第4話 地球へワープしてみたら…


 出発当日の朝。

 私は大きなバッグを持って、母さんに見送られて家を出た。

 そして、マルデア首都の魔術研究所へと向かった。

 ワープルームがあるのは第三研究室らしい。

 二階の奥にあったドアを開けると、室内に白衣を着た女性が立っていた。


「君がリナ・マルデリタか。

あの未開の地へ本当に行くとはね。しかも君一人でというじゃないか。きみ、正気かね?」


 彼女は私を心配するようにそう言った。


「は、はい。もちろん正気です。これから地球の人たちと交渉をしてきます。

きっと、良い未来が待っていると思います」


 私がまっすぐに言って見せると、彼女は渋々と頷き、腕時計のような形のデバイスを取り出した。


「そうか。まあ、気を付ける事だ。相手は戦争を繰り返してきた、野蛮な種族らしいからな。

このリスト型デバイスで、地球からマルデアのワープルームに戻る事ができる。ただし込められた魔力は一回分だけだ。

故障などの保証もできないので、壊さないようにな。使用方法はデバイスの説明欄を見てくれ」

「ありがとうございます」


 私はデバイスを受け取り、それを腕に巻きつけた。

 そして、ワープルームの中に入る。


「行先は、私にはよくわからないが。一応、北アメリカ大陸のワシントンD.C.となっている。

まあこの星間ワープは多少のズレが出る事もあるが、生き埋めになる事はないから安心するといい」


 多少のズレ? なんか不穏な言葉が聞こえたけど、大丈夫かな。


「それでは、冒険心豊かな君の健闘を祈るよ」


 疑問を抱いた私の前で、白衣の研究者はすぐに魔術を起動させた。

 視界が白く輝き、次の瞬間には私の体はマルデアから消えていた。




 次の瞬間。私は草むらの上に立っていた。

 見渡すと、コンクリートの道路が目の前に広がっている。

 マルデアとは違う空気を感じる。

 ここはどこなんだろう。

 一応ワシントンD.Cを指定しておいたから、そのあたりだとは思うんだけど。

 道路は広く、緑も雄大だ。

 日本よりも土地の幅広さを感じるし、建物もまばらに建っていて、ものすごい広々としている。

 ハリウッド映画に出てきそうな感じだ。


 ただ、どれだけ正確な位置に転移できたのかはよくわからない。

 アメリカ政府には、今日のアメリカ時間で午後一時から六時頃までにワシントンD.Cにワープすると言う事だけを伝えてある。

 こちらの見た目は、ピンクの長髪にエルフのような長い耳をした、背の低い少女だ。

 人間に極めて近い見た目ではあるが、目立つしわかりやすいだろう。

 あちらと符合を合わせる合言葉なども用意している。

 それがダメなら、魔術で証明すればいい。


 だから、ここからは互いに探し合いになる。

 きっと政府側は必死こいて史上初の宇宙人来訪者を探しているだろう。

 ただ、下手に目立つといけない。

 どっかの国のスパイに狙われる恐れもあるという話だった。

 だから、政府関係者に会うまでは宇宙人だとバレちゃいけない。

 一般人を装って移動し、何とかアメリカ政府と接触したい。


 私は耳を隠すようにして帽子をかぶり、バッグを背負い直す。

 荷物の中には、地球にはない便利な魔術品が入っている。

 バッグには収縮魔術がかかっているので、実際の100倍くらいは物が入る。

 マルデアの魔法技術があれば、私個人で貿易レベルの運搬も可能だろう。

 さて、ここで待っているべきか、動くべきか。

 考えていると、後ろから声がした。


「Hey」


 振り返ると、建物の前に金髪の男性が立っていた。 


「おい、俺の庭で何をしているんだ?」


 彼は英語でそう問いかけてくる。

 まずいな、敷地内だったか。腰のベルトには光る銃が見える。


「ええと、すみません!」


 私は逃げるように敷地を出て、道路を歩きだした。

 はあ。ちょっとビックリして、話を聞く事もできなかった。

 それにしてもさすがアメリカだ。普通のおじさんが銃を持っていた。

 さて、まずはこの場所を確認しないと。

 誰かに聞くか、地図を見て現在地を確かめなければ。

 私は道路に沿って歩き出す。

 しばらく歩いていると、地図の看板らしきものを見つけた。


「ここは、アルトゥーナというのか。ペンシルバニア州?」


 どうやら、割と間違った場所にワープしてしまったらしい。

 確か、ペンシルバニア州はワシントンD.Cに近かったと思う。

