35 謝ってきてももう遅い。真の仲間たちと共に、俺は優勝を目指す。

「ごめんなさい、ソーイチ……味方になるっていったのに、わたし、なにもできなかった」


「いいんだ、ソフィア。君はなにも悪くない。悪いのはカス共だ」


 目頭に涙を浮かべるソフィアを抱きしめた。


「それよりも、俺のせいであんな目に合わされて……ごめん」


 細い腰に回した手に力を込める。慈しむように頭を撫でながら、カス共の被害にあったソフィアを慰めた。


「ううん、わたしは大丈夫。それよりもソーイチが、無事に台覧戦に出られてよかった」


 ソフィアもまた、背中に手を回してきた。初めての抱擁ではあった遠慮はない。少女らしい力強さがその腕にはこもっている。


 これだけで全てが報われたような、漏れ出た吐息を胸で感じた。


 あの後、田中が俺たちの前に現れた。


 ソフィアを拉致した鈴木たちは、タクシーを呼んで既に月白邸へ戻っている。俺のために祝杯の準備をしていると告げられた。


 幹事は当然、鈴木である。


 リビングには『祝・追放ものの主人公となった佐藤を慰める会』との看板が掲げられ、テーブルにはSNS映えしそうな料理の数々と、ワインクーラに沈められているワインボトル。


 田中いわく、三桁万円のシャンパンらしい。鈴木が張り切りに張り切った、今日のために用意した品とのこと。


 全てはうまくいくと確信していた。


 ただし、そんな鈴木のもとへ帰ってきたのは、ジョブチェンジした追放もの主人公ではなかった。ヒロインと存分に熱い抱擁を交わす、変わらぬ転生ものの主人公の姿だ。


 今すぐ人を殺めんばかりの、憎々しげな鈴木の視線を真っ向から受け止める。


 実に気分が良い。


 自慢気に、かつ得意げに嗤いながら、腰に回している手で中指を立てた。


「……それで、私たちは一体、なにを見せられているの?」


「仲が良いんだか悪いんだか、わけがわからんな」


 以上が、ユーリアと小太郎の前に繰り広げられている光景であった。


 作戦会議も兼ねて連れてきた二人を待っていたのは情報過多。情報の整理が追いつかなくても仕方あるまい。


「なっ、ユーリアたん!?」


 予期せぬ魂の嫁の来訪に、喜びと驚きの声を渡辺は上げる。


「なぜユーリアたんがここにいる!?」


 それはユーリアではなく、俺に対して投げられた問いである。


 渡辺もバカではない。


 俺と小太郎、そしてユーリア。


 この三人のセットの意味は内心気づいているだろう。


 ただ、信じたくないだけだ。


 魂の嫁が、俺と共にいるこの真実を。


「ユーリアはカスパーティーから追放された後に得た、真の仲間だ」


 ソフィアの抱擁を解いてニヤリと嗤う。


「順当にいけば、おまえらと当たるのは決勝戦だな。喜べ渡辺。そのときは正面からユーリアをおまえにぶつけてやる。果たしておまえに、魂の嫁を傷つけることができるか?」


「おのれ、この外道がっ!」


 憎々しげに歯を食いしばる渡辺の姿は、哀れを通り越して滑稽だ。


「おまえたち二人は雑魚にすぎん。小太郎に小突かせ膝をついたところを遊んでやろう」


 鈴木と田中に目を向けて、口角を大きく吊り上げた。


 追放先で新たに得た、真の仲間たちの肩にこの手を置く。


「身勝手な理由で俺を騙し、裏切り追放した代償はキッチリ払ってもらうぞ。その過ちに気づき、帰って来てくれと謝ってきてももう遅い。台覧戦はこの真の仲間たちと共に、カスパーティーを血祭りにあげるため優勝を目指すぞ。ハッハッハッハ!」


