33 追放後、素晴らしき仲間たちとパーティーを組む

「カスカスカスカスカスカス」


 教室で頭を抱えながら、変わらずの呪詛を唱えていた。


 慰めにソフィアとイチャコラするのが定番の流れと化していたが、今回はそんな悠長なことをしている場合ではなかった。


 タイムリミットまで時間がない。このまま過ぎてしまえば、二度とヒロインたちがいる学園へと足を踏み入れられない。鈴木の容赦のない追い込みに、このままでは屈してしまう。


「ソーイチ」


 昼休みも残り数分、というところで、ソフィアから声をかけられる。


「台覧戦のメンバーに困ってるの?」


「……あれを見てたのか?」


「うん。クリスティアーネさんたちが、なんでソーイチにあんな仕打ちをするかはわからないけど……蒼き叡智とは関係ない事情が、なにかあるんだよね?」


「……まあ、な」


 生前から続いている戦争あることは、ソフィアには当然言えないでいる。


 数瞬ばかし目を見合わすと、ソフィアは視線を逸らした。事情を話してもらえないことを、すぐに察し諦めたのだ。


 けれど、次にこの目を捉えたとき、


「例えどんな事情があっても、わたしはソーイチの味方でいたい。だからソーイチ、わたしに力にならせて」


 ソフィアに浮かんでいたのは落胆でも失望でもない。愚直なまでの愛情と信頼を寄せた微笑みであった。


 力にならせて、というのは言わずもがな。欠けた枠の一つを補ってくれるということだ。


 ダーヴィットとなにを賭け、負けたときの代償を知った上で、蒼一の力になりたいと言ってくれている。全てを投げ出してもいいというほどの想いが、そこには込められていた。


 決して佐藤じぶんに向けられた恋情ではない。それでもソフィアの想いは、心を大きく動かすほどに胸を打った。


「ソーイチ!?」


 だからこの衝動は抑えられるものではなく、心に突き動かされるがままに、ソフィアを抱きしめていた。


「ありがとう、ソフィア。やっぱり俺の味方は君だけだ。いや……ソフィアだけいればいい」


「ソー、イチ……」


 頬を含羞の色に染めながら、悦んだ甘い声が耳をくすぐった。


 恐る恐る、壊れ物に触れるかのようにこの背中には両手が添えられた。まるで力を入れると、大切なものが溢れてしまうような、そんなたどたどしさだ。


 だからまた一つこの腕に力を込めた。大切なものを離さないとばかりの、熱い抱擁となるように。それに応えるように、背に回された腕に力が入った。大切な物がついにこの手に入ったと悦ぶかのように。


 とっくにチャイムが鳴って、講師が入室しているのも差し置いて、自分たちの世界に没入していたのだ。


 そう、ただソフィアとの世界に浸っていただけではない。あのカス共を血祭りにあげるための、次なる一手を思い描いていたのだ。


     ◆


 台覧戦を来週に控えていることから、今日は五時間目で終わりである。


 試合のエントリーは十五時まで。それを一秒でも過ぎると、もう取り返しのつかない。


 時刻はもう二時を回っている。


 チャイムが鳴る前、講師の目を盗んで、俺は窓から飛び降りた。


 目指すは第二校舎。最後の枠を補って余りある人材を求めるためだ。


 学園の校舎は上空から見ると、コの字を描いている。上と下の横一文字に、第一校舎と第二校舎と分かれており、二つを結ぶ縦の一画が中央棟と呼ばれている。食堂や図書室、大広間などといった、共有施設が集中している。


