第四十九話 広がれコミュニティ


 マルデア星。

 ワープルームに戻った私は、研究所を出てガレリーナ社のビルへと向かった。

 オフィスに入っていくと、通話対応のような話し声がした。


「はい。ゼルドでコラクの実を全部集めたのは素晴らしい事です。本当に大変だったでしょう。

ええ、おめでとうございます……。

いえ、賞品はありません。

強いて言うなら、お客様がゲームを通じて得た思い出が賞品です」


 フィオさんがお客さんと話していたようだ。

 コラクの実とは、ゼルドの世界に住むコラク族を見つけるともらえる実である。

 世界中の各所に隠れているため、旅の小さな発見みたいな感じで用意されている。

 全部で900個あるけど、それを全部見つけるのは正直しんどいというか、時間がかかりすぎる。

 それを探し回ってコンプリートした奇特な人がマルデアにもいるようだ。


「ただいまです」


 ドアを開けて中に入ると、いつもの面々が振り返った。


「ああ、戻ったか。どうだった、ドラクアの話は」


 帰るなり質問を投げてくるガレナさん。


「ええ、来月には発売になりそうです」

「ついにRPGがマルデア上陸ね。気合が入るわ」


 サニアさんはそんなことを言いながら、スカイリマを遊んでいた。

 まあ、仕事をちゃんとしてくれたら文句はないけどね。


「それより、ゼルドの反響はどうですか?」


 輸送機を広げながら問いかけると、メソラさんが答えてくれた。


「好評っすよー。売り上げも伸びてるし、信者が生まれ始めてるっす」

「信者?」


 なんだそれは。


「SNSを検索すると、ファンが投稿したゼルド関連のものが結構出てきますよ」


 フィオさんがデバイスをこちらに向け、動画を再生してくれた。


 画面を見ると、丘の上に三人の青年が立っている。

 みんなそれぞれ、小型のグライダーを持っているようだ。


「3、2、1、ゼルドーっ!」


 彼らは謎の掛け声とともに丘から飛び出し、魔術グライダーを広げた。

 そのまま青年たちは、気持ちよさそうにマルデアの空を飛んでいく。

 どうやらゼルドの滑空を再現したファン動画らしい。

 一番遠くまで飛んだ人が、大喜びでガッツポーズしていた。

 みんな楽しそうだね。


 私も魔術を覚え始めた頃、スタリーツファイターの"はこぅーけん"などを再現して遊んだ事がある。

 先生やお母さんに怒られたけどね。


 動画のコメント欄は、魔術師のプレイヤーたちが語り合う場になっていた。


「俺はリモート爆弾を作ってみたよ。危険だから投げる場所がないけどね」

「私も魔術グライダーを作ってみたけど、飛行禁止の区域が多くて飛べやしないわ……」

「マルデアの法律は世知辛い。ゼルドの世界は自由だよ」


 どうやら、ゼルドの魔術品を作ってみても、現実ではなかなか使う場がないようだ。

 この動画の人たちは、飛行許可のある場所をお金で借りてるんだろうね。


 SNSでも、ゼルドファンたちが小さいながら盛り上がりを見せていた。


「爆弾を投げまくってたら森の木が全部倒れちゃったんだけど……。怒られないかな」

「ゲームだからオッケー」

「ゴブリンと戦ってたら、あいつ崖から落ちて行ったよ。死んだなありゃあ」

「最初からいきなりラスボスの城に挑んでみたけど、ミジンコみたいに殺されたよ」

「世界中の祠(ほこら)を巡って強くなってこい」


 通信ネットの中に、ゲームの繋がりが生まれ始めていた。

 ブログのようなサイトで、熱心にレビューを書いている人もいる。

 『私はゼルドの中に第二の人生を見出した』というタイトルだけで、その情熱がわかるよね……。

 まあ、適度に楽しんでもらいたい所だ。


 さて、今日はもう疲れた。


 私は入荷品を発送する手配を終えると、すぐに会社を出る事にした。

 そしてマルデアの家に帰り、ぐっすりと眠るのだった。




 翌日は一日休暇をとり、私は実家でのんびり過ごす事にした。


 地球のニュースを見ると、メリーランド州の知事が話題になっていた。

 オーシャンシティのあの海岸に、私の像を立てると言うのだ。


