12 カスどもがいる限り、俺がヒロインと結ばれるのは難しい。
「一つ、いいかしら?」
ふいに、鈴木がその手を上げた。
「カノンの問題が解決された今、世界がどうこうなるって心配は、もうないのでしょう?」
「どのルートであれ、カノンが全てのトリガーになっているからな。俺がカノンとなった今、その心配はあるまい」
「なら、私たちはこのキャラとして、平和に生きていくだけでいいのよね」
「うむ。追加ヒロインのシナリオにも色々と起こるが、世界の危機、というほどの事件はない。楽しいだけの魔法学園ものとして、満喫していいはずだ」
「だったら早々に、私たちの呼び名を改めましょう。この姿で鈴木と呼ばれるのは、流石に不自然よ」
鈴木は最もな提案を述べた。
「全員、原作準拠でどうかしら?」
「構わない。でも、佐藤たちは名前が変わらない」
「そういう意味では実に馴染むな」
田中の指摘に、渡辺は頷く。
「ま、字が違えど、同じソウイチだしな」
俺の本名は佐藤総一。煌宮蒼一とは同じく、生まれたときから同じ音の名前を呼ばれてきた。渡辺が言うように馴染むし、違和感がまるでない。名字で呼ばれていたのが、ただ下の名前で呼ばれるだけだ。
「だが却下だ」
「はぁ?」
「前期とはいえ、クリスは俺の嫁だ。よりにもよって鈴木をクリスと呼ぶのはヘドが出る。クリスの生ける屍は、これからも鈴木で十分だ」
今にも食って掛かってきそうな勢いの鈴木を、感情論一つで黙らせる。憎々しげに頬を引きつらせた鈴木を横目に、渡辺へと顔を向けた。
「渡辺、第三とはいえサクラはおまえの嫁だろ。ゴミみたいなネカマを、果たしてサクラと呼んでいいのか?」
「鈴木、今回ばかりは佐藤が正しい。こんな性根の腐ったネカマを、サクラと呼び青春を穢すような真似はできん」
「くたばれカス共」
両中指を立てる田中。
例えこれまで通りの呼び名で周りにどう思われようと、周りは毛が生え揃ったばかりの子供ばかりだ。そんな奴らの奇異な目など気にはならん。
「なにを言っても無駄なのは、よくわかったわ。いいわよ、これまで通りで」
俺と渡辺がてこでも動かないのがわかり、渋々納得しながら鈴木は息をつく。その様は思い通りにならないことに、ふてくされているようだ。
「ところで佐藤、ソフィアの件が確認できるまでどうするんだ? 大人しく年相応の青春を謳歌するとも思えんが」
渡辺は俺のこれからを問いかけた。
「前にどんな異世界転生をしたいか話し合っただろ。覚えているか?」
「ああ、覚えているとも」
「つまり、そういうことだ」
それだけで俺がこれからやりたいことを飲み込んだのだろう。渡辺は「そうか」と口にすると、メガネをクイっとした。
「蒼き叡智でイキリちらしながら、ハーレムを作りたい。そう言いたいのだな」
「なにかいい案はないか?」
「そうだな……」
腕を組みながら顎を触る渡辺は考え込む。鈴木がなにか言いたげな顔をしているが、気づかないふりをして無視を決め込む。
十秒ほど経ったか。顎を触れていたほうの手で、人指し指を立てた。
「この世界がコンシューマ版やファンディスクなど、全てを内包した世界なら、直近でフラグを立てられるヒロインが三人いる。一人は高等部三年、エレオノーラ・バーデン。明日の朝、校舎裏で男たちに乱暴されそうになっている。そこを助ければフラグが立つ」
雑な展開だな、という言葉をなんとか飲み込んだ。
渡辺は二本目の指を立てる。
「二人目は高等部二年、水瀬凪。明日の昼、この屋上で男たちに襲われているから助ければフラグは立つ」
エロ本でよく見る、実に雑な展開だ。
渡辺は三本目の指を立てる。
「最後に中等部三年、遠藤彩音。明日の五時間目の休み時間、体育倉庫で剥かれているから、そこを助ければフラグが立つ」
「この学園、無法地帯すぎるだろ。どこの世紀末だ」
フラグの立てる展開がどれも雑すぎる。とりあえず男に襲わせておけばいいという雑さが、ヤバイ学園に仕立て上げてしまった。シナリオライターはなぜもっとベストを尽くさなかったのか。
横目で鈴木たちを見ると、そんな学園に自分たちは通っているのかと絶句していた。
「ちなみにこの三人は、意外な共通点で結ばれていることが後にわかる。全員のフラグを立てながら上手く攻略すると、そのままハーレムルートへ突入するんだ。蒼き叡智でイキっていれば無双できる、まさに貴様向けのシナリオだな」
しかし雑で一向に構わない。
俺は痛い思いも、苦しい思いも、辛い思いもしない、安易で楽なインスタントにハーレムを築ける世界が良いのだ。