 勝利は決まったようなものであり、その美酒を呷るかのように哄笑を響かせた。


 悔しそうにしているカス三人。


 それだけで素晴らしい酒の肴となり、今すぐ一本開けたいところだ。 


「もう、どちらが悪者かわからないわね」


「だな」


 一方、煌宮チームの二人からは呆れられていた。ソフィアもまた狼狽えている。


「そもそも決勝前にコケなければいいんだがな」


「足元をすくわれる余地はあるものね」


 二人の言うことも最もである。


 台覧戦。渡辺はその歴史についてごちゃごちゃごちゃごちゃと語っていたが、所詮は設定がガバっ作品だ。頭に入れる必要など一切ない。


 大事なのは、魔導師が三対三で争う。大将が落ちたら負け。それだけわかっていればいい。


 今回のトーナメント表はもう出ている。


 鈴木たちは別ブロックであり、血祭りにあげるためには決勝まで上がらなければならない。


 対してダーヴィットたちは、勝ち進めば準決勝で当たることになっている。


 ユーリアと小太郎が遅れを取ることはまずあるまい。二人の力だけで安定して勝ち進める。


 唯一の不安要素があるとしたら、大将である俺だけだ。


 蒼き叡智を手にしたとはいえ、戦いに関しては素人。ユーリアも小太郎もその認識であり、唯一の不安要素である自負と自信があった。


「その心配はない。安定した作戦はちゃんとある」


 俺は胸を張りながら二人に目をやった。


「おまえたち二人が相手の大将を速攻落とす。俺は座して待つ。決勝までそれでいく」


「大見得きった割には全部人任せなのか……」


「男らしさもなにもないわね」


 二人は口をあんぐりとさせた。


「いいか、俺は蒼き叡智を手にしただけの一般人だ。おまえたちのように、痛みへの覚悟も耐性もありはしない。一発痛いのを貰えば、それだけで立ち上がれん自信がある」


「自信は正しく使いなさい」


「もちろん、俺も何もしないとは言わん。ユーリアの支援はしっかりやる」


「私への支援?」


 一体なんのことかとユーリアは首を傾げる。


 人任せのおまえに一体なにができるのか。


 そうひしひしと伝わる空気の中、その答えに辿り着いたのはたった一人。


「ユーリアたんは芸術なまでに繊細な水魔法の使い手と知られているが、その本質にして真髄は違う。秘してきたその力の秘密は、親兄弟すら知らんが……くっ、そういうことか佐藤」


 この世界で知らぬことはない。魂の嫁のことならなおさらの男だった。


「ユーリアの力の本質にして真髄は、液体操作だろう? ユーリア自身の魔力量ではプール一杯分の水を生み出すことはできない。だが、その一杯分の水を支配下に置くことが可能だ」


「台覧戦のステージはランダム。都合よく水辺のステージに当たることはそうそうないだろうが……」


「俺が水源の役目を果たせば、ユーリアは常に本領を発揮できる。その恐ろしさは世界で一番わかっているだろ?」


「木っ端の魔導師が水源を確保したユーリアたんに挑むなど、銃で移動要塞に挑むようなもの。その上、ユーリアたんの特性である液体操作は天性のものだ。純水に近ければ近いほど、魔力の消費はゼロへと近づく……!」


「水源の憂いさえなければ、いくらでも連戦を重ねられる。今回の台覧戦にうってつけというわけだ」


 渡辺は魂の嫁の力を知り尽くしている。ユーリアが敵に回ったときの恐ろしさはわかっていた。


 アニメのラスボス戦ほどの力はないが、木っ端の魔導師を相手にするのならこれで十分だ。


「神はやはり見ているな。ソフィアの拉致という悪徳を重ねたカス共を罰すべく、ボスキャラを俺に――」


「待ちなさい!」


 悔しげな渡辺の横で、ユーリアは驚嘆の声をあげた。


「なんで当然のように、私の力を知り尽くしてるのよ!?」


 親兄弟すら知らぬ、秘してきた本質にして真髄を全て暴露されたのだ。ユーリアの心中が穏やかなものであるわけなかった。


「この世界で俺の知らぬことはない。ユーリアたんのことならなおさらだ」


「限度があるわよ!」


 自慢げな渡辺はすっかり定着したメガネクイをやる。


 メガネが光ってさえ見えるその様に、ユーリアの肩はわなわなと震える。


「諦めろ。俺も通った道だ」


 同じ境遇の仲間に向かって、小太郎は同情の声を投げかけた。

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