54 世界で一番嫌な理解者

「あら、ユーリアが抑えられているわね」


 台覧戦準決勝。


 佐藤たちの試合を覗いている鈴木から、意外だとばかりの声があがった。


「渡辺、あの男は瞬殺っていってなかった?」


「実は強キャラだった?」


「いや、蒼一の踏み台として生まれた、文字通りのかませキャラだ。ユーリアたんがあの雑魚を瞬殺するのに、あんな水源すら必要ない」


 シリアスな原典とは一転、魔法学園ものの青春を楽しむファンディスク。


 作品全体はお祭りムードで重すぎない話であり、原典のカノンのような世界悪キャラは出てこない。


 それでもラクストレームの名を仮にも引いていおり、そしてユーリアたんの兄である。初めは強キャラかと思ったが、蓋を開ければとんでもない。蒼き叡智を手にしたばかりの蒼一と接戦となり、あっさり敗北する。


 その様は蒼グリ界のかませ犬。かませ犬の代名詞。かませオブかませ。


 それがダーヴィット・ラクストレームである。


「なるほど、これが考えてあった手というわけ?」


「そういうことだ」


 メガネを正しながら、口角を吊って鈴木に答えた。


 さあ、聞いてこい。


 俺がどんな手を使ったのかを。


 いつもなら興味をなさそうにしている鈴木だが、今回ばかりは違ったようだ。


「いいわ、教えて頂戴。渡辺、貴方は作品の知識を使ってなにをしたの?」


 仕方ないわね、とばかりに口を開いた。


 あの鈴木から蒼グリの話を求められるのは実にいい気分だ。


 もったいぶってもいいが、やっぱりもいいわ、と言われてもつまらない。


「黒の賢者の眷属化だ」


 あっさりと俺は、ダーヴィットの力の正体をネタバレした。


「まーた設定が生えてきた」


「たわけが、クリスルートでも出るほどの初期設定だ」


 戯言を口にする田中を一蹴した。


「それもラスボス仕様のユーリアたんが使ったほどの力だぞ」


 流石の二人も、この話は食いついたようだ。二人揃って目を見開いている。


「ユーリアたんは水辺でこそ最強クラスだが、水源がなければ一流魔導師止まり。なにせ液体操作が真髄でありながら、水属性魔法とは相性が悪いからな。だから水を生み出すための魔法は、魔力の消費が重い。次から次へと生み出せば、あっという間に魔力が枯渇する。本来、カノンと肩を並べられるほどの力はないんだ。だが、魔力を無制限に扱えるなら話は別だ。


 クリスルートのラスボス戦、その決戦の場は水辺ではない。クリスはユーリアたんの真髄を見抜いており、水辺でなければ必ず勝てると挑んだのだ。だが、黒の賢者の眷属となったユーリアたんに魔力切れはない。一度に生み出せる水量こそ変わらないが、魔力制限から解かれたユーリアたんは、圧倒的な力と戦術でクリスを追い詰めたんだ」


 興が乗り、ついまくしたてるような早口で語ってしまった。


 いつもならくだらん、興味はないとばかりに人の話を聞かないこいつらに、苛立ちを覚えるところだ。


「前に言っていたクリスティアーネの真の力っていうのは、そこで目覚めたわけね。蒼き叡智の共有化だっけ?」


 だが今日に限っては別だった。


 あの鈴木が作品の知識を引っ張り出し、興味を持って話を聞く。


 大変気分がいいので、すぐに頷いた。


「そういうことだ。蒼一からもたらされる、エーテル還元の莫大な魔力。それを利用しギリギリのところで、クリスはユーリアたんを抑えきったんだ。なお、選択肢を誤れば世界こそ救われるが、蒼一は死んでクリス一人が残されるノーマルエンドになる」


 かつての俺は、その選択を誤った。


 これだけの道のりの末がこんな結末なのか、とあれには放心した。選択肢を改めて選び直し、ハッピーエンドに辿り着いたときは、良かった良かったと感動したものだ。


「そう考えると、佐藤って結構ヤバイ力を扱ってるのね。もし私がそれを使えるようになっても、使うのは止めておくわ」


「安心しろ鈴木。蒼き叡智の共有化は、絆の力がもたらすもの。互いを信じる男女の愛の力と言っても過言ではない。今の貴様では一生辿り着けん境地だ。使いたければ心を入れ替え、貴方を愛していると佐藤に告げてみろ。今の貴様はクリスだ。そうしたら蒼き叡智を共有できるかもしれんぞ」


