第17話 偶然か、必然か。
「お二人は、野崎を知っているんですね?」
私は張り子の虎の如く頷き、ヨキが説明をした。
「昼間な……商店街のペットショップで居合わせたのだ……店内で揉めていたので、凝らしめてやったのだが……」
「なるほど、そうでしたか。でもまさか、この近辺に現れるなんて。凄い偶然ですね」
偶然?
本当にそうだろうか?
と、私は未だソファーに置かれたままの真の自画像に目を向けた。
何か、得体の知れない力が野崎をこの近くに引き寄せた、そんな気がしている。
その得体の知れない力は、もちろん真の強い思い。
何としても野崎の魔の手から夏海を守りたいという執念だ。
自分の世界を訪れた私達に、野崎の本性を見せたかったのかもしれない。
真の思いを感じながら、ふと視線を写真に戻した私は、そこに新たに発見をしてまた驚いた。
「ちょっと、これ!真くんじゃない!?」
私は写真をヨキに向けた。
監視カメラから取り出した写真。
女と楽しそうに腕を組んで歩く野崎の後方に、尾行するような制服の学生がいた。
俯いて、目立たないようにしていたけど、それが真であるのは明白だ。
髪型も、姿も、佇まいも。
絵の中で見た真、そのものなのだから。
「……驚いたな。こいつ、こんなところで何をしてるんだ?」
「野崎の尾行をして正体を掴もうとしてた、とか?夏海さんを説得するために」
「夏海さんの双子の弟でしたか?亡くなったという……」
漆原さんが唸るように言った。
何の背景も知らない彼にとっては、全く理解不能だと思う。
しかし、ここでも、漆原さんは得意の勘を働かせたようだ。
「そうか……あのファミレスでの会合は、双子の弟さんの死の真相を調べるための……ヨキさんと芙蓉さんは、彼の死が野崎に関係あると思うのですか?」
「直接ではないが、な。真は夏海の惚れた男がろくでもないヤツだと教えたかったのではないか、と考えている。しかし、夏海は信じず、言い争った後、真は持病の発作で病死したのだ……とな」
ヨキは包み隠さず説明をした。
真が怨みを残し地縛霊となって絵の中にいる、というのは伏せていたけど、この説明だけで、漆原さんなら簡単に理解するはずである。
「そうですか。いや、お二人は謎を追うのが本当に好きなんですね?舘野さんの件といい、いつも何かを探っているようだ」
そうですね。
好きで追ってるわけでもないんですけどね!?
と、私は微妙な顔で微笑んだ。
しかし。
絵に住む不思議な猫又に出会った時から、ひょっとすると、運命は決まっていたのかもしれない。
画廊を引き継ぎ、悩める絵の思いに触れ、それを昇華していくこと。
巻き込まれつつも、私が少しやりがいを感じていたことも、否定は出来ないのだ。
穏やかに笑う漆原さんと、訳知り顔のヨキ。
そんな二人に、私は言った。
「真くんの想いを、ちゃんと伝えてあげなきゃね!まずは急いで悪党の魔の手から夏海さんを救わないと!」
「うむ。急がなくてはならんな。不動産屋、この写真を借りても良いか?」
「はい、それは問題ありませんが……お二人は今から夏海さんを探しに?」
写真を纏めながら、漆原さんが言った。
「ぐずぐずしていたら夏海さんが犯罪に関わることになってしまう!まだ、学校にいるかもしれないから、研吾に連絡をして確認してみるわ」
夏海がそんなことになったら、間違いなく真は怨霊化してしまう。
死んで尚、夏海第一の彼なのだから。
急いで研吾の名刺を台帳から探していると、前と隣から異様な雰囲気が漂ってきた。
漆原さんは眉間に皺を寄せ、ヨキは「チッ」と大きく舌打ちし、口をへの字に曲げる。
「研吾」の名前を出しただけでこの態度……。
そんなに嫌いか!?
と、呆れていると漆原さんが言った。
「芙蓉さん。では僕の車で行きましょう!」
「……え?漆原さんも来るんですか!?」
ビックリして漆原さんを見ると、彼もビックリして私を見返した。
「行きますよ!?行くに決まってます!ここまで、足を突っ込んだんです!最後まで見届けたいじゃないですかー!……まぁ、他にも色々ありますが……」
耳がキーンとなりそうな大声で、漆原さんが叫ぶ。
普段の声も大きいのに、こんな狭い所で叫ぶなんて何の嫌がらせ?
私の耳はかなりのダメージを負い、しばらく立ち直れなかった。
「では、三人で行こうではないか。不動産屋、頼む」
ヨキがご機嫌で言うと、
「お任せください!」
と、漆原さんもご機嫌で返す。
そんな二人を怪訝そうに見つつ、私は研吾に電話をかけた。
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