07 中古はキープ

「田中は楽しそうでなによりだわ。……でも、大事なのはこの先。ここはゲームの世界。私はこの作品には全然だけど、貴方たちはどこまでこの先をわかっているの?」


「アニメは途中で切った。一番印象に残ってるのは、渡辺がうるさかったこと」


 田中は作品に一々ケチをつけ、よく渡辺に切れられていた。


 鈴木と田中がこちらを見る。仮にもアニメを完走したんだから、この先がどうなるのかわかっているだろうと。


 だからといって、渡辺のようになにもかも知っていると思われても困る。


「基本渡辺の受け売りだが、蒼グリにはメインキャラと呼べるヒロインが三人いる。選んだヒロインを主軸にして、先の展開は変わっていく。まず看板ヒロインである、クリスティアーネ・リリエンタール」


「今の私ね」


「二人目は、サクラ・ローゼンハイム」


「今のわたし」


 行儀よく手を挙げる鈴木と対照に、田中は口に物を含んだまま、行儀悪く申告した。


「そして最後に、ソフィア・プラネルト。鈴木も今朝見ただろう? 俺の隣りにいたあの銀髪の子だ」


「随分と仲良くやっていたようね」


 モブ女たちがソフィアとイチャコラしていたのを報告したのか。俺が美少女とイチャつくのは気に障る、そんな顔をしている。


「ソフィアは確か、最初から主人公に好意を寄せている」


 途中で切ったとはいえ、田中はその辺りをちゃんと覚えているようだ。


「あれはもう愛情だ。頭や頬を撫でたり、手を握ったりと散々してきたが、喜んで受け入れてくれた。その気になれば、今日にでも最後まで持っていけるな」


「他人に向けられた好意を利用して、性的搾取を行うなんてカスね」


 心底見下げた渋面を鈴木は向けてくる。


「童貞が調子に乗ってる」


「黙れカスが。おまえも一緒だろ」


「わたしはもう、女を知っている。女を知らない童貞と一緒にしないでほしい」


 田中は中指を立てながら、口角をちょこんと上げたドヤ顔をする。


「でも意外。そんな相手がいながら、佐藤が未だ手を出していないなんて」


 不思議そうな田中。


「折角こんな世界にやってきたんだ。初めての相手はこだわりたいだろ?」


「こだわり?」


「佐藤は、この私がお気に入りだものね」


 両手を胸元に当てながら、鈴木はさも誇るかのように嘲笑を浮かべた。


「ああ、鈴木のキャラは、佐藤の嫁だった」


「その頭を地面に付けなさい佐藤。そしてこう口にするの。『ああ、クリス様、貴方に永遠の忠誠を捧げます。だからどうか、この私めにお慈悲を』とね。そしたら足くらいは、舐めさせて上げるわ」


 俺の弱点を握ったかとばかりに、鈴木は勝ち誇ったかのようなドヤ顔である。


 やはり先日の件を根に持っているようだ。


 鈴木ほどの器量だ。一流モデルが集まる合コンであろうと、相手は選び放題であろう。


 しかし、鈴木に良縁など似合わない。鈴木の首周りに吸引性皮下出血を量産した。いわゆる、キスマークというやつである。かつての意趣返しとして控えさせてきた道具が、ついに日の目を浴びたのだ。


 朝起きたらその様だ。そんな身体で合コンへいけるわけもなく、鈴木は断念。その姿を嘲笑いながら『合コンに行けなかった可哀想な鈴木を慰める会』を開いたのがあの日の出来事である。


「確かにクリスは前期の嫁。理由の七割は外見だ」


「なら、なおさら早く忠誠を捧げなさい。貴方が大好きなクリスの、まずは、椅子になることから始めましょうか」


「造形がいくら美しかろうと、キャラは魂あってこそだ。その輝きは既に醜悪な魂が込められたことで失っている。クリスは死んだ。もういない。ここにあるのはクリスの皮を被った、ただの生ける屍だ。わかったなら、とっとと土に帰りやがれ」