「うっ……絶対に嫌ッ」


 その意味に、鈴木はそっぽを向いて渋面する。


 もし俺が鈴木の立場なら、必ずそれをやるだろう。それだけで欲した全てが手に入るというのに、実に愚かな奴である。


「わたしも魔力を無制限に使いたいけど、ある意味で、渡辺の眷属になるのに等しい。わたしは絶対に嫌」


 なんて、田中が横で戯言をほざく。


「端から、なにがあっても貴様らを眷属化させることはない。なにせ強大な力こそを得られるが、その代償は大きすぎる。蒼き叡智より危険な力だ。実際クリスルートのユーリアたんは、そのせいで命を落としたくらいだ」


「え、ユーリアが手を染めた力って、そんなにヤバイの?」


 佐藤が真の仲間だと連れてきて以来、月白邸にはユーリアたんの部屋ができるほどに居着くようになった。魂の嫁をよりにもよって、俺の敵に回させるその蛮行。一度は佐藤を殺してやろうかと思ったが、今はありがとうと土下座をしてもいいくらいだ。


 そんなわけで、寝食を共にしているユーリアたん。流石の鈴木も彼女に情ができているようで、そんな力を手にしたユーリアたんに驚いている。


「黒き黎明は人の身でまともに扱えるものではない。だからこそ黒の賢者は生みだされたんだ。劣化版とはいえ、扱う力は黒き黎明に変わりない。それを扱えば魂はきしみ、肉体は歪んでいく。その苦しみは死への階段を登るそれと同じだ。それを無視して登り続ければ、肉体と魂は崩壊し死へと至る。


 ユーリアたんはその苦しみを受け入れながら、その身を全て投げ出しクリスと戦った。それでも一歩届かなかったその結果に『ありがとうお姫様。楽しかったわ』といって満足そうに笑って逝くんだ。


 当時の俺は、自分勝手な振る舞いをしておいて、なにが楽しかったわ、だと鼻で笑い、クリスの激闘を讃えていた。……あのときの自分を殴りたいな。サクラ、そしてソフィアルートで掘り下げられたユーリアたんの過去と内面、そして活躍。人生の幸福を知らず得られず、どうやっても満たされない幸福の器。あの最期の一言にはこんなにも深い意味が込められていたのかと思い、そのシーンを見直して泣いたくらいだ」


「そういえばユーリアは、どのルートでも死ぬんだっけ? この世界で悲惨な人生を歩むかもしれなかったって思うと、あの娘を見る目も変わるわね」


 ユーリアたんをに同情しているのだろう。蒼グリの話だというのに、俺に共感しその顔を曇らせた。


「なお、その裏では週五で水ニーに励んでいる模様」


 次の瞬間、鈴木は噴き出した。


 抱腹している鈴木の横で、田中はニヤニヤとしている。


「ユーリアたんを笑うな、殺すぞ! ユーリアたんにはユーリアたんなりの過去があって、それはもうしかるべく必然性があっての週五であり、編み出されたのが水ニーなんだ。それに至った経緯、どんな思いでそこへ辿り着いたのか。そしてどのような思いでユーリアたんが水ニーに励んでいるのか。俺はちゃんと知っている。ユーリアたんの真の理解者として、彼女を笑うのは絶対に許さん!」


「世界で一番嫌な理解者ね」


「今の台詞をユーリアに聞かせたら、また心神喪失を起こしそう」


 呆れたようにする二人。


 にわかですらないものに、ユーリアたんの気持ちなどわかるまい。


「それはそれとして、ダーヴィットを眷属化したけど、そんな力を使ってあの男、大丈夫なの?」


 心配してはいないが、とりあえず聞いてみたと言った感じの鈴木。


「サロゲイトドールは魂を同調させるからな。身体は大丈夫でも、魂のきしみまでは耐えられん。使いすぎると良くて廃人、最悪死ぬな」


「わたしたちのくだらない諍いのために、捨て駒として死地へ追いやられてるダーヴィット。不憫すぎてほんと笑う」


「いくら蒼グリを愛しているとはいえ、俺も博愛主義者ではない。エステルの件のこともある。プレイ当時からこいつほんと死ね、と思ってきたからな。死んだら死んだでそれで構わん」


 あんな家で生まれ育てば、ユーリアたんがあんな風に育ってしまっても当然だ。ユーリアたんはとても魅力的なキャラでこそあるが、それはそれ。これはこれ。


 ラクストレーム家の男たちは全員死すべき、そこに貴賤はない。

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