05 しょうがないにゃあ

 昼休み。俺と鈴木はまた、屋上で落ち合っていた。 


 落ち合って早々、キョロキョロと周囲を見渡している。朝に上がってきたばかりなのに、なにがそんなに珍しいのか。興味深そうにしている。


「佐藤、一つ疑問があるのだけれど」


「なんだ?」


「なぜこの屋上は、生徒が誰もいないの?」


 屋上が珍しかったのではなく、誰もいない様に訝しんでいるのだ。


「広々としていて、眺めもいい。絶好のランチスポットじゃない。施錠されているならともかく、生徒たちに解放されているのでしょう? 賑わっていてしかるべきだと思うのだけど」


 鈴木の分析は実に的確である。ランチだけではなく、生徒の憩いの場としてとても相応しい。


「それに、この柵も低すぎるわ。胸元までしかないじゃない。生徒が出入りできる屋上の安全管理が、こんな杜撰なんて絶対におかしいでしょう」


 自由に出入りできる場所だからこそ、柵は高くあるべき。簡単に乗り越えられないよう、柵を高くし返しもあってしかるべきだ。


 鈴木が掲げる疑問は、誰もが思わざるえないものであり、俺はその疑問についての答えは得ている。


「俺もアニメを見て、渡辺にそれを指摘したことがある」


「そしたらなんて?」


「胸ぐらを掴まれ押し倒された」


 今にも人を殺さん勢いで、


「貴様はただ、蒼グリの素晴らしき世界観を、黙って受け入れればいいんだ」


 とのレクチャーを渡辺より受けた。


「学園ものにとって、屋上とは特別な場所。主人公たちにとって都合のいい展開を繰り広げるための、舞台装置の一つだ」


「話の都合で、主人公たちしか立ち入らないわけ?」


「木っ端のモブに人権など必要ないからな。まともな作品なら、その辺りの整合性は取っているだろうが」


「蒼グリはその辺り、ガバガバなのね」


「渡辺がいなくてよかったな。奴の前なら死んでいたぞ」


 事実田中は、クリティカルヒットした腹パンで死にかけていた。鈴木もまた、それが冗談ではないのがわかっている目だ。


 そんなやり取りをしていると、扉が開く音が届いた。


「あれは……サクラ・ローゼンハイム?」


 アニメを一話切りした鈴木が、屋上へ現れたその人物の名を口にした。フルネームでよく覚えているなと驚いたか、サクラは学園でも有名人である。クリスとしての知識があるなら、知っていて当然か。


「ああ。それも蒼グリのヒロインだ」


 そう補足すると、鈴木はその目を見開いた。


 蒼グリ三大柱、その最後のヒロイン、サクラ・ローゼンハイム。 


 あどけない顔だちに喜怒哀楽が宿らず、アニメでは最後まで無表情だったキャラだ。桃色の髪は豊かとも貧相ともいえない胸元にかかっている。二刀流使いなので、刀を振るうに丁度いいサイズ感だ。


「そういえば昼休みにサクラが、ボッチ飯をしていたシーンがあったな」


「なら、屋上に来てもおかしくないというわけね」


 コンビニ袋を両手に持っているサクラ。もしかしたら毎日、昼にボッチ飯をしているのかもしれない。むしろそんなサクラのために、屋上には人が来ない設定になっている可能性も否めない。


