第五十四話 勇者たちの旅立ち


 それから数日後。

 ついにドラクアの発売日がやってきた。

 ガレリーナ社のオフィスには、朝から社員全員が集まってデスクについている。


「勇者たちは、もう旅立ったのかしら……」


 サニアさんは感慨深いのか、何やら陶酔したような雰囲気だ。


「今日は学生さんもお休みですから、そろそろ遊び始めてる頃でしょうか」


 フィオさんは比較的現実を見た予想をしていた。


「お客さんがどう反応するか、ワクワクするっスね!」


 メソラさんは、むしろ通話を待ちわびているようだった。


「どんな不測の事態が起きるかわからん。皆、気を引き締めてかかろう」


 ガレナさんの言葉に、社員全員が頷く。

 今回は新しいジャンルのゲームという事で、ユーザに向けて出来る限りのフォローはしておいた。

 ネットの公式ページには、サニアさんがしっかりとRPGについての説明を掲載している。


『まずは町の人たちに話を聞いて、旅のヒントを得るのよ。

外に出たら、敵が出てくるわ。

ダメージを受けたら薬草かホイムで回復して、HPを管理して戦ってね!』


 こんな感じで初心者向けに色々と用意したんだけど。

 もちろんプレイヤーからの質問は今回も沢山来るだろう。


 発売日には恒例となった、社を挙げての通話対応だ。

 いつも通り、朝の十時を超えたあたりからコールが鳴り始めた。

 私たちは競い合うように通話を取り、お客さんの声に耳を傾ける。


「これから旅に出るんだけど。知らない人の家に勝手に入ってもいいのかな」

「ドラクア世界では問題ありません」


「お城に行ったら逮捕されて牢屋に入れられちゃった。もう人生終わった……」

「もう少し進めてみましょう」


「青年になった主人公がレベル1なんだよね。じゃあ生まれた時のレベルはどうなるの?」

「0.1くらいですかね」


「剣とブーメラン、どっちがいいかな」

「どっちでもいいですよ」


「1のダメージってどれくらい痛いの?」

「犬に噛まれるくらいだと思います」


「地球って隣町に行くだけでこんなに敵と出会うんですか?」

「まあ、そんな地域もあるかもしれませんね」



 買い物に悩む人も多いようだけど、他にもしょうもない質問は山ほどあった。

 ドラクア世界と地球を同一視する人もいて、マルデアのゲーマーたちに大いなる誤解を与える事になりそうだった。

 朝から晩まで通信は鳴り続け、私たちは対応に追われた。



 午後九時になると、電話対応は強制的に終わりになる。

 さすがに深夜にかけてこられると困るから、お客様用の番号は午前九時から午後九時までと通信時間を決めたのだ。


「ふう、大変だったわね」

「でも、それだけ遊んでくれてるって事っすよ」


 ぐったりと机に突っ伏すサニアさんに、メソラさんがそう言って慰めていた。


「うむ。新しいジャンルがどう受け止められるか心配だったが、新鮮な世界観と冒険を楽しんでる人が多いようだな」

「ええ。ストーリーに驚いて、自分の事のように悩んでる人も多かったです」


 ガレナさんが満足そうに腕組みすると、フィオさんもうんうんと頷いた。

 自分の目線で物語を進めていくRPGに、マルデアのプレイヤーは戸惑いながらも旅を楽しんでいるようだ。


 実際、ドラクアの初動は良好だった。

 売切れる店もあったようで、すぐに発送して在庫を補填していった。


 そんなわけで、初日は大きなトラブルもなく乗り切る事ができた。

 私たちは仕事を切り上げ、帰宅する事にした。


 帰る途中にデバイスでマルデアのSNSを見ると、ドラクアをプレイしながら語っている人たちがいた。


「強い大剣を買うのにあと500ゴルドの金がいる……。金っ、金っ……」

「ゲームの中でも金のやりくりに悩む事になるとはな」

「薬草は安いけど、魔石五個分くらいの回復性能があるみたいね」

「毒消し草なんて、どんな毒かもわからないのに食べるだけで全部治してるよ」

「地球にはこういう草が生えてるんだろうか。一度食べてみたい所だな」


 やたら草に注目している人たちがいる。

 まあ確かに、ドラクアにおける草花の力は凄い。理由はよくわからないけど。