 対岸の第二校舎は窓から降りれば障害物もなく、一直線上にある。


 強化した身体なら、四階から飛び降り、また駆け上がるなど造作もないことであった。


「き、煌宮くん!?」


 かくして五時間目の終鈴の中、第二校舎、高等部一年の教室へ入室したのだった。


 窓から突如として現れたことに、委員長が素っ頓狂な声を上げる。挨拶代わりに軽く手をあげながら、しかし委員長に構っている暇はない。


 講師含め唖然とした視線を集める中、それに見返すようざっと教室を一瞥する。


 目的の人物はすぐに捉えた。


「おまえの力が必要だ、小太郎」


「……もしかして、台覧戦の話か?」


 流石は渡辺が認める最強の忍び。すぐに俺の意図を見抜いて、あんぐりとしていた口が答えを紡いだ。


「煌宮、悪いが三井は俺たちと出ることになってるんだ」


「俺たちだけで、今年こそ第二校舎に優勝旗を飾るつもりだ」


 席を立ち待ったをかけたのは、煌宮蒼一の記録にも鮮やかに残っている男子二人。どちらもセレスティア生まれの平民であるが、抜きん出た才能を持つ、第二校舎の一位と二位である。


 第二校舎に属するセレスティア生まれは、才能に反し、不遇の扱いを受けてきた者が多い。生まれの差別をする者は、それこそ貴族の落ちこぼれくらいか。


 台覧戦は、生まれなど関係ない実力勝負。第一校舎に下剋上を叩きつける、絶好の場である。


 実力というのなら、小太郎はそんな彼らから見向きもされなかった。


 しかし渡辺によるネタバレ事件で、三井小太郎の名は一気に学園中に広まった。


 忍びという存在だけではなく、あのカノンが学園最強の一角として、小太郎の名をあげたのだ。裏の顔を知られてはならぬ諜報員は、今や学園の有名人となってしまった。


 諜報員の役目からは外されたものの、小太郎は情報漏洩の責任を被らずに済んだようだ。むしろカノンという大物が、忍びと政府の繋がりを掴んでいることに、お偉いさんは頭を抱えているとのこと。


 いっそ、バレているのなら日本が誇る忍びとして、その実力を学園中に知らしめてこいと、自棄糞気味に仰せつかったらしい。


 ならば小太郎が台覧戦に出るのは順当であり、第二校舎一位と二位のお眼鏡にかかるのも、おかしい話ではなかった。むしろそのくらいのことはあるだろうと予想もしていた。


「そうか、今から小太郎の代わりを探すのは大変だとは思うが、頑張ってくれ」


 小太郎の肩に手を置き、行くぞと促した。


「頑張ってくれ、じゃないぞ煌宮!」


「まさかそれで納得すると思っているのかおまえは!?」


 あまりにも自然なやり取りに呆気に取られる一同だったが、すぐに苦情の声は上がった。


「蒼一。おまえが置かれている状況は伝わってるし、助けてやりたいとは思うが……」


 小太郎は困ったように眉をひそめる。しげしげと俺と一位二位たちを見比べた後、小太郎はため息を漏らした。


「俺にも義理や人情、付き合いがある。直前になって――」


「浜野勇気。片口昌平。雪野翼」


 ボソリと、小太郎の耳元で呟く。


 顔を見ずともわかる。その肩の震えから今頃小太郎は目を剥いているだろう。


「笹原恵子。永倉巴。大橋――」


「待て待て待て待て!」


 慌てふためきながら小太郎はこの口を塞いだ。


 教室中がざわめいた。


 尋常ならぬ小太郎の態度に、周囲も不穏なものを感じ取ったようだ。これだけ青ざめた顔を見せられれば、誰も素晴らしいことが起きたとは思わないだろう。


「蒼一……俺たちは、親友だよな?」


「ああ、もちろんだ小太郎。俺たちは親友だ」


 顔をひきつらせながらも、なおも微笑もうと努力する小太郎。そんな小太郎に向かって、満面に誠意を込めた喜色を彩った。


「なら、親友を脅迫するような真似は……しないよな?」


 脅迫という物騒な単語が上がったことに、教室中にどよめく音が広がった。


 なぜ、小太郎からそんな単語が上がったのだろう。ただ渡辺から聞いていた、学園に潜む諜報員の名をいくつか口に出しただけである。


 親友の両肩に、ポンと手を置き向き合った。


「親友だからこそ、困ったときは助け合うものだろ? そして俺は親友が守りたい秘密を、簡単に漏らすような男じゃない。……誰を選ぶべきはよくわかっているな?」


 数瞬の後、小太郎はがっくりと項垂れながら、


「すまん」


 とだけ呟いた。


 誰に言ったのかは、言わずもがなだ。

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