「くっ!」


 勝ち誇っていた鈴木の顔が敗北で歪んだ。


 前期の嫁の身体を操り、合コンを潰された仕返しをしようとしたようだが甘い。


 渡辺なら嫁キャラの身体の前にひれ伏せただろうが、俺はオタはオタでもにわかである。ワンクールごとに嫁を変えるフットワークの軽さは、鈴木にひれ伏すという屈辱には耐えられない。


「ヒロインの三人の内、二人が脱落。……なら、目的はわたし?」


「ネカマとわかっていて手を出すバカがどこにいる」


「大丈夫、私のキャラには女が宿る。身を任せて。必ず佐藤を満足させるから」


 俺の片手を取ると、田中はそれを柔らかな胸に当て両手で包み込む。


 満面に彩られたのは、決して眩しいものではない。能面のような目尻や口角に、筆先でちょんと線を引いただけ。そんな小さな小さな変化だけれども、胸の中にある喜びを、精一杯表に出したかのような微笑みだ。


 無表情キャラ、サクラ。もしかしたらルートに入ったその先で、彼女はこんな一面を見せるのかもしれない。


 あのセクハラ顔がチラつきムカついたので、空いた片手で田中をビンタした。


「この野郎! 女に手を出すとはどういう了見だ!」


 表情筋を存分に活用したその怒り。おそらく同人誌でも描かれないだろう様で、その両手は俺の胸ぐらを掴んでいる。こちらもまた田中の胸ぐらを掴み返しながら、互いに睨み合い、一触即発状態となった。


「落ち着きなさい、田中」


「ッチ、命拾いしたな」


 鈴木の静止に従いながらも、ツバを吐き捨てる田中。


「それで佐藤は、なんでソフィアに手を出さないの?」


 表情に乏しい能面で、すぐに抑制のない音を吐き出していた。この器用さは、俺たちと合流するまで散々訓練したに違いない。なぜか。ネカマとしての魂がそうさせたのだ。


「気になる話ではあるわね。あんな可愛らしい娘、現実じゃそうはいないわよ」


「そしてあの巨乳。手を出さない理由がない。アニメは途中で切った。先は知らないけど、他にソフィア以上のキャラがいたの?」


 鈴木と田中の素朴な疑問。


 クリスやサクラに手を出さないのは、あくまで中身の問題だ。ソフィアにその心配はない。


「いいや、いない。クリスやサクラが死んだ今、間違いなくソフィアがナンバーワンだ」


 ソフィアは完璧だ。二次元くらいでしか、こんな素晴らしい女の子はいないだろう。


「ただしソフィアは中古。これが切実な問題だ」


 ソフィアの膜は既に開封済みなのだ。


 ヒロインが新品であるか中古であるか。これは二次元業界で作品の売上を左右する、とても大きな問題だ。ファーストキスどころではない。清い交際であれ、過去に彼氏がいたという設定を後出しにすると、信者は一気にアンチへと早変わりし、作品炎上にまで発展する。


 ソフィアは清らかで、誠実で、蒼一を思うヒロインであるが、実は中古だった。初代人気投票は三大ヒロインでありながら片手に入れず。以後、ファンディスクで既存キャラが掘り下げられたり、ヒロイン格上げや追加が起こる度、数字はどんどん下落していったようだ。全て渡辺の受け売りだ。


「開封された経緯は知らんが……とりあえず、ソフィアはキープの方向で行こうと思う」


「最低のカスね」


「佐藤はカス」


 見下げ果てた二人の視線がこの身に突き刺さる。


 蒼グリの原作は手を出したものの、嫁にエロシーンがあるからと始めてみただけ。が、パソコンの前にドンと構えて、何時間もクリックするだけのノベルゲーは端から肌に合わない。正直、だるい。クリア済みのセーブデータから、クリスのエロシーンだけを見て満足して終わったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る