第五十話 召喚


 それから半月ほど、私はガレリーナ社の業務を続けた。

 スウィッツはゼルドを中心に販売を伸ばし、アダルト層にもファンを増やし始めていた。

 入荷した二万台は、ほとんどが売れてしまったようだ。


 社内にも変化があった。

 なんと一気に二人の社員が増えたのだ。


 十八歳の男女コンビで、案の定どちらもゲームバカだった。

 まあローカライズ要員だから、延々ゲームをしながら翻訳作業するには、そういう人が合ってるかもね。


 そんなこんなで、地球へ向かう時期がやってきた。




 いつものように研究所のワープルームに向かい、出発の準備を整える。

 今回は二万個の魔石と二百個の縮小ボックスを購入し、変換機の部品と共に輸送機に詰め込んだ。

 ポケットに入れれば、手ぶら旅行の支度は完了だ。


 予定通り行けば、完成したドラクアを日本で受け取る事になっている。

 ただ、その前にまた新しい国を訪問する予定だ。


「ワープの目的地は、エジプトという国だったな」


 ガレナさんがデバイスで位置を確認している。

 そう、今回向かうのはエジプト。

 中東と北アフリカの間にある、ツタンカーメンなどで有名な国だ。

 公用語であるアラビア語も、一応話せるくらいには覚えておいた。


 ただエジプトのどこに落ちるかは、ガレナさんの腕次第かな。


「なるべく首都のカイロ付近でお願いします。砂漠のど真ん中とかはやめてくださいね」

「まあ、努力しよう」


 軽く話し合った後、私は帽子を被ってワープルームに入った。


「では、健闘を祈るよ」


 いつもの言葉と共に、私は光に包まれ、彼方へと飛ばされていくのだった。





 次の瞬間。


 私はどこかの路地に立っていた。

 周囲は家々がひしめき合うように並んでいる。

 ここがエジプトなんだろうか。


 近くで、黒い頭巾をつけた十二歳くらいの少女が地面に絵を描いていた。

 書かれているのは、人だろうか。

 子どもって、よくわかんない事に夢中になるよね。


「きみ、ちょっといいかな」


 アラビア語で聞いてみると、少女は睨むように顔を上げた。


「なに?」

「ちょっとこの辺を見て回ってるんだけど。ここ、なんて町かわかる?」

「……、ギザの下町」


 私の質問に答えると、彼女は絵を描く作業に戻ってしまった。

 どうやら私がリナである事は気付かれなかったようだ。


 実は今回、髪の色を変える魔術式ヘアバンドを買ったんだよね。

 それをつけてるから、今の私は黒髪だ。

 下手に目立たず目的の場所に行きやすくなるだろう。


 さて。

 ギザというと、有名なピラミッドなどがある都市だよね。

 今回もかなり当たりらしい。

 ガレナさんの腕が一流になりつつある。


 それにしてもこの子、何か変な物を使って描いている。

 何だこの白い石みたいなの。


「ねえきみ。それ何の石で描いてるの?」

「魔石」

「……、え?」


 今、なんて言ったんだこの子。

 絵を描き続ける彼女に、私は再度問いかけてみる。


「それって、マルデア星の魔石?」

「うん。願いが叶うの」


 まあ、本物の魔石は願いを叶える力を持ってるけどね……。


「どこで手に入れたの?」

「あっちの通りで道ばたのおじさんが売ってた。ちゃんと自分で買ったから、私のだよ」


 石を守るようにして、所有権を主張する少女。

 露天商から買ったって、冗談みたいな話だ。


 ここがマルデアなら別におかしくはないけど。

 地球で魔石が市井に出回っているわけがない。


 少女が持っていたのは、もちろん魔石じゃなかった。

 ただの白い色をしたチョークみたいな石だ。


 これはちょっとパチモンの臭いがする。確かめなきゃいけないな。


 私は少女が指さした方へ行ってみる事にした。

 繁華街に出ると、露天商がたくさん道端に商品を出している。

 この中のどれかだろうか。

 眺めながら歩いていると、髭面のおじさんが声を上げていた。


「話題の魔石だよ。魔法の石はいらんかね?」


 おじさんの足元には、白い石が沢山並べられている。

 なんていうか、メチャクチャだ。

 是非どんな効果があるのか教えてもらいたい。


「あの、これ魔石なんですか?」

「そうだよ。この石で欲しいものや夢を描いたら、願いが叶うんだ」


 おじさんは笑顔で商品について語りながら、地面に絵を描いてみせた。

 魔石の実演販売だ。

 なんかもうこの時点でだいぶ違う。

 ただの願かけチョークみたいになってるよ。


「ちょっと聞いていいですか。魔石は国連が保管してるんですよね。なんでここにあるんですか?」


 私は舐められないよう、ビシッと睨みつけてやった。

 すると、おじさんがやれやれと肩をすくめる。


「お嬢ちゃん。俺が売ってるのは、『魔石』っていう名前の石だ。