 ただこれでは、政府関係者も私を見つけるのは難しいだろう。

 まあ位置さえわかれば、何とかなるかもしれない。


 地図を見ると、近くに学校や図書館があるらしい。

 人がいるなら、D.Cへの行き方を聞けるかもしれない。

 私は十五歳だし、同世代の学生に聞くのが自然でいいかもしれない。

 最悪、警察の場所を教えてもらおう。

 ポリスさんなら、何とかしてくれる気はする。


 私はまず学校の場所へ向かう事にした。

 少し歩くと、大きな建物とグラウンドが見えてくる。

 ちょうど放課後らしく、広い芝地で学生たちがスポーツに励んでいた。


 そんな脇で少年がぽつんと一人、車椅子に腰かけていた。

 他に誰もいないし、話しやすそうだ。

 私は彼に近づき、声をかけてみる事にした。


「こんにちは。きみ、ここの学生さん?」

「え? ああ、そうだよ」


 少年は頷いた。何やら、少し悲しそうだ。


「怪我をしたの?」

「ああ。試合中に足をやってね。医者にもうフットボールは続けるべきじゃないって言われちゃったのさ」

「……、そっか」


 この国でフットボールと言えば、アメフトの事だろう。

 何しろ目の前で学生たちがそれっぽい防具をつけて練習してるからね。

 詳しくはないけど、見るからに当たりの激しいスポーツだ。

 学生でも、怪我をして二度とスポーツの出来ない体になる事はあるだろう。


「じゃあ、私の質問に答えてくれたらいいものあげるよ」


 私が笑顔で言って見せると、彼は顔を上げた。


「何だい? 暇だし、わかる事なら答えるよ」

「きみ、ホワイトハウスのあたりに行ったことある?」

「ああ、あるよ」

「行き方はわかる?」

「北側にある駅に行けば、コロンビア特区に行く電車があるよ。結構かかるけどね」


 少年は駅の方向を指さした。

 やはり、移動は金がそれなりに必要そうだ。

 でも私、ドル持ってないんだよね。やっぱポリスかな。


「そっか。じゃあ警察のオフィスがある場所はわかる?」

「うん。その道をまっすぐいけばあるよ」

「ありがとう。じゃあ、お礼にこれをあげるね」


 私はバッグの中から透明な石を三つほど出すと、学生さんの包帯を巻いた脛に当てがい、そこに魔力を込める。

 すると、石がキラキラと輝きだした。

 その光は少年の足に吸い込まれていく。


「な、なんだいそれはっ。あ、足がっ……」


 少年が足を抱えると、石は溶けて消えていく。

 すると、彼は車椅子から勢い良く立ち上がった。


「た、立てる。足を動かせるよっ。何がどうなったんだ!?」


 少年はとても驚いたのか、目を丸くしながら体を動かす。

 私は慌てて彼を手で制止した。


「ああ、いきなり動かない方がいいよ。回復力を高めただけだからね」

「回復力?」

「うん、しばらくは安静にして、完全に治ったらまたフットボールをするといいよ。これからは怪我に気を付けてね」


 私はそう言って、彼に注意事項を告げた。

 そして、すぐにここを立ち去る事にした。

 ちょっと普通ではない魔法的な事をしてしまったし、目立つ前に退避だ。

 まあ、少年一人が騒ぐくらいなら大丈夫だろう。

 同い年くらいの少年がやりたいこともできなくなるのは、見ていられなかったんだ。


「あの、ありがとう!」


 後ろから、少年が笑顔で手を上げていた。


「うん、じゃあね!」


 私も手を振って、その場を離れた。

 さて、もうポリスマンたちになんとかしてもらおう。


 通りをまっすぐ進むと、Police と書かれた看板が目に入った。


「あの、すみません」


 私が中に声をかけると、警官らしき女性がこちらを見下ろした。


「どうしたの?」

「私、ワシントンD.Cに行かなきゃいけないんですけど、ちょっとお金もなくて」

「何をしに行くのかしら? あなた、名前は? どこから来たの? どこに住んでるの?」


 何やら職質みたいな感じになってしまった。まあ、そりゃ見た目的にも怪しいだろうな。

 ただ、彼女の言葉にはアメリカと取り決めた合言葉が含まれていた。だから、私は一応こちらの合図で答えてみる事にした。


「私はリナ・マルデリタです。"遠いマルデア"から来ました」

「WHAT!?」


 と、後ろで見ていた壮年の男性が言葉に反応して立ちあがった。


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