32 貴様は首だ
「いつまでも学園で、佐藤にばかり構っていられないわ」
「蒼グリのヒロインはほぼ学園にいる」
「ならばその学園から貴様が失せれば、ヒロインたちは守られる。まさに逆転の発想だな」
カス共の顔はどれも得意げだ。
「逆転の発想じゃねぇよ! 第二の嫁を救いたかったんじゃないのかよ!」
渡辺の胸ぐらを掴んで言い放つ。
されるがままの渡辺は、メガネをクイっとしながら、
「嘘だ。そもそも俺の第二の嫁は、黒の賢者だからな」
あっさりと自らの嘘を宣言した。
そしてさらっと、黒の賢者が女だというどうでもいいネタバレを食らった。
「おかしいと思わなかったの佐藤。エステルを縛っているのは借金よ? カノン・リーゼンフェルトの身である渡辺が、お金で解決できないわけがないじゃない」
「それも、渡辺が第二の嫁と呼ぶほどのヒロイン。佐藤に任せるわけがない」
「エステルのことなら心配するな。救う手段などいくらでもある」
よくよく考えればそうである。元を辿れば壺を割ったというお金の問題ならば、リーゼンフェルト家の財力でどうにかできないわけがない。
他家の事情だなんだと言っているが、渡辺はこの世界を知り尽くしている。要領よくこなせないわけがないのだ。第二の嫁の好意を、俺に向けさせるなんてもっての他だ。
「そういうわけで、佐藤にはこの学園から去ってもらうわ」
「これで晴れて佐藤も、追放もの主人公デビュー」
「佐藤、貴様は首だ。足手まといの弱者はこの勇者パーティーに相応しくない。この最強クラン『ドラゴンスレイヤー』から追放する。迷惑料の装備を置いて、今すぐギルドから出ていけ!」
「誰が追放もの主人公へクラスチェンジだ! 学園から追い出すとか、いくらなんでもやりすぎだろ!」
今回のやり口はあまりにもむごすぎる。
最早真っ当な人道論を持ってしか、こいつらを責める手段が残されていない。
流石にこれはやりすぎであり、俺は大義を掲げ責めても許される。
「鈴木の容赦のなさを忘れたの?」
「鈴木は目的のためなら身を挺するのを厭わんからな。道具に日和る貴様とは、根っこからして覚悟が違う」
二人に言われて、戦争の引き金が引かれた過去を思い出す。
カス共の本性を知らず、カス共を信じていた、俺が純粋な好青年であった頃の話だ。
家だけではなく、大学でも常に鈴木が一緒である。妬みを買うほどの美形がいつも隣にいることもあって、恋活がどうしても成果をあげられなかった。俺もそれを人のせいにするつもりはないし、鈴木を責めようという気は一ミリもなかった。
一番仲が良い友人は誰かと問われれば、迷わず鈴木の名をあげるほど仲良くやっていたし信頼していた。
それが大きな間違いだったのだ。
横の繋がりを増やすため、大勢が集まる飲み会に参加したとき。鈴木が仕事絡みで付き合いがあるモデルを、数人ほど連れてきたことがあった。
彼女らと談笑し盛り上がる中、鈴木がトイレに立ったとき、その中の一人と連絡先の交換を求められたのだ。
そうしてやり取りをしていく中で、ついにデートの約束を取り付けた前日。
鈴木の知り合いに手を出す後ろめたさもあったので、ここらで一度白状したのだ。目を見開くほどに驚かれたが、咎められることなく、明日は頑張れと応援された。
恋もそうであるが、やはり友情もまた、人生の中ではかけがえのないものである。素晴らしき友情に恵まれたことに、神と鈴木に感謝して眠りについたのだった。
これが鈴木との友情を感じた最盛期であり、後は地獄の底まで落ちるだけである。
翌朝、鈴木は髪のセットから服装チェックまで、やけに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。これでバッチリ、驚くほどの爽やかなイケメンが誕生したと太鼓判を押し、笑顔でデートへと送り出してくれたのだ。