 ちなみに、地球に生えてる草にそんな力はない。



 家に帰ると、お母さんがすぐに夕食を用意してくれた。


「そう、他の店でも好調なの。よかったわね」


 食卓を囲みながら母さんと話すのは、もちろん新作ソフトの事だ。


「うん。お母さんのお店はどう?」

「今日は、ソフトを何人か買って行ってくれたわ。

あと、トッポ君が今度のお休みにスウィッツを買ってもらう事になったんだって」


 トッポ君は、こないだ勇者の絵を見て欲しそうにしていた子だ。

 ようやく両親の許可をとりつけたらしい。

 本体を買ってもらうのは、やっぱり記念すべき瞬間だ。

 休みの日なら、私もちょっと店を見てようかな。

 そんな風に考えながら、私は手元でスケジュールを確認していた。



 そして、二日後の休日。

 私はお母さんのお店の店番をして、ダラダラと過ごしていた。


 そこへ、おかっぱ頭の少年が胸を張ってやってくる。

 トッポ君だ。一緒に歩いてくるのは、彼のママだろうね。


 そんな少年の誇らしい姿を、近所のキッズたちは妬ましそうに睨んでいた。

 彼らはまだスウィッツを買えていないのだ。


「ほらトッポ。自分で注文してみなさい」


 母親に促され、少年はフンスと鼻を鳴らして前に出てくる。


「おねーちゃん、スウィッツとドラゴンクアストください!」

「はい、480ベルになります」


 私は母親から代金を受け取り、少年に本体とソフトを手渡した。


 トッポ君は本体を掲げ、嬉しそうにみんなに見せつける。


「やったよみんな! ぼく、これからゆーしゃになるよ!」

 

 彼はよっぽど勇者になりたかったのだろう。

 その感極まった発言に、しかし子どもたちは同調しなかった。


「何がユーシャだ、このうらぎり者め!」

「一人だけ抜け駆けしてスウィッツ買ってんじゃないわよ!」

「そうだそうだ! 罰として、ここでプレイしてオレたちに見せろ!」


 子どもたちの社会は思った以上に野蛮だった。

 そして、欲望に忠実だった。 


「わ、わかったよ。でも、どうすればいいかな」


 心優しいトッポ君はその提案を受け入れたようだ。

 仕方がないので、私が手伝ってあげる事にした。


 その場でスウィッツをセットアップし、うちの店先にある魔力元に繋ぐ。


「はい、これでうちの前でも遊べるよ」


 そう言って本体を手渡してあげると、トッポ君と少年たちが目を輝かせた。


「うわあ、ありがとうお姉ちゃん!」

「でかしたぜ、ねえちゃん!」


 早速、勇者としての冒険を始めるトッポ君。

 そんな彼のスウィッツに、少年少女が群がっている。


「おい、あっちの家に入ってみようぜ」

「知らない家に勝手に入っていいのかな……」

「ねえ、そのおばさんに話しかけてみてよ」


 画面を覗きながら、子どもたちがあーでもないこーでもないと騒いでいる。


「やくそうをいっぱい買おうかな」

「いや、ここは良い剣を買っとけよ!」


 買い物一つにも大揉めだ。

 ちゃんと進むんだろうか疑問だけど、楽しくやっているみたいだった。

 うちのお母さんもプレイしているらしく、楽しそうに話していた。 


「私、今レベル17なのよ。知ってる?

赤ずきんの女の子が色んな魔法使うんだけど。

その子が学院にいた頃のリナにちょっと似てるのよねえ。育成にも熱が入っちゃうわ」

「ええ? そうかなあ」


 似てると言われた魔法使いの少女は、なんていうかツンツンしてた。

 私、こんな感じではないと思うけどね……。

 まあ、背が低いのは似てるけど。



 と、近くのベンチから大人たちの声がする。


「ほう、君は左側からスキルパネルを?」

「ええ。悩んだけれど、やはり炎をまとった剣は魅力的だわ」


 スウィッツを手にした男女が、やたらシリアスに序盤の攻略について話し合っていた。

 あそこはコアファンのトークスペースになっているみたいだ。


 母さんが作り出したコミュニティの中で、RPGが確かに浸透し始めていた。


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