渡辺が提示してくれた可能性は、まさに俺のためにあるようなもの。与えられた力でイキりちらして無双する。見ている分には好みがわかれるだろうが、行動する側としたら誰だってこの道を選ぶだろう。
「やることは決まったな」
まずはシュレディンガーの膜が明らかになるまで、
「その三ヒロインのフラグを立ててハーレムルートに突入する」
◆
ハーレムルートへ入るため、明日すべき行動を、渡辺より分単位での綿密なレクチャーを受けた。ハーレムルートとは関係ない横道に何度も逸れ、その早口に辟易したが、そこはぐっとこらえた。
男なら一度は憧れるハーレム。それも皆、現実ではそうそうお近づきになれないであろう美少女である。
早口を聞くことで満足させることができるなら、ここは我慢のときだと黙って耐えた。
二時間の内、ハーレムルートに必要な内容は、実に十分。よく耐えた、俺。
翌朝、満を持して俺は校舎裏へと向かった。
そこでは今、エレオノーラという一人の美少女が襲われている。その光景に期待を胸に膨らませ、曲がった角の先にこの身を乗り出した。
「なっ……!」
これから描こうとしていた光景が、既に作品として完成されていた。
十人ほどの男たちが地面に横たわっている。日向ぼっこしているわけではなく、意識を失っているのだ。
横たわるそんな男たちの中心にいるのは二人の少女。
エレオノーラと思われるヒロインは、その顔を看板ヒロインの胸にうずめていた。
その背を優しく抱き頭を撫でている鈴木は、こちらに気づくとしたり顔で笑っていた。
◆
昼休み、凪の攻略のため屋上の扉を開くと、男たちが横たわっていた。
朝見たような光景の中心にいるのはやはり二人の少女。
凪と思われるヒロインの顔は、その胸にうずめられていてわからない。
その背中を抱き慰めている田中はこちらに気づくと、口角と共に中指を上げた。
◆
五時間目の休み時間、体育倉庫に向かうと、朝と昼に見た光景が広がっていた。
彩音を抱き慰めている渡辺は、こちらに気づくとメガネをクイっとしながら光らせた。
◆
放課後。
「どういうことだカス共!」
横薙ぎに屋上の扉を叩きながら、カス共相手に叫声を張り上げた。
一日に三十人以上の暴漢を、三度に分け輩出する超過密スケジュール。
学園は現在、その対応に追われてんてこ舞いであろう。屋上から校門を見下ろすと、きっと報道陣で埋め尽くされている光景が広がっているに違いない。
「なぜ、俺のハーレムを邪魔をする!」
今度は性犯罪だけではなく、殺人事件でそんな報道陣たちを喜ばしてしまいそうだ。それほどの怒りと憎しみが今、この胸中に渦巻いている。
カス共はそんな俺の姿に、満足そうにしながら愉悦に浸っている。
「どうもこうもないわ。私の首筋に、素晴らしい跡を残してくれたのを忘れたの?」
鈴木は首筋を指でトントンと叩いた。
「都合のいいハーレムなんて、絶対に許さないわ」
合コンを阻止するためにやった所業について指しているのだろう。
「雅ちゃんの件、その恨みをわたしは忘れてない」
抑揚のないはずの声に、怒りをの色を乗せる田中。
雅ちゃんとは以前、田中といい感じの仲になった美人である。危うく付き合う寸前だったところを、破局へもっていったのだ。人生最後のチャンス。潰されたその恨み、未だ忘れてないようだ。
「にわかには、夢を見させるだけで十分だ」
こいつに至っては逆恨みでもなんでもない。にわかだからという、実にカスみたいな理由で希望を与えるだけ与えて叩き落としてきたようだ。
鈴木、田中、渡辺。こいつらはいつだって、俺の恋路の邪魔ばかりをしてきたカス共だ。
「佐藤には、今までもこれからも、
田中は中指を立てて向けてくる。
「佐藤、貴様のようなにわかに、蒼グリのヒロインは絶対に渡さん」
渡辺はメガネをクイっとした。
「ゲームの世界に来たのだから、可愛いヒロインと結ばれる? ふふっ、そんな幸せ、貴方には似合わないわよ」
鈴木はあざ笑いながら腕を組む。
この世界で主人公属性を発揮して、可愛いヒロインといちゃこらできると浮かれていたが、とんでもない間違いだった。
世界を越えて、都合のいい身体を手に入れて、都合のいい地位を手にした今でも、こいつらカス共のやることは変わらない。
嫁キャラたちに転生した
「佐藤。貴方の本懐、絶対に遂げさせないわ」
そう思い知ったのだ。
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