第五十三話 僕が勇者になるゲーム


 私たちガレリーナ社は、ドラクアの発売に向けて動き出した。

 まずは、営業回りだ。


 みんなで手分けして、販売店へと新作を売り込んでいく必要がある。

 私も販売促進グッズとパッケージを持ち、販売店へと営業に向かった。


 最初はやはり、都内に店を構える大きな玩具屋だ。

 カウンターで販売促進のポスターなどを見せると、店長は笑顔で頷いていた。


「ふむ、子どもが喜びそうなキャラクターたちが並んでいるな。

ぬいぐるみも可愛いじゃないか。これはどんなゲームなんだい?」


 興味を示した店長に、私はスウィッツの画面を見せながら説明を始める。


「このゲームは、ロール・プレイング・ゲームというジャンルです。

個性豊かな仲間たちを戦いで成長させながら、冒険の物語を楽しむというものです」

「ほう……。少しやってみてもいいかね」


 店長がゲームを触ると、やはり違いに気づいたのだろう。


「なるほど。敵に攻撃するとダメージが数値で出るのか」

「はい。敵を倒して行けばレベルが上がり、与えられるダメージ数も上がります。成長がわかりやすい形で示されるのです」

「それは面白そうだね。だが、子どもたちがその仕組みを理解できるだろうか」


 やはり不安もあるようで、店長さんは玩具屋らしく子ども視点で疑問点を投げかけてくる。


「ドラクアのシステムは、小学院の算数と同じくらいのものです。なんだったら、お子さんが遊んでいるうちに計算の勉強になったりするかもしれません」


 実際、RPGでお金のやりくりを覚えた子どもがここにいる。うん、前世の私だね。

 ちょっと知育的なアプローチをしてみると、店長は意外そうにこちらを見た。


「なるほど、そういう商品価値もあるか……」

「ええ。そしてここからはスウィッツ全体の話になるんですが、ゲームの販売を拡大するために、一つの策があります」

「その策とは何かね?」

「はい。ドラクアの発売に合わせて、スウィッツ本体をお買い求めしやすいよう、値段を下げる予定です」

「値下げだって?」


 驚く店長に、私は頷いた。


「はい。これまでスウィッツは、本体とハイパーマルオをセットにして小売価格が500ベルでした。

ですがここからは、本体のみで400ベルのお値段で販売していきたいのです」


 私は四本指を立て、笑みを浮かべてみせた。

 これが、ドラクアと共に用意した起爆剤だ。

 マルオの同梱をやめ、今後はお客さんが自分で最初のソフトを選べる形になる。

 ぱっと見は100ベル値下げに見えるけど、ソフトがついてないから実は20ベル下げただけだ。

 ただ、購入のハードルはかなり下がると思う。


 初めての価格改変に、店長さんは腕組みをして唸っているようだ。


「ふむ。マルオのセットをやめて20ベル安くするという事か。それは割安感が出るな。

ならば、発売日にスウィッツを二十台、ドラクアを十五本注文しようじゃないか」

「ありがとうございます!」


 その場での発注に、私はお礼を言って店を出た。


 スウィッツの注文を二十台取れたのは、新戦略の出足として上々だ。

 ただこの店舗でドラクアを十五本というのは、そこまで良くもない。


 やはり新しい物には渋くなりがちなのか。

 子どもがシステムを理解できるかどうか、そこがまだ疑問なのだろう。


 こうなると、別の層にも目を向けて行くのがセオリーだ。

 RPGの長所である"物語性"を売りにして、そういう物が好きな人をターゲットにできないだろうか。


 そう考えた私は、これまでに行ったことのないタイプの店に飛び込んでみる事にした。


 それはなんと、本屋である。

 デバイスであらゆるデータを処理するようになったマルデアにも、本屋は存在する。


 店の中はなかなか趣があり、マルデアに伝わる物語や伝記、魔術書などがズラリと並んでいた。

 映画の展示などもあり、本だけでなく物語全般を手広くカバーしている店舗だった。

 ここならドラクアの物語が通用するかもしれない。


 私は早速、奥のカウンターに腰かけていた店主に声をかけてみた。


「すみません、新しい商品のご案内なのですが」

「おや、魔術出版かね? それとも映画屋さん?」


 お年を召した男性が、メガネをかけてこちらを見上げる。


「いえ。私はビデオゲームを販売している会社の者なんです」


 私のプロフィールデータを送ると、彼は困惑したようにデバイスに目を落とす。


「ガレリーナ社……。いや、ビデオゲームは知っているよ。

近頃、娯楽界隈ではちょっとした話題だからね。

