水ニー

36 言い逃れのできない事実

 鈴木が計画し、幹事として張り切った『祝・追放ものの主人公となった佐藤を慰める会である』は無事に頓挫した。


 頓挫したとはいえ、用意した品々が魔法のように消えることはない。


 SNS映えしそうな料理も三桁万円のシャンパンは残されるわけで、それを捨てるなどとんでもない話だ。


 ユーリアや小太郎、そして被害者と呼ぶに相応しい扱いを受けたソフィアにも、食べてもらっていくことにした。


 そうなると、鬱陶しいのが渡辺である。


 我が家へやってきた魂の嫁。いつかのソフィア相手以上に、甲斐甲斐しく世話を焼いている。


 上げ膳据え膳にユーリアもこれにはニッコリ。ということはない。


 気味悪がっている。


 カノンの本質を知っているからこそ、ユーリアは警戒していた。


 気持ち悪いオタクの魂が変わりに入っていることも知らず、あのカノンになにが起きているのかと、見極めようとしているのかもしれない。


 わいわいやっている内に日も暮れて、小太郎は帰ってしまった。


 酒に強くないソフィアも、気づけば眠ってしまっていたので部屋へと寝かせた。


 俺も泥酔とまではいかないが、そこそこ酔いが回っていた。つまり短慮になりやすく、『祝・追放ものの主人公となった佐藤を慰める会である』というクソ看板を改めて目にしたことでムカついたのだ。


 蒼き叡智の力でクソ看板を庭で焼き払い、意気揚々とリビングへと戻ってきたときのことだ。


「そろそろ教えてもらおうかしら」


 出窓に腰掛けていたユーリアがそう口を開いた。


 貴方たち、と指すのはリビングにいる俺とカス三人なのは明らか。


 もしかしたら小太郎とソフィアがいなくなるのを、待っていたのかもしれない。


「教えてもらう?」


「貴方たちに起きた変化のことよ」


 首を傾げる田中にそう答えると、その目を鈴木へと向けた。


「貴女、いくらなんでも大人しすぎるわよ」


「私が大人しい?」


「仮にも私たちは台覧戦で対立しているのよ? 私の知るリリエンタールのお姫様は、一方的に対抗意識を燃やしてくる面倒くさい女。ここは一言、因縁をつけてくるところじゃない。それなのに煌宮蒼一の味方についた女、くらいにしか思ってないでしょう、私のこと」


 鈴木のユーリアへの態度は、クリスティアーネの対応しとて正しくない。ユーリアはそう言いたいのだ。


「それを踏まえて、貴方たちに起きた変化をハッキリと聞くわ。貴方たち全員、中身が違う人間に入れ替わってるんじゃないの?」


 真剣な面持ちでユーリアはその核心をついてきた。


「また……突拍子もない話だな」


「そうかしら。ならなぜ今まで繋がりのなかった貴方たちが、四月から突然、こうして一緒に暮らしているのよ。学園でもそう。今の貴方たちは、誰が見ても気の知れたお友達同士よ」


「いや、このカス共は油断ならないし、仲良くないぞ。むしろどう始末してやろうかと頭を悩ませているくらいだ」


「そんな発言含めて、旧知の仲みたいだと言っているのよ。今日の催しやお姫様たちとのいざこざだって、知り合ったばかりの友人同士がやるそれではないじゃない」


 完全に正論である。まさかこの俺が、ロジハラを受ける日が来ようとは。


「そもそも貴方たちが呼び合う名前。佐藤、鈴木、田中、渡辺? なによそれ」


「蒼き叡智にはカス共に相応しい代名詞が残されていたんだ」


「黒き黎明がカスと書いて佐藤と呼べと告げたんだ」


「そんな答えで納得するバカがいると思う?」


「ソフィアをバカにするな!」


 思わず憤り、声を荒げてしまった。


 ユーリアはそれに憤り返すこともなく苦々しい顔をしていた。


「あの娘、それを本気で信じたの? どう考えても煌宮蒼一たちに成り代わった、貴方たち自身の名前じゃない」


「そこは、ほら……セレスティア人であるこいつらに日本の文化を教えるため、名前から入ってもらったんだ」


「ならなんで貴方とサクラの呼び名まで変えているのよ、とわざわざ指摘してもらいたいのかしら?」


 苦しいどこまでもみっともない言い訳にうんざりしたのだろう。バカにするどころか、呆れたように大きなため息をつかれてしまった。


「往生際が悪いわね。吹聴するつもりはないからさっさと白状しなさい」


「実はサイコロを振った結果のあだ名なんだ」


「わかったわ。言い逃れのできない事実を突ききつけるから、それで観念して」


「言い逃れのできない事実?」


 グラスにまだ半分以上残っているそれを、ユーリアは一気に飲み干した。


 空となったグラスを傾ける。


 それはまるでパブロフの犬のごとく。空のグラスをちらつかされた渡辺は、片膝を付きながらすぐに注いだ。さながらご主人さまに仕える一流の執事のようだ。


「本物のカノンはこんなアホじゃないわ」


「これ以上ない論破だな」


「これ以上ない正論ね」


「これ以上の言い訳は無理」


 降参である。


 言い逃れのできない事実を突きつけられた俺たちは、観念して全てを語ることにした。

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