11 中古の真実
「ヒロイン三人の内、二人もこの様か……だからといって、佐藤のことだ。ソフィアに手を出すのを躊躇しているのではないか?」
「よくわかったわね、渡辺」
「佐藤は処女厨だからな。折角二次元の世界へと辿り着いたんだ。どうせ初めての相手に中古はちょっと、とかほざいていたのだろう?」
「見抜かれているわね」
そんな半笑いの鈴木の横で、サクラは挙手する。
「アニメは途中まで見たけど、ソフィアは蒼一一筋に見えた。なぜ、そんな設定なの?」
「ソフィアには重い過去があるんだ」
いつもなら嬉々として語りたがる渡辺にしては珍しく、語気が沈んでいた。そして更には早口ではなく、重苦しそうにソフィアのキャラ設定を語り始めた。
ソフィア・プラネルト。
セレスティアでも有数な貴族の遠縁であるソフィアは、姓をそのままに幼き頃、主筋に引き取られ教育を受けてきた。
その主筋こそが、リーゼンフェルト家。
黒の賢者の末裔。黒き黎明を手にすることを悲願とする血族だ。
ソフィアは黒き黎明を手にするかもしれない才を秘めていた。目をかけられたソフィアは、家の誇りとして、リーゼンフェルト家へと送り出された。わけではない。多額の金銭で売られたのだ。
黒き黎明を宿す、黒の器。
リーゼンフェルト家は、定期的に血縁から才ある子を募る。黒の器を生み出す試験体として、あらゆる改良を施すのだ。そこに人道などない。ソフィアは味方のいない辛くて苦しいだけの日々を送ってきた。
そんな試験体に選ばれたソフィアだが、その使命からは既に解放されている。
カノン・リーゼンフェルトという、完成された黒の器に一族の悲願が宿ったのである。
つまるところ、ソフィアは用済みなのだ。
試験体とはいえ、仮にも黒の器のなり損ないにまで至った少女。学園でも十指に入る彼女の才能は、そのまま捨て置くには惜しい。なにより、一族の悲願は叶ったのだ。罪なきその身に恩赦が与えられたソフィアは、消えない
そんなソフィアにとって、蒼一は思い出に残された唯一の彩り。再会してからの蒼一は日常の象徴となり、心の支えであり、そして未来への希望だったのだ。
以上がアニメ版では語られなかった、ソフィアの設定らしい。
ただの作品として語るならともかく、いまこの世界にはソフィアは生きている。そんな辛い日々を送ってきたソフィアを思うと、渡辺の口が重くなるのも仕方あるまい。
そしてソフィアがなぜ、中古であるのか。原作がエロゲであることを考えると、すぐに思い至った。
「なら、ソフィアの非処女設定は……」
「試験体として男と、というやつだ。エロゲ、エロ同人あるあるだな」
それを聞いた鈴木、田中は一斉にこちらを向いた。
「佐藤……そんな可哀想な娘をキープ扱いしたの?」
「やっぱり佐藤はカス。もう一度死ぬべき」
「待て待て待て待て。俺も初めて知ったんだ、そんな設定!」
一斉に浴びせられる非難に、自らを弁護した。
この一週間、ソフィアといちゃこらしていた俺が一番驚いた。あの健気で可愛いソフィアの裏には、そんな壮絶な過去があったとは。
「コンシューマ版だと、R15になったとはいえ、あまりにも設定が生々しいんでな。道具だけで失っている、と婉曲な表現で設定が変わっている」
「つまり、膜はないが経験もない、というわけか」
「そしてアニメ版だと性に関わる設定が、完全にないものとなった」
「な……に……?」
何気なく放たれた渡辺の言葉。それは脳を揺さぶるような衝撃を持って、この身を襲った。
「円盤特典の設定集で、ソフィアの裏設定がそう書き換わっていたんだ。アニメの作中では語られることのない過去とはいえ、仮にも地上波で放映されるアニメだからな。社会的影響を考慮しての配慮だろう」
キープのつもりのソフィアだったが、後出しで意外な可能性が生まれてきた。
「つまりこの世界のソフィアの新品中古問題は、挿れてみるまでわからない。シュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの膜というわけか」
「急にパワーワードを吐き出すな」
ヒロイン三人中、二人も死したこの世界。
最後に残ったソフィアは無事とはいえ、身体のほうが無事ではなかったという二律背反。そこに実は無事だったという可能性が生まれ、俺の胸の中に新たな希望が宿った。
ソフィアがアニメ版仕様というならば、ルートへ入る迷いなどない。
つまるところ、
「新品か確認できるまで、ソフィアはやはりキープだな」
「最ッ低ねこのカスは」
「狂おしいほどのカス」
「ヘドが出るカスだな」
三人一様に、カスカスカスカス罵声を飛ばしてくる。
俺はこの三人に散々恋路を邪魔されてきたのだ。むしろ罵りたいのはこちらのほうだ。
ソフィアがアニメ版仕様なら、今度こそはしくじることはないだろう。既に好感度マックス。ルートに入ると決めたなら、今更カス共に邪魔される余地はない。
余裕の笑みすら浮かべる俺に、皆は処置なしだと呆れ顔だ。
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