03 嫁キャラ参上
講師によってモブ女たちが追い出され後、なぜか喧嘩両成敗とばかりに、問題を起こすなと説教を食らった。
ただ気に入らない。それだけを理由に喧嘩をふっかけられたのはこちらである。
面倒事の原因になったのだから、申し訳ありませんでした、その一言を求めるかのような講師の言い分はあまりにも理不尽な話だ。
蒼き叡智を手にしたとはいえ、煌宮蒼一は地球人である。シエルの生徒たちからだけではなく、元ソルの分際だと講師たちからも見下されているのだ。
ちなみにソルとは、第二校舎に席を置く者たちへの差別用語である。第一校舎に身を置くものをシエルと尊ぶ。天と地というわけだ。
横文字のキャラや用語にドイツ語が多様されているのに、なぜかそこはフランス語。
「設定ガバってるなこのアニメ」
と口にした次の瞬間、渡辺の拳が田中の腹部を襲った。
これが通常の教育機関であれば、どうあれ教師に逆らうのはよろしくない。口答えをしようものなら、余計目をつけられ、より理不尽で陰湿となる。
後ろ盾がないのなら、素直に頭を下げるのが世の処世術というものだ。
ただしここは二次元の世界。そして今の自分は煌宮蒼一。今この学園で最も話題に溢れ、セレスティアを根っこから揺るがした、蒼き叡智を手にした人物である。
「中等部での成績は自分が一番理解してますよ? ええ、それはもう惨憺たるものだ。そんな地球人が、なぜだか蒼き叡智を手にしてしまった。第一校舎の人間は、九割九分九厘それが面白くない。それが常日頃から目の前にちらついてくるんだ。気に入らないと声を上げる奴が出てくるのはわかっていたことでしょう。それとも『あれが蒼き叡智を手にした男か……』と皆が一目置くとでも思ってたんですか?」
「そ、それは……」
「そもそも、俺だって望んで第一校舎に来たわけじゃありませんよ。今日からおまえは第一校舎だ、と言ってきたのは学園の方からじゃないですか。 煌宮蒼一を第一校舎に放り込んでおいて、なにも問題が起きないと信じていたんですか?」
「い、いや……」
「また、いや、ですか。さっきから俺の質問、なに一つ答えてくれてませんよね。そんな難しいこと聞いてますか? いい加減、いや、とか、それは、以外の答えを聞かせてくださいよ。はぁ……」
呆れたような俺の口ぶりに、講師ついに黙りこくってしまった。
ホームルームはとっくに終わり、本来であれば一時間目が始まろうとしている刻限。かれこれずっと、慇懃無礼に『おまえが言っていることはおかしいだろ』とまくし立てているのだ。
反論されるとは思わなかったのだろう。講師は顔を真赤にして憤ろうとしていたが、それはすぐに青いものとなった。俺がいるだけで問題を引き起こすと言うのなら、すぐにでも学園を辞めてもいいという旨を伝えたからだ。
今の煌宮蒼一がいなくなって困るのは、学園だけではない。セレスティアの魔導社会の問題だ。蒼き叡智はそれほどの存在であり、目の届かない所へ行かれたら大変だ。
力関係が変わったならば、教師側の言い分はバツの悪いものである。そこをネチネチネチネチしつこく突きまくって、どちらに非があるかを認めさせ、謝罪を引き出す。土下座のコンボまで持っていけるとなお素晴らしい
ようは自らの価値を存分に振りかざし、調子に乗ってイキりちらしているのだ。
いい加減にしてくれ、という教室中の空気を感じ取りながらも、調子に乗ってなおもまくし立てようとすると、注目の全てを集める音が鳴り響いた。
皆が一斉に教室の後方、その出入り口に目を向ける。察するに後方の扉が力強く開かれたようだ。
では、誰がその扉を開いたのか。
「失礼します」
凛とした声色が耳朶を打った。
次の瞬間には教師への憤りはまたたく間に鎮火し、その蒼玉の瞳に奪われていた。
月の光を溜め込んだような、美しくしなやかな黄金の髪。可憐でありながらも凛々しい美しさを、彼女は与えられていた。
「クリスティアーネ……リリエンタール、さん」
前期の嫁の名を、ソフィアは恐る恐る口にした。
この胸は高鳴った。
彼女は軽く教室内を見渡すことなく、すぐにその蒼き瞳でこちらを捉えた。
急ぎ足で迷うことなくクリスはこちらに向かってくると、次の瞬間には俺の二の腕を掴んだ。
「彼をお借りします」
その声は借りられる本人ではなく、講師にかけられたものだ。助かったとばかりに力強く何度も振られるその頭を見ることもなく、クリスは俺を力強く引っ張り、教室から連れ出したのだ。
こんなシーン、アニメでは決してなかった。知らぬ内に他のヒロインルートへ突入し、クリスの動きが変わってしまったのだろうか。
硬い面持ちを崩さずにいるクリスの考えではなく、どんなシナリオがこの先に訪れているのかと頭を悩ませながら、連れられた先は屋上だった。
開放感がある周囲を一瞥し、ゆっくりと閉まっていくその扉を確認されたところで、ようやくクリスの手からこの身は開放された。
「あの娘たちから、先程の諍いについて聞いたわ」
クリスの声を耳にするのは、これで三度目。諍いというのは当然、俺と講師のやり取りではなく、モブ女たちとの件についてだろう。
煌宮蒼一が初めてクリスに向けられる感情。それはわかっているからこそ心構えはしていたのだが、値踏みするかのような真剣なその面持ち。そこには敵意も憤りもなかった。
「それを踏まえて答えて頂戴」
あるのは純粋な問いかけである。
「貴方は本当に佐藤なの?」
「……は?」
クリスの口からでるとはおよそ思えないその問いかけに、つい間抜けな声を漏らしてしまった。
それはどういうことだ、と口にする前だった。
「人の首筋に細工をして、いけしゃあしゃあと『いやー、合コンに行けず残念だったな』とのたまっていた、あの佐藤かと聞いているのよ」
言葉にした途端、忌々しさを思い出したとばかりに、クリスの顔は歪んでいた。恨みとはこういうものだと、美しき顔で表現しきっている。
そんなクリスに圧倒され、喉の奥から変な音が出た。その恨みに思い至る節しかなかったからだ。
前期の嫁、クリスティーネ・リリエンタール。
「ま、まさか……おまえは」
煌宮蒼一のように中身が変わってしまっていることに思い至り、愕然とした。
形のいい、小ぶりの口ぶりは、醜悪なる魂につけられているその名を告げた。
「ええ、私は鈴木よ」
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