「ダーヴィットと繋がっている……これはもう腐女子の餌食。今年のコミマはカノン×ダーヴィット本が熱い」


 またくだらないことを田中はほざく。


 そんな発想を思いついた自分は天才すぎる。そうやって目を輝かせるその様に、つい呆れて息をもらしてしまった。


「そんなマイナージャンル、今更目新しくもなんともない」


「あのゴミキャラに需要がある、だと……蒼グリファンを舐めていた。腐女子の闇が深すぎる」


 田中は唖然としているようだ。


 蒼グリは神ゲーである。十年以上もファンが尊び盛り上げ、アニメ化へ至った不朽の名作だ。にわかですらないカスからひねり出される発想など、とうの昔に掘り尽くされている。


「俺たちの戦う力は、キャラの記録、そしてこの身体が覚えている。その戦闘技術を引き出せるからこそ、俺と田中はあのような激闘を広げられる。


 だが、佐藤は違う。煌宮蒼一は庶民の生まれ。もとより争いとは無縁に生きてきたキャラだ。蒼き叡智を扱いそれなりに魔法を使えるようになったところで、幼い頃から戦闘技術を叩き込まれてきた魔導師に勝てるわけがない」


 腰巾着にくらいはゴリ押しで勝てるかもしれんが、エステル相手はまず無理だ。ダーヴィットがここまで勝ち抜けたのは、八割がエステルがいたからと言っても過言ではない。


 懸念がないこともない。


 魂に刻まれた蒼の賢者の経験。それを引き出せるというのならば、話は別である。それがあるからこそ、蒼一はラスボスであるカノンに勝てたのだ。


 もし、佐藤がそこまで辿り着いていたら……と思うも、やはりその心配はない。


 佐藤とはそれなりに長い付き合いになってきた。あいつの中身はよくわかっているつもりだ。


「万が一、蒼の賢者の経験を引き出す境地に到ったとしても、おそらく問題はあるまい。女をキープする処女厨にまで堕落し、品性を堕としたとはいえ、佐藤の根っこは変わらん。いくら自分の危機とはいえ、あの聖人が女に手を挙げられるわけがない。


 エステルには最大限の自助努力をもって、勝利に貢献するよう誓約をかけている。エステルが辿り着いた時点で、佐藤は詰みだ」


「ほんと、作戦をしっかり考えてたのね」


 鈴木は感心したように目を丸くした。今までの人生で一番感心されている。


「なに、やっていることは佐藤と変わらん。ただダーヴィットに一時しのぎの力を与え、送り込んだ二本の矛で切り伏せる。俺がやっていることは精々、索敵とその指示をを肩代わりしているに過ぎん」


 あの鈴木にここまで感心されたことに気分を良くしながら、あえて謙遜した台詞を吐いた。


 佐藤の勝ち筋はない。これは絶対。


 ダーヴィットは必死だ。命の全てを投げ出す気概はなくても、命をすり減らすくらいの反骨心はある。


 後は小太郎が辿り着きそうになった時点で、結界のように炎壁を展開させるだけでいい。佐藤が落ちるまでは持つはずだ。


 簡易で安易でありながら、今の佐藤では決してひっくり返らない戦術。唯一の不安要素である小太郎の動きも抑えている。今もこうして――


「……ん?」


 と、その動きに奇妙な違和感を感じた。


「どうしたの渡辺?」


「いや、少し小太郎の動きがな。いつもなら背後を取る立ち回りをするはずなんだが……このルートはユーリアたんと合流する気か?」


 小太郎はずっと、ここまで敵の背後を必要に取ってきた。


 おそらく佐藤の入れ知恵だろう。三試合目辺りから、わかっていても背後を取ってくる小太郎に、対戦相手が怯えるようになってきたからだ。


 相手の恐怖を煽り、ユーリアたんの力にハッタリを利かせ、敵に力を発揮させない効率的な作業ゲー。タイムを縮め続けるその様は、台覧戦RTAを楽しんでいるようだ。


 それがここに来て、小太郎の動きが変わった。


「佐藤が焦って、作戦を変えたのかしら?」


「確かに。いつもならとっくに決着がついているはず」


「なるほど……佐藤も敵が二人、真っ直ぐと接近しているのは気づいているはずだ。佐藤にはユーリアたんの現状を知る術はない。決着がまだつかないことに、焦ったのかもしれんな」


 ユーリアたんはひたすら、確保している水源より攻撃し続けている。


 それがダーヴィットの炎壁により、全て蒸発していく。


 最初に用意した水量と比べ、手元にあるのはもう五分の一。


 あれを全て同時に攻撃に回しても、ダーヴィットを飲み込むことはできないだろう。


 最初から一気に放出されたら不味かったが、そうはならなかった。ありえない未知の力を発揮したダーヴィットに、ユーリアたんも警戒はしたはずだ。一気に全弾放出するような真似はしないだろうと、高をくくっていたがそうなってくれた。


 今のユーリアたんに、ダーヴィットの息の根を止めるのはもう不可能だ。


「エステルたちが佐藤を捕捉したわよ」


 首輪に思いを馳せているのだろうか、はしゃぐような鈴木の声。


 佐藤はもう終わりだ。


 逆転の勝ち筋などない。


 なのにこの胸のざわめきはなんなのか。


 なにか、自分は見落としているのではないか。


 それを肯定するかのように、ダーヴィットを通した、魂の嫁の声が聞こえてきた。


『ほんと、なにもかも貴方の手のひらの上ね、佐藤』

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