リナ・マルデリタの魔石だなんて一言も言ってないよ」


 このおじさん、なかなか堂々とした商売をしてるようだ。

 まあ魔石という言葉を使っちゃいけないなんて決まりはない。

 ただ、子どもを騙して金をかすめ取るようなやり方は好きになれない。


 私はおじさんに手をかざし、小さく呪文を唱えた。


「罪の心よ、かの者を裁け」


 人は悪いことをしている自覚があれば、僅かなりとも罪悪感をもつ。

 この魔術は、その感情を大きくしてやるというものだ。

 悪党には効き目がないけど、グレーな商売をやってるくらいの人には効果的だ。

 見れば、露天商は顔を青くさせていた。


「……。俺は、何をやってるんだ……。こんなくだらないものを売って……」


 魔術が効いたようだ。

 彼はすぐに魔石を回収し、店を畳んで立ち上がる。


「やめるんですか?」

「ああ、悪かったよ。まともな仕事を探す事にする」


 私が問いかけると、彼は頷いて去って行った。

 まあ、これくらいでいいだろう。

 


 それから少し通りを歩いていくと、他にも魔石を売っている人はいた。

 身につけていれば好きな人と結ばれるタイプの魔石だった。

 さすがにお客さんもマルデアとは関係ないとわかっているようで、やめさせる事もないだろう。


 他にも、リナ・マルデリタの絵を並べて売っている人もいた。

 何やら私がスフィンクス像の上に乗って、謎の仁王立ちを決めている。

 なんだこれは。


「すみません、これどういう絵なんですか?」


 尋ねてみると、青年は絵を描く手を止めて顔を上げた。


「リナ・マルデリタがエジプトから災害を取り除く絵さ。

彼女は美少女としても絵になるし、英雄として描くのも楽しいよ。

それに、この手の絵が今よく売れるんだ」

「そ、そうなんですか」


 なるほど、私の絵が売れてしまうのか。

 地球も変な時代になっちゃったもんだね。


 感心しながら繁華街を歩いていると、数人の少年少女たちのグループがやってきた。


「おい、まだ魔石なんて売ってる奴がいるぜ」

「あんなの、ただの石ころなのにね。誰が騙されるのかしら」

「さっき、アリーシャが買ってたぜ」

「あいつ、バッカだなあ」


 彼らは露店を眺めながら、騒がしく語り合っていた。


「でも、リナの人気は凄いからね。近所のじいさんなんて、『神の使いに違いない』とか言ってるよ」

「ふん。どれだけ凄くても、どうせうちの町には来ないんだから。関係ないわよ」

「そうそう。この町に魔法なんか起きやしないんだ。嘘の魔石ならいっぱいあるけどな」

「あははは!」


 子どもたちは幸運の魔石を売る露天商の前で、大声で笑う。

 さすがの商人もやりづらいのか、苦い顔をして店仕舞いしていた。


 なんというか、現実的な子どもたちだ。

 まあ、厳しい環境で生きてる子には当然の事なのかもしれない。


「おい、アリーシャに現実ってもんを教えてやりに行こうぜ」

「面白そう、行く行く」


 彼らはそう言って、私が来た方向へと歩いて行った。


 アリーシャって、さっきの絵を描いてた子かな。

 私は少し気になり、少年たちの後を追う事にした。


 行き着いたのは、やはりワープで降り立った場所だった。

 アリーシャらしい少女は、まだ地面に絵を描いていた。

 そんな彼女に子どもたちが声をかける。


「なあアリーシャ、願いの魔石なんて買ったんだって?」

「うん」


 アリーシャが頷くと、後ろの少女が問いかける。


「それで、何を書いてるのよ」

「……、リナ・マルデリタが、マルデアから来る絵」


 その返答に、子どもたちは大いに笑いだす。


「あっはっはっは! こんなとこに来るわけないだろ!」

「そうそう、アリーシャは夢を見すぎなのよ」


 からかわれた少女は、魔石を手に立ち上がる。


「来るもん! リナは家(うち)を助けてくれるもん!」


 叫ぶアリーシャは、どうやら本気で私を召喚しようとしていたらしい。

 だが、子どもたちは彼女に厳しい目を向ける。


「諦めろよアリーシャ。世界には何十億っていう人がいるんだ。

リナがこの町に来る確率は、宝くじを当てるよりずっと低いんだぜ」

「そうよ。みんな自分の力で生きていかなきゃいけないの。

もし住む家がなくなっても、その時にお金を持ってれば何とかなるわ。

絵なんか描いてないで、裁縫でもしなさい」


 彼らの言葉は、残酷だが正しい。

 食べさせてくれる親がいなくなれば、自分で生きていくしかない。

 都合よく助けてくれる人なんて、期待するべきじゃない。

 それは現実だ。


 でも同時に、アリーシャも正しい。

 何しろ、私は来たのだ。


 これも何かの縁だし、彼女の力になってあげよう。

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