第4話 ごく潰しの寄生虫とは?

 第4話 ごく潰しの寄生虫とは?

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 振り返った俺の目の前には、巨大な眼球が……


 は!?


 視界いっぱいに、巨大な眼球がある。


 一瞬思考も何もかも停止し、立ち尽くす。


 が、激痛により正気を取り戻し出てきた場所に……眼球の中に戻る。


 ゼリー状の何かに包まれ、全身から痛みが引いていく。

 次から次へと疑問が浮かんでくるが、とりあえず落ち着こう。

 慌てても、何にもならない。


 ゆっくりと現状を整理しよう。

 まず、


 ここは……目の中なのか?


 外には出ず、透明な硬いものに体をへばりつけ周りを見渡す。

 ウルフの鼻が見える。

 そして奥に村が見える。


 間違いない、これはさっきの俺。

 さっき、あいつによって撃ち殺されたウルフだ。


 そして、ここはそのウルフの眼球の中だ。

 間違いない。


 なんで俺は、さっきまで俺だったウルフの体の中に?


 ウルフがフェンリルに見えるほど小さな体か……

 今の俺も、それぐらいの大きさだな。

 この状態でも意識がはっきりしている。


 人間だった俺が死に、スライムだった俺が死に、ウルフだった俺が死んだ。


 ……あれ?


 俺は一度たりとも死んだか?

 俺は、死んだことはあったか?


 人間が溶けてばらばらになれば、生きてはいられないだろう。

 コアを砕かれたスライムは、即死するだろう。

 矢を何本も撃ち込まれたら、ウルフだってお陀仏だ。


 客観的に見て死んでいた。


 でも……俺の意識は途切れることなく、俺は死んではいないのではないか?


 俺はこれまで、一度たりとも死んでいない。

 ましてや俺の能力は、自分を殺した相手を乗っ取るなんてものじゃない。


 さっきの痛みが物語っているじゃないか。


 これまで俺が感じていた痛みは、感覚は、すべてまがい物。

 俺はあの時初めて、本物の痛みに襲われた。


 俺は、人でもなければ、スライムでも、ましてやウルフでもない。


 本当の俺は、今の姿。

 このなにかもわからないような小さなものが、自分自身。

 本当の俺。


 ……なのだろう。


 すとんと自分の中で何かが腑に落ちた。

 これまでずれていた歯車が、きれいにはまった。


 これまでの物事はすべてまがい物。

 幼馴染に対する思いも、あいつに対する恨みも、魔術学園へ行かせてくれた村への感謝も、期待に応えられなかった情けないという思いも……

 何もかも、すべて偽物。


 俺はこれまで自分を人間だと思い込み……いや、お前は人間だと洗脳されて生きてきた。


 体が感じた痛いという思いを間接的に受け取り、これがいたいという感情なのだと理解した。

 これが味なのだと理解し、人の常識を学び、言葉を覚え……人として成長した。


 ただそれだけで、俺は決して人ではない。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ボケっと遠くの景色を眺めていた。


 作られた偽物の感情とはいえ、これまでずっと人間として生きてきたのだ。

 それが自分は人じゃないとわかれば、何も思わないわけがない。


 悲しくはない。

 かといって、うれしくもない。


 ぐちゃぐちゃとしたものが、体の中でまじりあい……

 しばらく外の景色を眺めていた。


 ぬちゃぬちゃと、水っぽい音が聞こえる。

 見なくてもわかる。

 スライムだろう。


 掃除屋なんて呼ばれる彼らは、文字通り何でも食べる。

 人間の体を溶かすんだ、当然魔物の死骸だって餌になる。

 それどころか、人のふんや腐った生ごみなんかも、本当に何でも溶かして吸収してしまう。


 魔法学園のある王都じゃ、いたるところにスライムを使ったゴミ箱やトイレなんかがあった。


 少し前までは臭くてたまらなかったらしいが、俺が行ったときはきれいで住み心地の良い場所だった。

 確か何とかっていう賢者が、その仕組みを作ったんだっけか。


 もう人じゃない俺にとって、必要のない知識だ。

 そんな無駄が、次から次へと浮かんでくる。


 理性の抵抗という奴だろうか?


 また、無駄知識が……


 視界が、スライムに覆われる。

 ウルフ全体を包んだのだろう。


 スライムの中なら、外に出ても問題ない。

 眼球から、スライムの体に出る。


 あの時と同じ、安堵感が体を満たす。


『子孫を残せ』

『種を繁栄させろ』


 自分を人間でないと認識したせいだろうか、安堵間だけではなく本能が刺激される。

 繁栄しろと、俺自身が言っている。

 そう理解できる。


 作られたものではない、俺という生物本来の叫びだ。


 スライムのコアに掴まれば、スライムを操れる。

 意識を乗っ取れる。

 そう理解できるし、やり方もわかる。


 でもそれはしない。

 本能が、それ以上に優先度の高いことがあると訴えかけてくる。


 俺の体は結構限界だったのだ。

 寿命は、人間ほど長くない。

 俺という種は、絶滅寸前だったのだ。


 俺という種は、どんな生物だろうと意識を乗っ取り操れる。

 でも、孵化だけはスライムの中でしかできない。


 なぜかははからない。

 ただ、本能がそうだと言っている。


 俺は死にはしない。

 ただ生まれ直すだけ。


 その過程で子孫も……いや、俺自身が増えるかもしれないが。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ーベニクラゲー


 直径数ミリ~1センチ程度の小さなクラゲで、『不老不死』と呼ばれる。

 ベニクラゲは老衰の危機を感じると、死ぬ代わりに『ポリプ』と呼ばれる幼体に戻る。

 そして通常と同じように成長し、再び大人に戻る。

 これは一度のみではなく、何度でも繰り返すことが可能。

『全く同一のDNA』を持つ個体が何度も若返り、その過程で複数の『クローン』が作成され数を増やしていく。


 なお、非捕食者なので『不死』ではない。

 また、若返るだけで老化もするので『不老』でもない。


 その種が続いていること=寿命の証明なので、500,000,000歳を超える個体も存在するらしい。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る