04 嫁キャラの中身は悪友入り


 鈴木とは幼小中高大、その全てが同じ教室で在り続けた。示し合わせたわけでもないのに、大学では学部まで同じである。


 無駄に長い付き合いだ。じゃあ鈴木とは親友なのか、と問われるとしよう。その問いかけには満面に喜色を彩り、こう答えてやろう。


「あいつはただの悪友カスだ」


 と。


 友情というキャンバスの彩りに、カス色をメインに添えたがるほど悪趣味ではない。鈴木は誤って零してしまったコーヒーの染み。いくら鮮やかな色を上から塗ろうが、その染みは自己主張を激しくし、本来描きたかった絵にはならないのだ。それはそれで絵画に変な味を残し、それっぽい一つの友情が出来上がっている。


 鈴木は悪友カスだ。決して親友なんかではない。


「佐藤を刺した夢から目覚めたとき、私はベッドの上でクリスティアーネに変わってしまっていたことに気づいたわ」


 カフカの変身。その導入のように、前期の嫁の皮を被った悪友はそう語った。


 一週間、待ちに待った待ち人の中身が、鈴木入りだったことを知り、大きなショックを受けた。よりにもよって、前期の嫁に入っているのが鈴木である。足元から崩れ落ちんばかりの悲哀に襲われた。


「ここは蒼グリの世界。私はメインヒロイン、クリスティアーネ・リリエンタール。そして今の佐藤は、その主人公である煌宮蒼一でいいのよね」


 どうやら鈴木は、正しくこの世界のことを認識しているようだ。これには少し驚いた。


 鈴木はマンガやアニメを嗜むが、熱心なわけではない。渡辺によって我が家に持ち込まれていたそれらを、一緒にいるときに見る程度。面白いと思ったものは素直に評価するが、肌に合わないものは率直に切り捨てるのだ。


「意外だな。つまらないって切っただろ」


 鈴木の感想は、渡辺に罵声の雨あられを浴びせられていたからよく覚えている。


 俺は途中で切らず最後まで蒼グリを視聴したが、鈴木は一話切りした。作品のタイトルは覚えていても、キャラの名前や顔を覚えているとは思わなかった。


「渡辺が信者の作品だもの。あれだけうるさければ、触れたところくらいは印象に残るわ」


 美しい眉を鈴木はひそめた。


「だったら話は簡単だな。俺はその第一話の冒頭部分。蒼き英智を手にしたとき、俺は俺として目覚めたんだ。蒼一の記録を脳内にぶちこまれたような感覚だ」


「私もクリスティアーネの記録が、知らずうちに頭に入っていた、といった感覚よ」


 俺たちは互いに、宿った対象との意思と混ざりあったわけではないようだ。あくまで記憶ではなく、記録。今日まで歩んできた蒼一たちの記録が、脳内に書き込まれた感覚だ。決して蒼一の意思や価値観に飲まれたわけではない。今の俺は煌宮蒼一の自伝を片手に、擬態しているにすぎないのだ。


「一体、いつ頃目覚めたんだ?」


「佐藤が目覚めた、二日後の夕方ね。蒼き英智をよりにもよって落ちこぼれが手にしたことで、クリスティアーネはショックを受けたみたい。話を聞いたその場で倒れ、寝込んでいたそうよ」


 アニメでもクリスはそのようなことを言っていた。


 クリスと結ばれた最終決戦前夜。


「貴方が蒼色を取り戻したと聞いたとき、その場で倒れて二日も寝込んだんだから。知っての通り、恨むくらいにね。……でも、今は色を取り戻したのが貴方で良かった。蒼一にこそ、蒼色は相応しいわ」


 キスシーンを挟んだ後、その思いの丈を素直に口にしていた。エロゲ版では、ベッドシーンを挟んだ後のピロートークで告げていたのである。


「お互いが目覚めた時間に、大きな開きがあるわけでもなさそうだな」


「そもそも問題は、なぜ私たちがこんなことになっているのか、ね。ここはアニメかゲームの世界。フルダイブ型VRの完成は、もっと未来の話だと思っていたのだけれど。拉致でもされて、テストプレイでもさせられているのかしら」


「俺は流行りの異世界転生だと思っていた」


「トラックに轢かれた心辺りでも?」


「いいや。でも、死んだかもしれない心辺りならある」


「そうなの?」


「ああ、おまえに刺された可能性だ。死んだとしたら、絶対にこれだと思っていた」


 死が異世界転生を招いたなら、もっとも有力な死因は他殺である。刺殺であれ絞殺であれ撲殺であれ、間違いなく犯人は鈴木だ。言い逃れできない動機もちゃんとこいつにはある。


「人生をかけてまで刺さないわよ。刺すのは夢で見るが精々よ。なにより、死が原因の転生なら、なんで私も死んでいるのよ」


「酔った勢いで刺して、逃げ回った末での事故や自殺とか」


「最後の記憶は貴方と同じ。その先で刺して逃げ回った記憶なんてないわ」


 真剣な面持ちで鈴木は可能性を検討している。どうやら嘘はついていないようだ。


 お互いなぜ、このような身に置かれたのか。可能性の検討は早々に行き詰まってしまった。


「こうなったら、アプローチを変えようか」


「アプローチを?」


「俺の最後の記憶は、合コンに行けなかった鈴木を皆で慰めていたところだ。これはいいな?」


「……余計な言葉は聞き流してあげるわ」


 眉間に青筋を立てながらも、鈴木は話が脱線しないよう大人の対応をした。


「そこから先の記憶がない。俺と鈴木がこの世界で揃った因果関係があるなら、そこでなにかがあったはずだ」


 鈴木はそれを認めるように黙って首肯する。


「そこでなにが起きたのか。この際置いておこう。今特筆すべきは、俺たち二人だけが特別なのか、だ」


「つまり、こう言いたいのね」


 付き合いだけは無駄に長いだけある。俺が言わんとしていることの意味、それをすぐに飲み込んだ。


「私たち二人だけに、特別ななにかが起こったわけではない。あの家でなにかが起きたから、私たちはこうしている」


「そしてあの日家にいたのは、俺たちだけじゃない」


 鈴木から視線を逸らす。


「あの家でなにかが起きたなら、あの悪友カス二人もこの世界にいるはずだ」

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