25 親友キャラのネタバレ

「随分と賑やかだな、蒼一」


「第一校舎へ行って心配してたけど、元気そうでなによりね」


 そんなところに新たな声が二つかけられた。


 声は斜め後ろ。振り返ると、男子生徒と女子生徒が一人ずつ。


 男子は百八十センチを超える、すらっとした体格。イケメンなのではあるが、満面に張り付いたヘラヘラとした笑いが、三枚目な遊び人みたいな風貌へと落とし込んでいた。


 女子は……赤縁メガネ以外特筆するところはない。可愛くはあるのだが、ザ・サブキャラ。そんな感想をもたらす黒髪少女である。


 二人の名を、俺は知っている。もちろんアニメで触れたキャラではあるが、それ以上に、蒼一の記録に強く刻まれているからだ。


「ああ、小太郎と委員長か。なんか久しぶりだな」


 中等部時代教室を共にし、蒼一に良くしてくれた友人たちである。


 席は辺りを見渡せばいくらでも空いている。トレイを手に席を探して、たまたま蒼一の姿が目に入った、というわけではなさそうだ。


「良かったら、その……一緒にいいかしら?」


「俺たちは親友だろ、蒼一。学園が誇る美少女たちがいるその環境。そこに引っ張り上げてくれることこそが、美しき友情じゃないか」


 なんて、慎ましかな委員長と比べ、小太郎は下心を隠すことはない。


 委員長はともかく、小太郎に鈴木は怪訝な顔をする。アニメ一話切りした鈴木にとって、小太郎は印象に残ったキャラではなかったのだろう。途中切りした田中は、無表情の中に、ああこんなキャラいたな、みたいな視線を送っていた。


 小太郎は蒼一の親友ポジで、アニメでは日常パートでチャラチャラしていただけのキャラだった。女好きで学園にいるあらゆる美少女の情報を抱えている。クリスティアーネに絡まれた一日目の昼休みでは、


「おお、クリスティアーネ・リリエンタールに早速絡まれたか、羨ましい奴め。彼女は学園でも随一の美少女。身長162センチ50キロ、スリーサイズは上から……は、これ次第だな」


 と、親指と人差し指で丸を作る様は、隣にいた委員長を引かせていた。


 蒼き叡智とクリスティアーネの因縁ではなく、早速その外見から入る様は、小太郎というキャラの存在意義が垣間見えた。


「俺は構わん。座ってくれ」


 真っ先に渡辺が空いた席に手を差し向ける。


 カノンからそんなお言葉を貰えるとは思わなかったのか、委員長は恐れ多そうにしている。


「それじゃあお構いなく」


 その横で小太郎は、へらへらしながら我先へと腰を下ろした。


 席順としては、対面に鈴木、田中。渡辺は俺の隣にいる。男と女がきっぱり分かれているところに、真っ先にクリスの横を陣取る辺り、流石女好きキャラである。委員長はそんな姿に呆れながら、俺の隣へと腰を下ろした。


 学園の有名どころか集結するこの席。小太郎はともかく、いざその席へ付くと委員長は緊張したのだろう。笑みだけは崩すまいと努力はしているようだが、それは既に苦笑いに近いものである。


 ここは二つを繋ぐ煌宮蒼一として、互いの架け橋になるべきだろう。


「紹介しよう。まずはこっちの赤縁メガネの女の子が、小野寺守子だ」


「……え?」


 委員長はいきなりのことに、呆気に取られた。


 なぜなら平手を差し向けてきたのは、煌宮蒼一ではない。カノン・リーゼンフェルトであったからだ。


「煌宮蒼一とは中等部からの数少ない友人で、委員長キャラだ。代々魔女を輩出してきた家系で生まれた守子は、適性にも恵まれている優等生。


 ただし守子はサブヒロインですらなく、立ち絵こそあるがその影は薄い。一部に愛されながらも、いじり付いたあだ名はモブ子。影の名脇役といったところだな。160センチ48キロ。上から79-56-80のCカップだ」


「待って、なんでそんなことまでリーゼンフェルトさんに知られてるの!?」


 委員長は前のめりになって、取り乱しながら渡辺に叫び散らす。


 色々とツッコミどころ満載であるが、自らのスリーサイズやカップ数まで知られていることが、一番の問題だったようだ。


「ほう、流石は天下のリーゼンフェルトといったところだな。完璧だ。委員長の身長からスリーサイズに至るまで、一寸の狂いなくその通りだ。どこでその情報を?」


 同胞を見つけたかのように、小太郎は生真面目な顔を向ける。


「この世界で俺の知らぬことはない。


 三井小太郎。入学初日に出会った煌宮蒼一とは、なんとなく気が合うからと交友を持ち始めた、親友キャラだ。学園での成績はいまひとつパッとしない。異様な情報収集能力を持って、学園の美少女たちのプロフィールを細かく把握している。それこそ身長からスリーサイズに至るまで、その気になればその日の下着の色まで、すぐに調べ上げる女好きの遊び人。181センチ68キロだ」


