第4話 まつろわぬ者たちの祭り

(一)

 響き渡るクラクション

 奥でわっと歓声が上がった。

数十台のトラックが連なって公園に入ってきた。

ホームレスたちは、砂糖に群がる蟻のようにトラックへ向かう。

 先頭のトラックの窓から拡声器を持った長髪、髭面の男が顔を出す。

「待たせたな!食いもんも酒もたんとあるぞ!今日は祭りだ、日頃の辛さをしばし忘れて楽しめ楽しめ!」

 ジーッ、ジー、ジー、ジーッ、ジー、ジーッ

地鳴りのような人々の叫び、周囲は熱狂の渦に包まれている。

「ジー?」

 上杉は駐車するトラックから顔をそらさず答えた。

「Gさ。アルファベットのG、その意味は分からんが、みんな奴をそう呼んでいる。」

 G、ゴッド?宗教団体か何か?

「どうだろうな?そうかもしれんが、俺はあまり興味がない。」

 だったら、こんなところになぜ?

「そりゃあ、これが祭りだからさ…。」 

 白Tシャツに白ジーンズ、数十名の全身白づくめの集団がトラックの運転席や荷台から飛び出した。実に組織だった動きで、一群は手慣れた感じでテーブルやコンロなどを設置し、一群は食材や飲み物を準備する。カレーや焼きそばなどの良い匂いが、否応なく公園の祭り感を高めていく。

 拡声器を持った男は公園内を歩き回りながら、群がるホームレスたちとハイタッチを交わしている。でっぷりと太った中年の小男だ。その周囲を目付きの鋭い屈強な男たちが付き従ってガードしている。昔あった宗教団体の起こした大事件を思い出した。

 Gってもしかして……グ……。

「おっと、あの昔の事件と結びつけるのは御法度だぜ!あの連中、それを一番気にしてるからな。」

 なぜ分かったんだろう…。

「あんた気づいてないのか?分かりやすく顔に書いてあるぜ。そうでなくとも俺らの世代は、宗教っていやああの大事件を思い出すんだからな…。」

(二)

 ホームレスたちは、トラックに群がっていたことが嘘のように整然と列をなし、テーブルで各々好みの食べ物、飲み物を渡されると、ひとりで、あるいは仲間と、また家族と、思い思いに芝生の上やベンチなどで食事の時間を楽しんでいる。

「まだいっぱいありますから…おかわりどうぞ!」

 白づくめの集団、若い男や女が公園じゅうを歩き回って呼び掛けている。集団のリーダーらしい長髪髭面の小男は、西郷銅像の前に座ってワイルドに鳥の骨付き肉をパクついている。

 数千人の腹を満たす食事を用意できるとは…、この集団、政府とでもつながっているのか?それとも他に大きな資金源を持っているのか?

 私と上杉は弁当をもらい公園の隅っこのベンチに座った。これはどうやらコンビニ弁当だな…。習い性になっている容器底の賞味期限チェックをする。

 なんだこれ…期限を3日以上過ぎている。

「さすがにわかったか…。そうさ、これがカラクリのひとつだ。」

 あるデータによると、2030年の今でも廃棄食料は毎日、おにぎりにして一億食以上あるそうだ。その廃棄食料を使うなら年に一度、数千人の食料を準備するのは容易かもしれない。

 しかし、この祭りに必要なのは食料だけではない。人件費は団体構成員のボランティアでかからないのかもしれないが、数十台のトラックガソリン代など車輌関連費や備品費など、ざっと見積もっても数百万円かかるだろう。鳥の骨を乱暴に噛み砕いてはぺっと吐き出す、どう見ても下品なあの中年男のどこにその金を集める力があるのだろう。

 公園内にアナウンスが流れたがよく聞き取れなかった。アナウンスと同時に人々の歓声が上がったからだ。

「おっ…いよいよ祭りのクライマックスが始まるようだな。」

 ど………ん!

 ひゅるるるるるる、どん!

