第19話 立ち上る殺気?
「真……ごめんね……真、ごめん……」
夏海は真の絵をなぞり呟く。
その様子をほっとした表情で見守りながら、研吾が言った。
「良かったよ。坂上が犯罪に巻き込まれなくて。それで……もう絵の周りでおかしなことは起きないのか?」
「……そのはずだけど」
そう答え、私は改めて考えた。
真の願いは、野崎の正体を夏海に伝えて、彼女が傷付くの阻止すること。
彼の言った二つの
「許さない」というのは夏海を傷付けようとする野崎を指し「わかってない」というのは野崎の正体を知らない夏海のことだ。
その二つが解決された今、真が暴れることはない、と思っている。
私は絵と夏海を見た。
真の自画像は、最初見た時となんら変わりはない。
でも、こうして夏海と向かい合っているのを見ると、不思議と笑っているように感じる。
あるべき場所、最も居たい場所に帰って来た……そんな幸福感が滲み出ているように。
「夏海さんと一緒にいると、楽しそうだね、真くん」
「そうですか?そう見えたなら嬉しい。私……まだ真はここにいる気がします。私と共に、私の中で一緒に生きてくれるって思うんです……」
胸に手を当て夏海は目を瞑った。
すると彼女の周りに、うっすらと光の粒子が覆い、キラキラと光輝く。
その光の出所は自画像で、研吾と漆原さんが表情を変えないところを見ると、私とヨキ以外には見えていないようだ。
真が……浄化されていくのだろうか?
私はヨキを見上げた。
ヨキは何もかもわかったように目を細め、穏やかに一つ頷いた。
やがて光が収束し、夏海の涙も引いた頃、それまで黙って聞いていた漆原さんが声を上げた。
「それで……夏海さん。あの男、野崎の件ですが……まだ恋愛感情がありますか?」
その言葉に、夏海は目を剥いた。
「とんでもない!もう、顔も見るのも嫌です!本当に……私、どうかしてた……甘い言葉にのぼせ上がって恥ずかしい……」
「仕方ありませんよ。騙すのが仕事のような奴らです。純粋で素直な人ほど狙われてしまいますから」
漆原さんは夏海を宥めるように言うと、また続けた。
「では、野崎とそのグループの情報を警察に渡すことにします。いいですね?」
「はい!それは、もちろん!振り込め詐欺なんて……最低すぎます!人間のクズです!一網打尽にしてやらないとっ!」
夏海は自画像を握りしめ憤慨した。
それは、さっきまで悲しみに沈んでいた夏海と同一人物には見えなかった。
清楚な容姿の彼女から『人間のクズ』という言葉が出たことに驚く反面、その真っ直ぐで強い言葉に胸がすく思いもする。
たぶんこれ、真の気持ちも入っているよね……と、私は心の中で大笑いした。
そうして、呪いの自画像は、遺言通り夏海の元へと帰ることになった。
夏海が自画像を丁寧に包み、確かな足取りでファミレスを後にすると、ヨキが私達のテーブルへとやって来た。
「一件落着だな」
「そのようですね」
ヨキと漆原さんは笑顔でホットコーヒーを飲み干した。
ハーブティーとともにプリンパフェを堪能していた私は、ほっとしながら、幸せ一杯の甘さを噛み締めている。
今日は沢山頭を使ったから、糖分をたっぷり補給してもいいわよね!
などと、自分勝手な解釈で更にラズベリーパイを頼もうとした瞬間、研吾が言った。
「皆さん。どうもお世話になりました。坂上を犯罪から救ってくれて、その上、絵のことまで解決してくれて……本当にありがとうございます」
「お前のためではない。夏海と真のためだ」
「もう。そんな風に言わないの!せっかく解決したんだから、めでたしめでたしで喜んでおこうよ!」
またもや食って掛かるヨキを宥めつつ、私はハーブティを一口飲んだ。
半グレ集団を警察に突き出し、一人の女子高生を犯罪から守り、非業の死を遂げた男子高生の願いを叶えたのである。
今は、仲が悪くても取り敢えず喜んどけばいいんじゃない?
と、思うわけですよ、私。
何よりも、スイーツを注文するのを邪魔しないで欲しい。
それが一番の願いである。
さて落ち着いたところで、ラズベリーパイを追加注文しようかな……と呼び出しベルに手を添えた私に今度は研吾が話し掛けた。
「芙蓉。話があるんだ」
「話?うん。どうぞ?」
とにかく先にベルを押させてください。
そして、ラズベリーパイが来てから話そうよ。
というスタンスで軽く答えたのに、研吾は厄介なことを言い始めた。
「二人だけで話したい」
その言葉と同時に、私の前と横からぐわっと殺気がたちのぼった。
ゴゴゴ……と効果音が出そうな殺気は、ベルに掛けた手を思わず引っ込めてしまうほどのものだ。
「芙蓉はお前に用はない!」
「ここで、出来ないような話なんですか?」
ヨキと漆原さん。
彼等は息もぴったりに研吾に言った。
ヨキは遠慮なく睨み、漆原さんは普段よりいい笑顔である。
その笑顔の重圧がめちゃくちゃ怖い……。
なぜ、漆原さんまで……?
私は研吾とヨキと漆原さんを順番に見て一人、震えている。
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