第5話 ホワイトハウスに招かれました
警察のオフィスで、私は合言葉を告げた。
すると、後ろで見ていた壮年の男性が驚いたように立ちあがる。
「きみは、マルデアから来たと言ったのか」
「はい」
私が頷くと、彼は神妙な調子でこちらを見下ろす。
「では、この問いに答える事はできるか。"我々の交流は?"」
「"空の未来をつなぐ"、ですか」
「……。間違いないようだな。ケイシー。彼女が政府の定めた重要保護指定人物だ。詳細は私も知らされていないが、丁重に扱え。私は本部に報告する」
「は、はい」
ケイシーと呼ばれた女性警官は、あわてて敬礼をする。
男性はすぐに電話をかけ、誰かに向けて喋り出した。
「こちらはペンシルバニア州、アルトゥーナ第三オフィスです。マルデアから来たという指定人物を保護しました。
ええ、桃色の髪をした少女です……。はい、了解しました。命にかえても彼女をお守りします」
何やらとんとん拍子に事が運ぶらしい。
男性警官は電話を終えると、私に一礼して言った。
「失礼しました、マルデリタ嬢。これからあなたをコロンビア特区までお送りする予定ですが、準備に少し時間がかかります。
何かあればケイシーに言ってください。私はここを出るまであなたのガードとなります」
彼はすぐに入口に立ち、銃に片手を添えながら周囲の警戒を始めた。
なんというか、この辺はアメリカっぽい感じだ。
ケイシーさんは事情がわからないようで、
「あなた、どこかの国のお姫様だったりするのかしら?」
と私に問いかけてきた。
「いえ、そういう立場ではないんですけど。まあ、一応親善大使的な感じですかね」
顎に指を当てながらなんとか説明すると、彼女は首をかしげていた。
「そうなの? そういうのって一団で飛行機に乗って来るものだと思ってたけど、違うのね」
「あはは、ちょっと特殊な所から来たので」
「特殊な所ねえ。まあ、重要保護指定って言うんだから、相当な案件よね。
そうだ、飲み物でも飲む? アップルジュースくらいしかないけど」
「あ、ありがとうございます」
ケイシーさんにもてなされながら、私たちはしばし時を過ごしたのだった。
それから二時間後。
ガチガチのでかい車が来て、私は軍人っぽい人たちに囲まれながら移動することになった。
「Let's GO!!」
「イエッサー!!」
男たちの怒号が響いていた。
そりゃもう、移動中も息も詰まる思いだった。
そしてやってきたのは、コロンビア特区。
アメリカの中枢と呼ばれる政府の本拠地である。
車が停止したのは、何やら荘厳な白い建物の前だった。
「こちらがホワイトハウスです。大統領がお待ちです。どうぞ」
うわあ、生前にニュースとかで見た場所だよ。
軍人さんが私を丁重に案内していく。
しかし、最初から大統領が出てくるとはね。もう少し警戒するかなとも思ったけど。
アメリカはある程度、開き直っているのかもしれない。
さて。これから私は、地球という星のトップとたった一人で会談、そして交渉しなきゃいけないんだ。
マルデアの上層部は、地球になんて一切興味がない。だから、全部私がやるんだ。
さすがにアメリカとの交渉だ。「こんにちは、ではさようなら」では済まされない。
何かしら、少しでも今後の交流や貿易と呼べるような形を作る必要がある。
なんか心臓に悪いよ。
私なんてあの車椅子ボーイと会談するくらいがちょうどいいよ。
どうしてこうなったんだろう。
そんなふうに思いながら、私は荷物を手にホワイトハウスに足を踏み入れたのだった。
案内されたのは、そりゃもう豪華な客室だった。ソファに腰かけて待っていると、奥の扉が開いて要職っぽい人たちがやってきた。
私のそばに立ったスーツの女性が、目の前の男を紹介する。
「マルデリタ様。彼がアメリカ大統領、ショー・ガーデンです」
「こ、これはどうも」
私が頭を下げると、大統領と呼ばれた白髪の老人は手を差し伸べてきた。
「Welcome to the earth, and welcome to the United States of America.」
『ようこそ地球へ、そしてアメリカへようこそ』
そんな挨拶とともに、私と大統領はがっちりと握手を交わした。
「あ、あはは。初めまして、リナ・マルデリタと申します。アメリカはとても素敵な所ですね」
彼のペースに飲まれてはならない。だが、挨拶なのだから相手を立てる必要がある。
私は慌てながら、ペコペコと挨拶してしまった。
すぐ頭を下げるのは元日本人の癖だ。
それを見たガーデン大統領は、ニッコリと笑って言った。
「ありがとう。ご所望なら、合衆国が誇る美しい観光地をいつでも紹介しよう。
地球とマルデアの未来のために、我々は君を歓迎したい。
長旅でお疲れだろう。君の好みはわからないが、地球上の様々な料理を用意させてもらった」
それから、派手な歓迎会が開かれ、料理が並べられた。
その中には、なんと寿司もあった。
ほんとに宇宙人の舌がわからないから、あらゆるものを用意したんだろう。
私は思い切り寿司にがっつき、ニコリと笑った。
「これ、とてもおいしいですね!」
「それはスシと呼ばれるものです。魚肉を酢飯に乗せて生で食べる珍しい料理ですが、お好みのようで何よりです」
隣についたシェフが説明してくれる。至れり尽くせりである。
「ええ、とても上品な、それでいてどこか懐かしい味です」
本当の意味で懐かしい味だった。寿司なんて、十数年ぶりだろう。
マルデアにはこんな細やかな味わいのある魚料理はない。
さて、その後。
さっそくとばかりに、私は大統領やお偉い高官たちと会談をする事になった。
大きなテーブルを囲んで、スーツ姿の大人たちが前にズラリと並ぶ。
その対面に、私はちょこんと腰かけた。
何だこの状況。
アメリカ対リナ・マルデリタじゃないか。
私はプルプルと足を震えさせながら、なんとかぎこちない笑顔を保っていた。
「今回こうしてアメリカに来ていただけたことを、とてもうれしく思う。我々は友好的にマルデアと交渉したいと考えている」
会話を進めたのはキリリとした眼鏡の白人男性だった。
こういった場では、当然外交や交渉に強い人間が前に出るのだろう。
大統領は座ってニコニコしていた。
「ええ、こちらも地球のみなさんと仲良くしたいと考えています。
まあ、うちの上層部はちょっと排他的なんですけど。
私にできる範囲から交流させて頂きたいと思います。そこで、お近づきの印なんですが」
そう言って、私は立ちあがる。
向こうは、こちらと交渉する価値があるかどうか見定めようとしているのだろう。
何しろ星同士の交流という形をとっているものの、事実上はマルデアではなく、私個人と地球の交渉である。
もちろん、私にもプランはある。
たとえ私個人でも、地球に提示できるメリットは色々あると思っている。
だがまずは私自身に価値がある事を、この場でわかりやすく教える必要がある。
「まずこちらの品を、土産物として持ってきました」
私はバッグから透明な石を二つ取り出す。
「ほう、美しい石だ。マルデアの宝石かな?」
宝石はそれだけで価値があるものだ。地球にない物質であれば、その価値は跳ね上がるだろう。
だが、これはそれだけのものではない。
「この石は、マルデアでは宝石という扱いではありません。魔石と呼ばれるものです」
「魔石?」
首をかしげる大人たちに、私は説明を始める事にした。
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