2 月白邸、かくして膜は開いた
13 弓野優樹菜
黒板の上に掲げられている、丸時計。
彩りがない白黒の盤面に遊びはない。神経が衰弱していなければ、そこに面白みを見つけるのは難しい。
一秒ごとに刻まれていく秒針。
カチリ、カチリ、カチリ。
講師の声など既に届いておらず、聞こえるはずのない音だけが耳朶を打ち続けていた。
かれこれ五分、この瞳は長針と秒針だけを映し続けている。針の動きに大作映画を見出したかのような面持ちで、集中力の全てを注いでいた。
長針の動きも、ついに追うのを止める。
カチリ、カチリ、カチリ。
長針を見放してから、既に五十秒。
秒針が、天へ至らんとするその前に、俺は席を立ち駆け出した。
教室の窓側、その一番後ろ。
出入り口までの動線は一直線。辿り着くのに二秒とかからず。
勢いよく扉を開いた瞬間、授業を終える終鈴であり、昼休みを告げる本鈴が鳴り響く。
「クソっ!」
眼前に広がるは、その名に相応しい色の髪の持ち主。
口角を少しだけあげるその様は、彼女なりに精一杯の好意を表現しているかのようだ。小さな両手を振って、俺を待っていたとばかりに出迎えてくれた。
後ろの出口の一つが塞がれた。
ならば講師の帰り道でもある、前方の出口か。とその先に振り返る。
終鈴が鳴り始めたばかり。講師は未だ教壇に立っているにも関わらず、先の出口は既に開いていた。
月の光をその髪に溜め込んだ、可憐かつ凛々しい持つ少女が、そこに佇んでいたのだ。
器用にも頬を赤く染め、片手をひらひらと振っている。その満面は、恋する乙女の親愛なる情を描ききっていた。
教室の出口は既に塞がれた。
暴力による強行突破は難しい。
一日で三十人以上の性犯罪者を輩出した学園とはいえ、蒼き叡智を手にした煌宮蒼一であっても、社会的に無事では済まない。
出口は防がれた。だが、退路ならまだ残っている。
そう、窓だ。
四階から飛び降りようものなら、本来であれば無事では済まない。だが、この世界には魔法があり、そして蒼き叡智がある。
蒼の魔導書を振り向きざまに顕現化させ、肉体強化をかけようとした。ところで開け放たれた窓から丁度姿を現した、亜麻色髪の好青年の姿が目に入る。
メガネをクイっとしながら、さながら親友に向けるような、爽やかな微笑みを浮かべていた。
「お腹が空いた」
桃色髪の少女が、華奢な躯体をこの右腕に絡める。
「さあお昼に行きましょうか」
魔導書を手にした腕を、金髪の少女がその胸に埋めるように抱きしめる。
「食事は大勢のほうが楽しいぞ」
しつこくメガネをクイっとしている亜麻色髪の少年が、この肩にその手を置いた。力強く、絶対に逃さないとばかりに。
「嫌だ……俺は行くんだ」
拘束から脱せんと、必死に身をよじらせる。抵抗と同時にますます束縛の力は強くなるばかりだ。
俺は、ここから行かねばならない。
煌宮蒼一には幼き頃に仲の良かった、一つ年下の幼馴染がいる。
かつて兄のように慕っていたはずの蒼一を、今や忌々しいとばかりに毛嫌いしている。この学園では優秀であるからこそ、落ちこぼれと揶揄されている蒼一を嫌ってるのだ。
と、そう思っていた蒼一だったが、実は違った。
大好きな蒼一の誠実さと懸命さはわかっているし、努力で覆せないことはこの世にはあることも理解していた。それでも学園での蒼一を見るのが辛かったのだ。どうしようもない感情がごちゃまぜとなり、つい蒼一に辛く当たってしまった。蒼き叡智を手にし、報われたのは嬉しいが、今更どんな顔をして合わせたらいいかわからない。
それが追加ヒロイン、弓野優樹菜のあらすじだ。
屋上に訪れる優樹菜と、フラグを立てなければこれからも避けられ続ける。今日を逃せば、優樹菜ルートには入れないのだ。
「優樹菜のもとへ……俺は行くんだ……ッ!」
たった一週間で、本番まで持っていけるヒロイン。
必ず俺は、現実ではありえない美少女で本懐を遂げるのだ。
「「「絶対に、行かせない」」」
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