34 カスパーティーの卑劣な罠、そして新たな仲間

 学園の食堂は、お昼以外にも自由に出入り可能であることから、生徒の憩いの場としての面が強い。調理場や購買だけではなく、台覧戦の受付会場などといった役目を果たす場合がある。


 ソフィアとは食堂で合流しようと約束していた。受付の近くにいれば、すれ違いにならない。難なく合流できるはずだった。


「……どうしたんだ、ソフィア」


 小太郎を引き連れ、大手を振って意気揚々と受付に来てみれば、ソフィアの姿は見当たらない。小太郎の説得に時間はあまりかからなかった。こちらが早くつきすぎたかと思って待つも、早三十分。ソフィアは姿を見せないのだ。


 受付終了まで残り十分を切った。


 参加条件は、一人が代表として受付するのではなく、全員揃った状態で、その意思を示さなければならない。


 探しに行こうにも時間が足らず、焦りだけが募っていく。


「どうした煌宮蒼一。まだ、受付もしていないのか?」


 ニヤニヤとしながら、ダーヴィットがぬっと現れた。


「リリエンタールたちに騙され、すぐに代わりを見つけてきたようだが……所詮は落ちこぼれ。つくづく人望がないようだな」


 癇に障る声を吐き出しながら、ダーヴィットはせせら笑う。


 今になって気がついた。渡辺にボソリとなにか呟いたとき、ダーヴィットが笑っていた理由。鈴木がこちらの味方ではなく、俺をハメる意図を伝えていたのだ。


 ダーヴィットは初めこそ、試合で煌宮蒼一より上だということを示そうとのだろう。だが散々おちょくられコケにされた後だったので、煌宮蒼一の安易な失墜を望んだようである。正直もう、上とか下とか示すのは、どうでもよいようだ。


「またも裏切られ追い詰められた気分は一体どうだ?」


「あのカス共とソフィアを一緒にするな。ソフィアだけは俺の真の味方。ソフィアが俺を裏切るわけがない」


「ふっ、ならその真の味方はなんで姿を現さない? 貴様と心中はごめんだと、直前になって臆したのではないか? 諦めろ煌宮蒼一。貴様はまたも裏切られた」


「黙れ! ソフィアは必ず来る!」


「いいえ、あの娘は来ないわよ」


 ダーヴィットと言い争いをしていると、第三者が来ないと断定した。


 振り返ると、そこにいたのは意外も意外な人物だ。それこそダーヴィットが驚嘆するように、その顔をしかめたほど。


「ゆ、ユーリア……」


「あら、お兄様。こんにちは」


 渡辺の魂の嫁、ユーリア・ラクストレームだった。先日と変わらないパーカーを、制服の上から髪ごと羽織っている。


 お兄様、と声をかけながらも、その声には親愛も憎悪も妬心もまるでない。


 礼儀として述べただけ。ダーヴィットにはまるで関心が見受けられない。


 それを知ってか、ダーヴィットは忌まわしげ喉を唸らせながら、腹違いの妹の動向を伺っている。


 俺の興味もまた、既にダーヴィットにはない。


 ソフィアは来ないと断定した、ユーリアにその真意を問うた。


「ソフィアが来ないというのは、どういうことだ?」


「カノンたちに連れて行かれたもの」


「……は?」


「あれは薬ね。ハンカチを口元に当てられて、抵抗する暇もなくぐっすりよ」


「あのカス共がッ!」


 食堂中に響き渡るほどの怒声を張り上げた。


 そこまでして俺を陥れたいのか。


 ソフィアを襲うとか、強硬手段にもほどがある。あのカス共は人として、やって良いことと悪いことの分別すらつかないのか。


 渡辺がいるから怪我どころか痛みすら与えることはないだろう。ただ、大人気ないどころかやっていることは犯罪だ。


「つくづく嫌われているようだな、煌宮蒼一」


 高らかに嘲笑うダーヴィット。


「チームすら満足に作れんほどに追い込みを受けるとは、ククッ。だからといって、俺には非はないからな。誓約は当然、遂行されるな」


「クソ、カス共め……!」


 ダーヴィットの煽りなど、今更耳に届いてはいない。あるのはカス共への恨みと憎しみだけだ。


 しかし憎しみや恨みだけでは、事態は解決しない。


「こうなったら誰でもいい! 誰か、俺のチームに入ってくれ! 俺と小太郎だけで、必ず勝ち抜いてみせる! だから、誰か!」


 みっともない悪あがきのように、食堂中に視線を投げる。


 受付終了を持って、トーナメント方式ですぐに試合の組み合わせは決まる。食堂中に映し出されているモニターに、一斉表示されるのだ。


 だから現在、試合の組み合わせを見に、食堂は賑わっている。


 試合参加者から、ただの見物人まで様々。


 見物人に願いを乞うも、誰も目を合わそうとしてくれない。


 必死な形相にダーヴィットは一層腹を痛め、小太郎はもう諦めろとばかりに肩に手を置いてくる。


 世界に味方はもういない。万事休すとこれまでか。


「いいわよ、私が入ってあげるわ」


 そう思われたとき、そんな声があがった。


「ユーリア……!」


 哄笑を上げ続けていたはずのダーヴィットが、顔をひきつらせその名を呼んだ。


「なぜ、おまえが煌宮蒼一の味方をする!?」


「時間がないわ。ほら、さっさと受付をするわよ」


 咎めるように怒鳴りつけるダーヴィットなど、端から眼中にないのだろう。ユーリアはまるで相手にしていない。


 タイムリミットまで五分を切っていた。


 真意を問うなど後回し。ハッとした俺はユーリアに促されるがまま、小太郎を引き連れすぐに受付をした。参加表明である紙面へサインを施すと、ギリギリのところで間に合ったのである。


「助かったよユーリア」


 本当に、あと一歩で取り返しのつかないことになるところだった。


「でも、なんで助けてくれたんだ?」


 首の皮一枚繋がった安堵の胸にしながら、すぐに訪れたのは疑問だった。


 アニメではユーリアと蒼一の面識は、この時点ではないに等しい。前回顔を合わせたときは、交流と呼べるそれではない。


 ユーリアは蒼き叡智自体への興味はない。蒼一へ取り入ろうとしたり、積極的に貸しを作ろうとするキャラではなかったはずだ。


「カノンへの嫌がらせ」


「あのカスへの?」


「私をその気にさせるだけせて『そんなくだらないことをしている暇はなくなった』よ? ふざけているわね」


 そのときのことを思い出したのか、忌々しげにユーリアは吐き捨てた。


 小太郎はそんなユーリアに得心がいったように肩を揺らす。


「つまり、敵の敵は味方というわけか」


「煌宮蒼一を陥れることが、今あの男のやりたいことなのでしょう? なら、徹底的に妨害してやるわ」


 ひとつ邪魔を達成できたことに、ユーリアは満足げだ。


 援軍はとても喜ばしいが、渡辺は鈴木の手先にすぎない。今回のユーリアの参戦にキーキー言うのは鈴木だ。……いや、魂の嫁が俺の味方についたことに、渡辺なら悔しがってもおかしくない。いい気味だ。


「それに勝ち進んでいけば、カノンと当たることもあるじゃない。そこで痛い目をあわせられる、絶好の場よ。だから大船に乗ったつもりでいなさい、煌宮蒼一」


 ニコリと、


「まずは当面の貴方の問題。お兄様たち相手くらいなら、私一人で蹴散らしてあげるわ」


 自らの兄に向かって、ユーリアは微笑みかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る