今ならわかる。俺に鏡を見せないようにするためだ。
道中、やけにジロジロと周りから見られる感じはあったが、そこは鈴木が押した太鼓判効果か。スカウトに声をかけられてしまうかもしれんと、調子に乗って得意げであった。
そして待ち合わせで、
「ごめんなさい、待った?」
「いいや、俺も今来たところさ」
と定番のやり取りをした数秒後、
「なにそれ?」
彼女は醜悪なものを見たかのように渋面したのだ。
首を傾げると、口に出すのも嫌だとばかりに、喉元をトントンと力強く叩いたのだ。
間抜けな声を出しながら、スマホの自撮り画面で確認すると、俺は凍りついた。
首筋に沢山の吸引性皮下出血出来ていたのだ。キスマークという言葉で親しまれているそれである。
デート前日に他の女と盛り上がっていたのか、と思われても仕方ない有様だった。
なぜこんな跡がついているのか。前日にはこんな跡などなかったはず……そうして数瞬ばかし考えると、
「鈴木、か……?」
無意識にその名を口に出したばっかりに、相手はパチパチと瞬きをすると、
「もう、連絡しないから」
気まずそうな沈んだ音だけを残して去っていった。
完全に、鈴木との仲を誤解されたのだ。そういう男だと思われたのだ。
失意のまま帰路につくと、満面に喜色を塗りたくっていた鈴木が出迎えた。
指先で首を叩きながらこれはどういうことかと詰め寄った。すると隠れて人の知り合いに手を出そうとするなんて、そっちこそどういうつもりかと痛いところを突いてきた。
こちらもこちらで言い分はある。一度許したふりして、見世物になるような真似をしたことを咎めると、更に言い返される。ボールを投げる度に互いのボルテージは上がっていき、ついには感情むき出しの口論へと発展した。
そこで、ついに鈴木はポロッと本音を漏らしたのだ。
俺に先を越されるのが気に食わない。ごちゃごちゃ言っていたが、短くまとめるとそういうことらしい。
そこで初めて、今日まで鈴木が恋路を妨害してきたことを知ったのだ。今までは俺に知られぬよう隠れてやってきたみたいだが、今回は時間がなかった。どうやればデートを台無しにできるか、悩み抜いた末の、キスマークだったようだ。
自らの唇を使ってまで身を挺する様は、意趣返しの機会を得るまで、道具を控えさせていた俺とは覚悟が違う。
普通、男が相手なのにそこまでするか。もっと他にやりようがなかったのか。
どちらにせよ鈴木との戦争は、ここから表立って行われるようになったのだ。
可愛い女の子との出会いが限られている俺とは違い、鈴木は相手に困らない。田中、渡辺を配下に、俺を一方的になぶり続けてきたのだ。
それがついに、復讐の機会が訪れた。テレビに出るほどの一流モデルとの合コンに、鈴木はこぎ着けたとマウントをこれでもかと取ってきた。
「ま、私もそこまで外道じゃないわ」
表面上歯ぎしりをし、これでもかと憎々しげに鈴木を妬んだ。しかし内面では、よし復讐の機会来たりと高らかに嗤ってしまった。
かつての意趣返しとして、用意していた吸引性皮下出血出製造機が陽の光を浴びたのだ。
「学園を辞めることになっても、責任を持ってあの家で飼ってあげる」
翌朝、鏡越しにあられもない自らの姿に気づいた鈴木は、一流モデルとの合コンを諦めたのだった。
「ああ、もちろん」
ざまぁ見ろとばかりに、『合コンに行けなかった可哀想な鈴木を慰める会』を開催したのがあの日の顛末である。
例え始まりの引き金は
「語尾には『わん』か『にゃー』よ」
死んで世界を越えたところで、奴の怒りは収まっていないようである。
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