 屋上は広い。入り口から離れている俺たちに、サクラはすぐに気づかない。


 今日はどこに腰を下ろすか思案中なのだろう。ゆったりと周囲を見渡していると、その目があった。


 サクラは目を見開くことすらなく、表情を変えず俺たちを注視する。


 自分だけの聖域に、土足で踏み込まれたことに彼女はどう思っているのだろうか。次の瞬間には、ぷいっと顔を背けて、反対側へと向かってしまうかもしれない。


「こっちに来るわね」


 しかし、意外なことにサクラはこちらに向かってきた。


 歩いて十秒もかからない距離は、すぐに縮まった。


 もしかしたらこちらの方角に用事があるだけで、俺たちなど眼中にはない。わけがなかった。サクラは俺達の前に立ち止まったのだ。


 目線が頭一つ低いサクラは、上目遣いで俺たちを検分する。


 名前に相応しい、柔からな桃色の唇が開いた。


「この時点で、貴方たちがセットなのはおかしい」


 無表情で淡々とサクラは指摘する。


 サクラが言っているその意味を、俺たちはすぐに理解することはできなかった。……いや、もしかしたら鈴木はすぐに悟ったかもしれない。ただ俺が、受け入れたくなかっただけか。


 右へ、左へ、と緩慢な振り子のように首を揺らすサクラ。


「もしかして……」


 揺れが収まるなり、人差し指を自らに向け、


「わたしは田中。心当たりはある?」


 おぞましい中身を惜しむことなく口にした。


 田中とは、中学生からの付き合いだ。大学までの流れは大体鈴木と同じである。


 田中と親友扱いされるのはヘドが出て、悪趣味なカス色だ。田中は小水のそれと同じであり、黄ばんだ染みが名作になりそこねた風景画に変な味を出してしまった。


 つまるところ、田中は悪友カスだ。決して親友なんかではない。


「私は鈴木よ。で、こっちは佐藤」


「なるほど。……それで、なんで佐藤は四つん這いになってるの?」


 鈴木の答えに対して抑揚のない声が、頭上から降り注ぐ。足元から崩れ落ちてしまった、俺の体勢に対する疑問だ。


 ただでさえ前期の嫁が鈴木入りで、精神的ダメージが大きいのだ。クリスはダメとなり、そしてソフィアは現状維持中。なら、最後の三大ヒロインを攻略しよう。そう気持ちを切り替えた瞬間、サクラの田中入りが発覚したのだ。精神的ダメージの大きさは計り知れない。


「パンツでも覗こうとしているのでしょう」


「そういうこと……佐藤は溜まっているっていうやつかもしれない」


 罵ろうと顔を上げると、すらっとした白桃色の肌が目に入った。本来隠されてしかるべき、太ももの全領域が展開されている。それだけではない。乙女としての最終防衛ライン。健全な男子ならば誰もが喜ぶであろう、布の全容まで露わになっていた。


「しょうがないにゃあ……いいよ」


 両手で摘むようにして、スカートを捲っている田中の姿であった。


 幼さを未だ残したサクラとは真逆を行く、艶やかなまでの純黒の下着。Vの字で大切な場所こそ隠されているが、それ以外はまさに線である。


「また……エグいのを履いているわね。そういうキャラなの?」


 クリス入りした鈴木ですら、その紐パン姿に驚嘆している。


 田中は首を緩慢に左右に振る。


「わたしの趣味」


 つまり、この下着を履いているのは田中の意思であると。


 可愛い服を見せびらかすように、下着丸出しで一回転する田中。百八十度回転したところで露わになった谷間に下着は飲み込まれており、その尻は全て丸出しになっていた。


 満足したようにスカートを下ろす田中。サクラが元々どれくらいのスカートの長さであったかは覚えていないが、少なくとも股下十五センチということはなかったはずだ。


「そんな短いと、階段で見られるんじゃないの?」


「それが興奮する」


「うっわ……」


 躊躇なくもたらされた田中の性癖に、鈴木はつい地が出たようだ。


 田中は少しばかし口角をあげる。感情の乗ったサクラの顔を、こんな形で初めて見るハメとなった。


「あまりの興奮に、佐藤も声が出てない」


「絶句してるんだよ!」


 満足そうなドヤ顔がムカついた。


 サクラに目覚めた田中は、同時にヤバイものにまで目覚めてしまったようだ。いつだって自らの性欲に忠実だった男は、サクラという存在を一切慮ることがなく、新たな世界を堪能している。

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