 どんどん

新月で真っ暗な夜空が一瞬明るく輝く。

花火まで…

資金はともかく

炊き出しだけならまだしも、どう考えても警察の許可が難しいだろう。

やっぱり、この団体は政府とつながっているのか…。

そんな考えは一瞬で吹っ飛んだ。

明滅する空の下、子供たちがテンションが上がって、楽しそうに公園じゅうを走り回っている。

みんな幸せそうに空を見上げている。

社会から弾き出された者の祭り

嫌なことも、この一瞬は何もかも忘れそうだな…。

私は知り合って初めて上杉に感謝した。

(三)

 幸福な時間はあっという間に過ぎた。

 興奮冷めやらぬ中、祭りの終了を告げるアナウンスが流れた。

 残った食料は希望する者に配られた。

 公園を清掃しようとアナウンスがされ、子供にいたるまでホームレスたちは、楽しそうな顔のままゴミ拾いなどをし公園は祭りの前より綺麗になった。

 私と上杉が掃除を手伝っていると女の構成員が呼びにきた。

「Gがお話したいそうです。」

 普段はいろんなこととの関わりを出来るだけ持たないようにしているが、この団体には興味があった。

 二極化が進み、自己責任の名のもと政府ですら国民を選別し切り捨てるこの時代に、単なる慈善事業なのか…。

 それとも何か目的があるのか…。

 大事件を起こした宗教団体指導者にわざと寄せたような、この団体の服装やリーダーの風貌も気になる。

 それは上杉も同じようだった。珍しく弾む足取りを見ればわかる。

 Gは西郷銅像の下、チカチカする公園の街灯の下に座ったまま待っていた。後ろには相変わらず屈強な男たちを従えている。Gは私たちに気付くと、横のベンチを指さし座るように促す。

「はじめまして…。」

 高いくぐもった声がデジャブを呼び起こす。寄せすぎじゃないのか…あの宗教指導者に

「はじめまして、私は上杉。」

「私は竹田と言います。」

「私はG…。」

 軽く頭を下げた男に上杉が噛みついた。

「私たちは本名を名乗った。あなたも本名を言うべきじゃないのか!」

色めき立つ屈強な男たちを手で制して、Gはにっこり笑った。

「私は名を捨てた男です。だからGということでお願いしたい。」

(四)

 Gとの会話は質問から始まった。

なぜ我々を呼んだか?

「珍しく、ホームレス以外の方が参加されていたので…。」

「私は以前も参加したが一回も呼ばれていない。」

上杉は追及口調だ。

「これは失礼…今までは気づかなかったのでしょうかな?」

嘘ではあるまい…普段着がラフな上杉、今日はスーツの私が目立ったのかもしれない。

「失礼ついでに…政府の方ではございませんか?」

なるほどと思った。我々を公安の人間か何かと疑ったのか。それでもこれで、この団体が政府の意向など受けていないことがわかった。私たちは正直に準公務員である身分を打ち明けた。

「ああ、あの年金を無くした代わりの…。あれですな。」

 Gの顔に同情の色が浮かんだように見える。気にならない、まるで奴隷のような酷い待遇は、世間みんな知っていることだ。

「以前からあんたに聞きたかった。あなたたちは慈善団体なのか宗教団体なのか?何の目的でこういうことをされ、資金をどこから得られているのか?」

 Gは困ったように笑った。

「手厳しいですな上杉さん。まるで警察の取り調べのようだ。」

 申し訳ないと私の方が頭を下げた。

 Gはいいんですと微笑む。

「逆に上杉さんにお聞きしたい。ここ数年のこの国の現状をどう思っていらっしゃるのか?」

 とんでもないと怒っている、当然だと上杉は言った。

「同感です。自殺に追い込まれる人も増えているのに政府は何もしないどころか、むしろ追い込むようなことばかりする。年金や生活保護制度を無くし、その代わりに準公務員が出来て公営住宅の貸付がされた。その陰で働けないかっての生活保護受給者は、老いも若きも公営住宅を追われホームレスになっていった。上杉さん、ご存知でしたか?」

 上杉はそんなことは常識だ、知っていると言った。

「私は以前小さな商売をしておりましたが、この現状を知って何か出来ることはないかと考え、世間に訴えながら仲間を増やし、寄付を募って偽善者と言われながらこの活動を続けてきました。この活動がこれ以上の救いになるとは思っておりませんし、これ以上の活動をする器でもないと思っております。」

 これで答えになりましたか…。Gは静かに上杉を見た。

 上杉はというと、私が今まで見たことがない、何とも表現しようのない顔をしていた。

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