「普通に最低なキャラね」


「改めてこうやって並べ立てると、やっぱり三井は最低だわ」


 鈴木と委員長は、白い目を小太郎に向けている。


 そんな二人の視線などどこ吹く風。小太郎の顔はただ、やるな、と言わんばかりだった。


 アニメでの小太郎は、朝一にクリスの下着の色を教えてくれるシーンがあった。ついポロっとクリスの前でそれを零し、憤られたのを覚えている。


「成績がぱっとしない男子生徒が、そこまでできるのは普通におかしい。やっぱり、蒼グリの設定はガバガバ」


 つい田中は本音を漏らす。無意識で漏らした本音に気づくと、咄嗟にお腹を守った。


 だが、渡辺に浮かんでいたのは憤懣ではなく、小馬鹿にするような不敵な笑み。


「ふっ、そこまでできる男が、ただの親友キャラで収まるわけないだろう。その情報収集能力には、ちゃんとした秘密がある」


「秘密?」


「三井小太郎は服部半蔵の末裔である、忍びだからだ」


 アニメではついぞ語られることがなかった、三井小太郎に与えられた設定。それが今ここで明らかとなった。


 裏の顔をネタバレされた小太郎は、目を剥き口元を呆けさせ、喉が潰れたかのように絶句していた。


「この学園は知っての通り、セレスティア側に大きくパワーバランスが傾いている。それを危惧した日本政府が情報戦だけでも有利に立たんと、幾多もの忍びを雇い、諜報員として学園に送り込んでいるんだ。


 オド頼りにした忍びの魔法は、忍術として代々受け継がれてきた。特に自己強化系魔法は、大きくマナに依存しないからな。セレスティアとはまた別な方向に、その文化は発展している。


 三井小太郎はその中でも、里最強の忍びだ。特殊な歩行で目を盗み、相手の後ろを取る飛燕。自らに重ねた幻影による、回避のタイミングをずらす玉響たまゆら。光の屈折を利用して、姿を消す陽炎。この三つを主に扱い、相手を翻弄する。種がわかれば大したことのないように思える術でも、戦闘の中で扱われると厄介でな。種がわからない状態で戦えばまさに負けなし。あらゆる暗器の扱いに精通しており、学園最強キャラの一角だ。その中でも小太郎自らが編み出した秘奥義、絶技・天倫――」


「おぉおおおおおおおお!」


 いつの間に渡辺の後ろどっていたのか。我に返った小太郎は、自らの秘密をボロボロボロボロ漏らす早口を塞いでいた。委員長もその瞬間移動に近い動きに、呆気に取られている。


「どこで……そんなことを……」


 口元を塞がれながら、もごもごと言う渡辺。おそらく、『俺に知らんことはないと言っただろ』という旨を口にしたのだ。


 血の気が引いて顔が真っ青な小太郎。そんな様を見て委員長は、


「え……忍者って本当にいたの……? そもそも三井って本当に……え、え……?」


 衝撃的な事実に狼狽えている。


 蒼一の記録を持っても、現代の忍者は架空の存在。そんなのが本当にいて、実は友人が国から送り込まれた諜報員だなんて知ったのだ。その驚きは一朝一夕で収まるものではないだろう。


「ちなみに、女好きの遊び人は、諜報員として被っている仮面にすぎない。その実は幼馴染一筋で、同僚でもある――」


「お願いだからこれ以上は止めてくれ!」


 緩んだ手から再びネタバレが再開され、力を込めて懇願する。


「幼馴染一筋だったのね……貴方のことを見直したわ、ごめんなさい」


「あの三井が誰かを一筋に思ってたなんて……誤解してたわ、ごめんなさい」


 鈴木と委員長は先程の前言の撤回し、小太郎に謝罪を述べた。


 誤解されるように今日まで演じてきたのだ。小太郎はいたたまれない気持ちに襲われながら、渋面を浮かべていた。


 そこで、ケータイの着信音が鳴り響いた。昔流行った曲として聞いたことがある曲だ。ただしその音はとても安っぽく、俺たちが一様に、初期の着信音から変えぬ理由でもあった。


 どうやら小太郎のポケットから鳴り響いている。


 片手で渡辺の口を抑えながら、二つ折りのガラケーを側面のボタンを押してパカっと開いた。


「……えっ」


 耳に当て、十秒後。力が抜けた小太郎の手からはガラケーが落下した。


 不穏な空気を感じ取る一同。


 注目が集まる中、両手をだらんとした小太郎はただ一言、


「……クビ?」


 がっくりと項垂れながら、そんなことを口にした。


 情報収集から処理までのスピード感は、流石国家機関に雇われた忍者といったところだ。


「そう落ち込むな。貴様ほどの逸材なら、いつでもリーゼンフェルト家は歓迎する」


「そんなことできるわけないだろ! あぁあああああああ!」


 小太郎は発狂したように頭を掻きむしり、その場にくずおれた。


 興が乗った語りたがりの早口は、一人の人生を瞬く間に壊してしまったのだ。誰もその背中に声をかけてやることもできず、時間だけが過ぎていったのだった。

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