第五十一話 願いをかなえよう


 エジプトにやって来た私は、アリーシャという少女と出会った。

 彼女は露天商に騙されて買った偽物の魔石で、私をマルデアから召喚しようとしていた。

 そこに私がワープで落ちて来ちゃったという、偶然なのか何なのかよくわからない話だ。


 この子には人を呼び寄せる不思議な力があるのかもしれない。

 もしくは、ガレナさんの謎の力が働いたのか。

 この際、事実はどっちでもいい。

 せっかくだから、この少女の召喚が機能したという事にしよう。


 私は彼女が描いた円の中に向かった。

 そして、グスグスと泣きそうになっている少女に声をかける。


「そっか、君が私をここに呼び出したんだね」

「……、え?」


 顔を上げる少女の前で、私は帽子を取ってヘアバンドを外した。

 すると、長い耳が露になり、髪がピンク色に変わっていく。


「おい、嘘だろ……」

「リナ・マルデリタ……?」


 こちらを見て目を白黒させる少年少女を背に、アリーシャは座り込んだまま私を見上げる。


「ほんとに、きたの?」


 彼女はまるで、物語の中で召喚に成功して驚く主人公のようだ。

 なら私は呼ばれた者として、サーヴァントを演じるべきなのだろう。


「うん。何か召喚されちゃったみたい。それで、望みは何なのかな。マスター」

「ま、マスター?」

「そうだよ。召喚されたら相手の言う事を聞くのが常識だからね」


 もちろん、そんな常識はない。

 マルデアでは、許可なく魔術で人を召喚するのは法律違反だ。逮捕案件だよ。

 でもここは地球だし、今は特別だ。


 私がニコリと微笑んで見せると、彼女は何とか状況を理解したらしい。


「ほ、ほんと? ほんとに聞いてくれるの?」

「うん。一つだけね」


 私が人差し指を立てて見せると、彼女は慌てて立ち上がる。


「じゃ、じゃあ、ついて来て」

「了解、マスター」


 ずんずんと進んでいく少女に、私はちょっと気取ったように胸を張って付き従って歩いていく。

 そんな私たちの姿に、周囲の子どもたちは顔を見合わせていた。


「お、おい。リナ・マルデリタがアリーシャの手下になってるぜ」

「本物なの……?」

「だって、突然髪の色が変わったよ。本物の魔法でしょ」

「と、とにかく、ついて行こうぜ」


 彼らも、おずおずと私の後ろを来るようだ。 


 アリーシャが繁華街に出ると、町の人みんなが彼女に振り向いた。


「お、おいあれ見ろよ。子どもたちの先頭にいるの、リナ・マルデリタじゃないか?」

「まさか。リナの仮装じゃないの?」

「あのガキども、何やってるんだ」


 中央を進む子どもの集団。その中にピンク髪がいる事に、みんな驚いているようだ。

 大半は私本人だとは思ってないだろうけど。


 暇な大人もなぜか後ろをついてきた。

 ゾロゾロと行列になった私たちは、通りの中央を堂々と進む。

 そして、土色の建物が並ぶ場所までやってきた。


「ここ、私のおうち。曲がってるの」


 密接した三つの家が、少し斜めに傾いているのがわかる。

 アリーシャの指は、中央の家を指していた。

 地盤が悪いのか、それとも家の老朽化のせいか。

 いつドミノ倒しのように倒れてもおかしくはないように見える。


「家がなくなる」とか話していたのは、こういう事だったのか。

 まあ住んでる家がこうなったら、気が気じゃないよね。


「リナ、まっすぐになおせる?」

「うん。ちょっと中を調べて良いかな」


 魔石には、修復を促す力もある。

 地面か柱か、どちらを修復するかまず見定める必要がある。


 私が問いかけると、アリーシャは家の中に駆け込んで行った。


「お母さん! マルデアからリナがきたよ」

「はあ? あんた何を言ってるんだい」


 子どもの説明では、そりゃ何がなんだかわからないだろう。

 戸惑うように出てきた母親が、私を見て目を丸めた。


「ま、まさか本物? あんたたち、変な冗談やってるんじゃないだろうね」


 周囲の子どもたちを睨みつける母親に、少年が肩をすくめる。


「俺たちは別に何もしてねえよ。リナ・マルデリタが家を直してくれるっていうんだ」

「家って、この家をかい? そんな事できるのかい?」


 目を丸める母親に、少年はこちらを見上げながら言った。


「そりゃ、本物のリナならできるんじゃない?」