しかしあれは遊び道具だろう。うちは物語全般を扱う店だが、玩具は扱っていないんだ。

悪いが、これは私の拘りでね」


 きっぱりと断りを入れようとする店主。

 だが、私はグイと前に出る。


「いえ、このドラゴン・クアストはただの遊びではなく、冒険の物語を自らの手で楽しむ作品なのです」


 玩具を拒絶する店に対しては"ゲーム"と言う単語を捨て、相手のフィールドに飛び込んでいく。

 このトーク戦術で、私はゼルドの受注を幾つもゲットしたのだ。


「物語だって?」


 どうやら興味を持ってくれたようで、店主が画面に目を向けた。


「はい。この世界で誰かに話しかけると、ちゃんと返事がきます。

特定の人物に声をかけると、物語が進行します。冒険の先にどんな展開や人物が待ち受けているのか。

遊びながら体験していく事ができるのです」

「物語を、自分で体験するのか……。それは、見た事のないタイプの娯楽だね。

私がやってみてもいいかな」

「はい、どうぞ」


 スルスルとスウィッツを手に取った店主は、私が操作を説明するとすぐに物語を進めていく。

 ちょうど序盤で牢屋に入れられ、そこから脱走する展開だった。

 店主はそんな様子を、感心したように見守っていた。


「ほう……。これはいい。しっかりと話が転がっていくし、キャラクターを自分で動かせるのもいい」

「はい。それがRPGというものです」

「RPGか……。面白い。試しに少し発注させてもらおう」

「ありがとうございます!」


 どうやら彼の決意を促す事に成功したようだ。

 三セットではあるけど、未開拓な店舗からの発注をゲットする事ができた。

 ドラクアの物語性が、新たな顧客を掴み取ったのだ。




 それから一通り小売を回ったけど、反応の良い店は多かった。

 魔術具店の魔女店長は、ゼルドの好調を受けて前回の倍を発注してくれた。

 あの気難しいデパートの責任者なんて、「これは新しいタイプのアートかもしれん」と言っていたよ。

 キャラクターデザインを務める漫画家先生の絵は、わかりやすくチャーミングな中にも芸術性がある。

 マルデア人の目にも新鮮に映るみたいだ。



 ガレリーナ社へと戻ると、みんなもちょうど帰ってきた所だった。


「どうでしたか?」

「やったわよ! 今日は私だけで四百本売り込んだわ!」


 サニアさんは四本指を立ててドヤ顔だ。


「ストーリーがある事で、遊具に興味のない人にも目を向けてもらえたようだな」


 ガレナさんも、何かやり遂げたように満足気に頷いている。


「愛嬌のあるキャラがいっぱいいるのもウケがいいっす」


 メソラさんは、キャラクターグッズの店で発注を取る事に成功したらしい。


 仲間たちも成果は上々のようで、ドラクアの発注は順調な滑り出しを見せていた。

 結果として六千本以上の発注を取る事に成功し、発売の準備はしっかりと進んで行った。



 発売を数日後に控え、私は一日休暇を取っていた。

 お母さんの店には、ドラクアの販売グッズがズラリ。

 台の上に鎮座するスレイムの姿に、子どもたちは興味津々と言った様子だった。


「おばちゃん、これなーに?」

「ドラクアのモンスターよ」


 青いスレイムを手にした子どもに、お母さんが優しく答える。


「こいつと戦うの?」

「こんなの、俺でも一発だよ」


 ガキんちょたちは、可愛いスレイムを相手に勝利宣言をかましている。

 私はちょっとビビらせてやろうと、彼らに意地悪な顔をしてみせた。


「どうかな。薬草を持ってないと、そのうちやられちゃうよ~」

「やくそう? なんだそれ」

「こんなちっこいのに、負けねえよ!」


 からかわれるとすぐ反発する、単純な子たちである。

 でも、みんなポスターのイラストには惹かれているらしい。

 暇だったので、キャラクターを一人ずつ指して教えてあげる事にした。


「これが勇者。これが魔法使いだよ」

「ゆーしゃってなに?」


 少年が首をかしげると、私は微笑みながら彼を見下ろした。


「世界を守る、勇気ある者。ドラクアを始めたら、君はその日から勇者だよ」

「ゆーしゃ……。ぼくが、ゆーしゃになるゲーム……」


 おかっぱ頭の少年は、主人公の絵を見上げてぽつりとつぶやいた。

 そう。

 ドラクアは、"僕が勇者になるゲーム"だ。 

 前世の私もそんな気分になって、夢中で遊んでいたものだ。


 勇者の旅立ちの日は、すぐそこまで迫っていた。

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