第18話 守りたくて、伝えたい

研吾に夏海の所在を問い合わせると、今日は委員会で、まだ学校に残っているとのことだった。

「大事な話があるから、今日絶対夏海さんを連れてきて!絶対よ!」と大声で捲し立てると、驚いたのか研吾は絶句した。

でもすぐに言葉を続け「それなら先日のファミレスで待ち合わせよう」ということになり、私とヨキは漆原さんの車で画廊を飛び出した。



ファミレスに入ると、もう二人は席に着いていた。

前回と同じ席に同じ配置。

一人多くなったことを伝えて忘れていたな、と思いながら私は二人に近づいた。


「ごめん、遅くなった!」


そう言って、私は夏海の隣に座り、やはり漆原さんは研吾の隣に座る。

ヨキは近くの二人掛けに陣取ると、研吾に睨みを利かせながら、こちらを窺っていた。


「急にどうしたんだよ。何かあったのか?」


研吾はチラチラとヨキを警戒しながら尋ね、夏海も心配そうにしている。


「うん。めちゃくちゃ大事なことがね!えっと、まず、これを見て!」


「何だ……写真?」


私は証拠写真をテーブルに置いた。

研吾が身を乗りだし、夏海も遠慮しながらそれを見る。

すると、明らかに夏海の表情が一変した。

驚愕……というのがもっとも相応しいだろうか。

私はそっと夏海の反応を見た。

何か言うのを待とう。

そう思っていると、夏海の蒼くなった唇から小さく震えるような言葉が出てきた。


「そんな……まさか……」


なんて、思わなかった?」


私の切り返しに、夏海がビクッと震えた。


「あなたは野崎っていう男と付き合っているよね?」


夏海は何も答えず、ただ、写真を見つめている。

私は構わず続けた。


「真くんは、野崎が他の女性と歩いているところを偶然見たんでしょうね。そして、あなたに忠告した……でも、信じなかったあなたは真くんとケンカをして。その後、彼は亡くなった……でしょ?」


「……」


「この写真を見て、あなたは裏切られた!騙された!と思ったかもしれない。でもね、事態はそんなに簡単じゃないの」


黙り続ける夏海に、私は例の話を切り出した。


「あなたが付き合っている野崎喬之という男は、振り込め詐欺グループの一員よ」


「……え……は?それ、どういうことですか!?」


さすがにもう黙っていられなくなったのか、夏海はこちらを向いた。


「女性に声をかけ騙し、振り込め詐欺の受け子をさせる……半グレ集団の一員。調べてもらってわかったの」


「そ……んな……」


「あなたも犯罪に加担させられていたかもしれないの!」


夏海は目の前の証拠写真をまじまじと見た。

きっと、自分が見ていた野崎とは全く違った姿だったのだろう。

一枚一枚、出てくる野崎の本当の姿に顔を歪め、眉間に皺を寄せ、やがて嗚咽を漏らした。


「酷い……」


「そうだね……酷い男だね」


夏海から漏れた一言に、私も一言返した。

しかし、夏海は首を振った。


「私……初めて出来た彼氏に舞い上がって何も見えなくなってた……ちゃんと伝えようとしてくれた真に嘘つきとか、大嫌いとか言って……真を……真を殺したのはやっぱり私だわ……私は、なんて酷いことを……」


両手を固く握りしめて、夏海は俯いた。

その手に雫が一つ、落ちて流れると、やがて堰を切ったように止めどなく流れ始めた。

前にいた研吾も、漆原さんも……。

何も言えず黙り込み、私もしばらく言葉に詰まる。

そんな私達のすぐ側に、ゆっくりとヨキがやって来た。


「お前がそう思っていても、真はそう思ってはいないぞ?」


ヨキは持ってきていた真の自画像を夏海に差し出すと、ぶっきらぼうに言った。


「ずっと一緒にいたお前ならば、真の考えがわかるはず。もしお前が真の立場なら、あの時発作が起きたことを真のせいにするか?」


「……しない。するわけない!」


夏海はぐしゃぐしゃの泣き顔で、それでもしっかりとヨキを見た。


「だろ?この絵が起こした現象も、全てはお前を思うがゆえだ。死んで尚、守りたくて伝えたい。時に人の激しい感情が怪奇現象と言う名で表に出ることもある」


「守りたくて、伝えたい……それを私は勝手に恨まれてるって思っていたんですね……」


夏海は、真の自画像を手に取った。

彼女はもう絵に怯えてはいない。

真の本当の思いを知った今、絵は恐ろしいものじゃなく、愛おしいものに変わったのだから。

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