「我々は災害排除の偉大なる一歩を称え、あの場所を記念としたい」


 観光名所にでもするつもりなんだろうか。

 意外にも反対する人は少なく、概ね好意的に盛り上がっている。

 みんな暇人だ。


 私はデバイスを仕舞い、二階から母のお店を見下ろす。

 入口付近では、やはり子どもたちが試遊機に群がっていた。


「だから、そこはマグネットでひっぱったらドアが開くんだよ」

「答え言わないでよもう。自分で考えてるのに……」


 ゼルドの最初のダンジョンをプレイしているらしい。

 謎解きをして進めていくんだよね。友達にネタバレされて怒っちゃうなんて、あるあるだよ。


 プレイには順番待ちが出来ていて、遊べない子はなんか家の壁によじ登って遊んでいた。

 そういえば、アサクラだけじゃなくてゼルドも色んな所を登りまくるからね。

 マネしたくなっちゃうんだろうけど。


「こら、危ないわよ! うちの壁登らないの!」


 お母さんが怒って止めている。なんか懐かしい風景だね。


「はーい」

「ちぇっ。魔術ボールやろうぜ」


 少年たちは、小さなボールを魔術で操作するマルデアで定番の遊びを始めた。

 少しずつ、この店を中心に子どものコミュニティが形成されているようだ。


 もちろん、子どもだけではない。


「この店がマルデア初のゲーム専門店か」

「小さいお店ね。でも、ゲームの音楽が流れているわ」


 スウィッツのファンと思しき大人たちも、たまにこの店を見に来るようだ。


「中にゼルドのポスターが貼ってあるぞ。かっこいいな」

「これ、売ってるんですか?」


 ゼルドをプレイしているのか、女性がポスターを眺めながら母さんに問いかける。


「宣伝用の非売品だけど、余ってるから十ベルで売るわよ」


 お母さんが未開封のポスターを見せると、ファンの人たちは喜んでお金を出していた。


「商売上手だね、母さん」

「ふふ、まあね」


 お母さんは十ベル札を片手に、得意げに笑みを浮かべていた。


 少しずつ少しずつ、マルデアのゲームコミュニティが広がっていく。

 私たちは今、その過程にいる。


 まだまだこれから。やらなきゃいけない事はいっぱいある。

 来月はドラクアだし、また入荷のために地球へ行かなきゃね。


 ただ、私もたまには休暇を楽しんでもいいだろう。


 以前から、yutube向けに撮りたい動画があったんだ。

 マルデアにはフェルクルっていう種類の妖精がいて、とっても綺麗なんだよ。


 地球のみんなにも見せてあげたいと思ってたんだよね。

 昨日の帰りに見かけたから、今もあそこにいるんじゃないかな。

 

 私は一人、地元の公園に行ってみる事にした。

 草むらの中を探すと、緑色の景色の中に小さな光が浮かんでいるのが見えた。


 それは、小さな人型の生き物。

 背中には、大きな二つの羽が生えている。

 金色の髪を伸ばした、可愛らしい女の子フェルクルだ。

 私はデバイスを取り出し、カメラ機能で撮影を始めた。


「地球のみなさん、こちらがマルデアのかわいい妖精、フェルクルです。

へーい、フェルクル」

「ふぃぃ」


 気の抜けた声を上げながら、羽を広げて飛び回る妖精。

 羽からは光が溢れ、キレイに軌道を描いている。


 じっくり撮った動画を少し編集し、yutubeにアップロード。


『妖精のフェルクルを見つけました!』


 そんなタイトルで公開すると、地球の人たちは大いに喜んでくれた。


「すごいぞ、新種の発見だ!」

「絵本で見た妖精さんそっくり!」

「きれいだわ……」

「マルデアはほんとにファンタジーの世界なんだね」

「リナもフェルクルも、二人とも可愛いっ」


 コメントがバグったみたいに増え続け、一瞬で3万ほどいいねがついていた。

 やっぱり、みんな妖精には憧れがあるみたいだね。


 その後。私は自宅に帰って地球のネットを眺めながら、休日を楽しんだ。


 さあ、明日からまた頑張ろう。


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