 子どもたちもまだ、私が本当にリナかどうか疑っているらしい。

 半信半疑な様子だ。

 まあ、ろくに魔法も見せないうちは信用できないだろうね。


 証明するには、あの方法が早い。

 私はポケットからカプセルを出し、中から輸送機を拡大する。

 出てきたリヤカーをドンと置いて見せると、みんなが驚いたように声を上げた。


「うわっ、なんか出てきた!」

「動画で見た事ある。これリナの荷物だよ!」

「ま、魔法だ……。本物のリナ・マルデリタじゃないか!」


 子どもたちと母親の言葉に、周囲にいた大人まで騒ぎ出す。


「あの、とりあえず家を見せてもらっていいですか。左右の家も見たいんですけど」


 私が母親に話しかけると、彼女は慌てて頷いた。


「あ、ああ。そうだね。でも、本当に直してくれるのかい?」

「はい。お宅の娘さんに呼ばれちゃったので」


 世界中の人たち全員を助けるなんて、私には無理だ。

 でも旅先で縁のあった人くらいは、笑顔になってほしいと思う。


 と、今度は右の家から若い女性が出てきた。外の人だかりに気づいたんだろう。


「あんたたち、何を騒いでるの?」

「ねえちゃん、リナが来たんだ。ウチを直してくれるんだって」


 少年たちがお姉さんに親し気に話していた。どうやらこの子たちの保護者らしい。


 全ての家の了承を得た私は、早速中を調査する事にした。


「では、屋内を見せてもらいます」


 アリーシャの家に入ると、壁には大きなヒビが入っていた。柱も悲鳴を上げるように傾いている。

 地面はというと、特に問題はないようだ。

 右側の家に入っても、同じような感じだった。


 そして、左側の家。

 多分、ここがドミノ倒しの原因だろう。


 私が入って行くと、地面が一部陥没していた。

 そこに柱や壁がめり込み、建物が傾いていたようだ。

 ここが被害の中心らしい。

 地盤の悪さから生まれたズレが、時間をかけて建物を傷めつけ、二つ先の家まで傾けて行ったのだろう。

 

 普通に考えれば、この家で寝泊まりするなんて危険だ。

 彼らが未だに住み続けているのは、他に屋根の下で寝れる場所がないからだろう。


 私は輸送機から魔石を取り出し、陥没した場所を中心に設置していく。

 最初の家に三十個。他の家に十個ずつ設置したところで、準備は終わった。


 ざわざわと家を眺める人だかりの前に出て行き、私は深呼吸をする。

 それから、左端の家に手を翳して呪文を唱えた。


「願いの力よ。朽ち滅びゆくものを、元の姿へ」


 私の掌から光が溢れ出し、軌道を描いて広がっていく。

 それは三つの家を包み込み、中の魔石と共鳴して強く輝き出した。


 すると、どうだろう。

 右に傾いていた建物たちが、少しずつまっすぐになっていく。

 朽ちた壁や柱も、時代を巻き戻すようにがっしりとした姿を取り戻して行った。


 光が消えると、そこには傷一つない三つの家があった。

 今にも倒れそうな傾きはなく、まっすぐ地面に足をつけている。


「い、家が元に戻ったぞ!」

「すげえ、これが魔法の力か……」

「あたしたちの家が、まっすぐになってる!」

「壁も奇麗になってるぞ!」


 子どもたちが家の中に飛び込み、嬉しそうに騒ぎ出す。


「本当に、直ったんだね……」


 アリーシャの母親も、茫然と奇麗になった自分の家を眺めていた。


「やはりリナ・マルデリタは神の使いだ」

「ようやくエジプトに来てくださったのか……」


 そう言って、私を拝み始める人までいた。

 

「リナ。ありがとう!」

 

 アリーシャが、私に向かって頭を下げた。

 すると、母親や子どもたちも頭を下げる。


「ありがとう。これで夜もゆっくり寝れるよ」

「ありがとう、マルデリタさん」


 みんなが拝み始めるものだから、ちょっと恐縮してしまった。


「それにしてもこの魔石、本物だったのか。本物のリナを呼び出すなんて……」


 少年たちが驚いてアリーシャの石を見ていたので、私は苦笑いしながら言った。


「あはは。その石には何の力もないと思うよ。

きっと、偶然の力が働いたんじゃないかな」


 パチモンに価値があると思われたら困るからね。

 それから騒ぎを聞きつけた警察がやってきて、私は無事に確保されたのだった。


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