24 報復措置

 昼休みの食堂に、二つの打音が鳴り響いた。


 公衆の面前で、いきなり壁に追い込まれた鈴木と田中。顎をクイっとされて、鈴木と田中が、相手の頬を思いっきり引っ叩いたのだ。語弊がある。先に身体が動いた鈴木と比べて、田中は手遅れだった。


 引っ叩いた後に、一体何事かと混乱する鈴木に対して、しっかり唇を奪われた田中。エトムントに馬乗りになって、刀の鞘で殴打し続けている。その様はさながら、渡辺に勧められたマンガで見た、首を置いてけと欲する妖怪のようだった。


 両ストーカー組織は、嬉々として裏切り者を捕縛し連行した。話が違うではないかという顔の二人に、中指を立てながら見送った。


「惜しかったな、鈴木。後、おめでとう田中」


 席についたのを見計らい、鈴木には労いの、そして田中には祝いの拍手を送った。


 それだけで先程のハプニングの仕掛け人が、誰であるかわかったようだ。


「佐藤! さっきのは、あんたの仕業ね!?」


「佐藤、殺す」


 訴えかけてくる二人に、ついに堪えきれず抱腹した。


「あれは、おまえたちの親衛隊やらファンクラブの類の存在だからな。なんでそんなもののために、俺が被害を被らなきゃならん。そっちの荷物はそっちで片付けるよう誘導してなにが悪い」


 ふん、と鼻で笑う。


「これで信者共は内ゲバを起こして、俺に構っている暇はなくなる。そしておまえたちへの復讐も兼ねられた。まさに一石二鳥だな」


「突発的なトラブルをさばぐあの手腕。流石佐藤、と言ったところだな」


 思い出し笑いか、渡辺は鼻の奥で音を鳴らす。


「渡辺もなんで教えてくれなかったのよ! 危うく変な男に唇を奪われるところだったじゃない!?」


「わたしなんてあれがファーストキスになった……うえっ」


「すまん、こっちも過呼吸で死にかけていたんだ」


 アヒムと全く同じやり取りを行われた後、渡辺は倒れてしまったのだ。


 渡辺も復讐の対象でこそあるが、友人であることには変わりない。あそこで見捨てるほど俺も鬼ではなかった。


 医務室に運んだ後、保健医に絶対昼休みまで休ませるよう、厳重にお願いしたのだ。鈴木たちのあのやり取りを伝えられたら、作戦が台無しである。


 ニヤニヤしながら、顎クイされた二人をしげしげと見る。


「いやー、まさか田中に男女のファーストキスを先に越されるとはな。負けたよ」


「くたばれカス」


 中指を立てる田中を無視して、鈴木に目を向けた。


「その点、鈴木は本当に惜しかったな。実に残念だ」


「なにが惜しかったよ! 危うく取り返しのつかないことになるところだったじゃない!」


「大げさだな。鈴木くらいになると、キスの一つや二つ、大したことないだろう。数え切れないその経験に、また一つ、男の唇が増えるだけだ」


 黙っていても相手が寄ってくる鈴木に、最近はキスの数でマウントを取られてきた。性交渉にまで辿り着いていないようだが、とにかく得意げだ。


 未だに男女の経験に至らないのは、根っこのところでヘタレだからであろう。おそらくキスも、全て向こうからに違いない。


 目を剥き歯を食いしばる鈴木の様は、今にも人を殺さん面持ちである。良い顔だ。今はその顔が見たかった。


「いいかカス共。いつまでも俺がやられたままだと思うなよ。そちらが一切の手段を選ばんというのなら、その報復は相応のものになると知れ」


「佐藤もついに本気を出してきたか」


 渡辺はがそう言うと、


「でも今回の佐藤のやり口は酷すぎだわ。やって良いことと悪いことの分別くらいつけるべきよ」


「乙女の唇が奪われた。性に関わる報復は許していけない」


 鈴木と田中は食って掛かるように身を乗り出した。


 分別をつけた末、俺の恋を邪魔するのを良しとしているその姿は、まさにカスの擬人化である。


「そもそも初めに引き金を引いてきたのは鈴木からだ。白旗を上げ許しを請うのは、おまえからが筋だろう? 俺は絶対に報復措置の手は緩めん」


「うっ……」


 鈴木はバツの悪そうに顔を逸した。


 当然だ。戦争が勃発した理由は、俺に先を越されるのが気に入らないから始まっている。それで田中と渡辺を味方につけていることも発覚し、血で血を洗う戦争に発展したのだ。


「田中も渡辺も、いい加減付く相手を考えたほうがいいぞ。確かにかつての鈴木は、スクールカースト最上位の人気者で売れっ子の天下人だ。最底辺のおまえたちが、その庇護下でどれだけの恩恵を受けていたかも知っている。


 だが、この世界ではもう鈴木の庇護など必要ない。鈴木の尖兵に甘んじることはないんだ! ……なら、どちらに付くべきか、よくわかっているな?」


 しげしげと二人に目線を送る。


「雅ちゃんの件は絶対に許さない。鈴木」


「仇こそないが恩の差で鈴木だな」


 迷うなく二人は鈴木の名を口にした。


「人望の差が出たわね、佐藤」


 見よかしに人望のなさを鈴木は嘲笑う。


 鈴木はその辺り、いつだって人望を集めている。見返りを求めず惜しみなくその恩恵を振りまいていた。かくいう俺もその恩恵を受けていたのだから、二人がこちらに付かないのは穏当な帰結であった。


 いいだろう。ならば報復措置はこれからも続行である。

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