第16話 謎の人物の正体
円山画廊の入り口に飛び込むと、ヨキは直ぐ様猫に戻った。
持つ者がいなくなった紙袋は、ストンと床に落ち、猫缶が散乱する。
転がり回る猫缶目掛けて、じゃれつき飛び跳ねるヨキは、嬉しさの余り我を忘れているようだ。
「にゃうーん。にゃおーん。にゃふふふふ……」
私は散らばった猫缶を一つずつ片付けながら、薄気味悪く笑うヨキを見た。
嬉しいのはわかるけど、とても気持ちが悪い。
なんて言えばいいか。
宝くじに当たった人が札束の風呂で泳ぐが如く、猫缶の海で泳いでいる……そんなイメージである。
「もう……ほら、退いてよ。片付けるよ!お客さんが来たらどうするの?」
「良いではないかー。こんな贅沢なこと、もう二度と出来ないかもしれないんだぞ?」
ヨキはもらった新商品にスリスリと頬擦りをした。
確かにそうかもしれないけど、画廊内でぶちまけられては困るんですっ!
「ダメダメ!あ、そうだ。何か食べる?もうお昼だし」
私は食べ物で釣ることにした。
すると、簡単に釣られたヨキは、不気味に笑いながら、辺りを見回した。
各種取り揃えた猫缶&新商品は、バラエティに溢れている。
ヨキはその中の一つを咥えると、こちらに持ってきた。
それは「にゃんとジュレ!ホタテ風味」という名前の新商品である。
「これ?」
問うと、ヨキはコクンと首を縦に振る。
私がスティックの開け口を切り、皿に絞り出すと、待ちかねたヨキはバクバクと勢いよく食べ始めた。
……やれやれ、やっと邪魔されずに片付けられる。
散らばった猫缶を片付けながら、私は自分もお腹が空いていたことに気づいた。
誰かが食べていると、空腹も伝搬するのだろうか?
チラリとヨキを見ると、とても美味しそうにガッツいて、私のお腹がぐぅと鳴った。
「簡単にパスタにでもするかなー……」
と、拾い集めた猫缶を裏の倉庫にしまった後、台所で鍋にお湯を沸かし始めた。
新商品を堪能したヨキは、午後からたっぷり惰眠を貪った。
しかし、私は大忙しだ。
会社のロビーに飾る風景画が欲しいとやって来たお客さんと、開店するカフェに飾る絵を見繕って欲しいというお客さん。
立て続けにやってきたのである。
そして、お客さん達が帰って暫くしてから、今度は漆原さんが顔を見せた。
「こんにちは!」
「あ、漆原さん。いらっしゃーい」
私の間延びのする声を聞いて、ヨキの耳がピクッと震えた。
応接のソファーで寝ていたヨキは、顔を上げて漆原さんを確認すると、そっと起きて裏へと消える。
そうして、たった今、裏から来ました!というように人型で登場した。
「お、不動産屋か?今日は少し遅いではないか?」
時計を指してヨキが言う。
漆原さんが来るのはだいたいがおやつ時。
お茶菓子を持ってきてここで食べる、というのがいつもの日課だ。
だけど、時計は午後四時を指している。
「ええ。ちょっと資料整理に手惑いまして……」
漆原さんは、ブリーフケースからA4サイズの茶封筒を取り出した。
応接ソファーのいつもの場所に座りながら、茶封筒の中身を出す漆原さんの眉間には皺が寄っている。
あまり見たことのない様子に、ヨキも私も顔を見合わせ目の前に座った。
「まずは調査部門が調べた坂上夏海の恋人。これは
「は!?半グレ!?」
ちょっと、話が物騒になってきた!
叫んだ私と、難しい顔を続ける漆原さんを見て、ヨキが呑気な声を出す。
「なんだ?はんぐれとは?」
「半グレ……暴力団じゃないけど、それに近いような悪事を働く人達のこと……よね?」
えらそうに語った私は、漆原さんに確認をとった。
合ってるとは思うけど、いまいち自信がない。
良くない人達だというのはわかるんだけど。
「そうです。存在があやふやなので、把握するのも取り締まるのも厄介な連中です」
漆原さんは頷いた。
「ふむ……夏海の惚れた男は、その連中の仲間だと……そういうことか。それを当の夏海は知っているのか?」
「いえ、おそらくは知らないはず。野崎は大学生を装い、女性を騙し、振り込め詐欺の受け子をさせているらしいのです」
「ふっ、振り込め詐欺!?待ってください!もしかして、夏海さんもその受け子に!?」
思わず立ち上がった私に、漆原さんは「まぁ落ち着いて」というジェスチャーをした。
いや、落ち着いてなんていられない。
呪いの自画像からの、地縛霊からの、振り込め詐欺って……それ、どんなB級映画よ……。
あまりのことに唇を震わせる私に、漆原さんは冷静に言った。
「安心して下さい。調べたところ、野崎と夏海さんは出会って日が浅いようです。三週間前に出会ったらしくてまだ踏み込んだことは何も……」
「そ、そうなんですか……良かった。いや、良くないわ!早く正体を教えてあげないと……」
そこまで言って、私ははたと動きを止めた。
……気付いてしまったからだ。
今、私が思ったように、真も考えたのではないか、と。
どこかで野崎の秘密を知ってしまった、または見てしまった真が、夏海にそれを告げようとする。
言い争っていた場面が、それなら筋が通るのだ。
真の言うことを信じずに出ていった夏海……その後、発作で倒れる真。
一瞬でいろんなことが、朧気ながらも姿を表し始め、私は呼吸と瞬きをするのを忘れていた。
「……芙蓉さん?」
「おい、芙蓉。どうした?厠か?」
厠……じゃない!!
失礼なヨキの言葉に、私はようやく視線を二人に戻した。
「ごめん。夏海さんに教えてあげなきゃね。でも、証拠がないと信じないかも……」
真の言葉を信じなかったくらいだ。
他人の私達の言うことなんて聞いてくれそうにない。
すると漆原さんが、茶封筒からまた何かを取り出した。
「証拠ならここに。他の女と手を繋ぐ野崎の写真や、クラブではしゃぐ写真。いろいろありますよ」
「……え?頼んだの今朝ですよね?どうしてこんなに早く?」
「野崎を割り出した時、ヤツの行きつけのクラブの近くに、監視カメラがあることがわかったそうで……それを……まぁ……」
漆原さんは珍しく口ごもり、視線を手元に落とした。
その様子から察するに、どうも話しにくいことのように思える。
この短時間で、夏海の恋人を割り出し、更に証拠写真まで用意するにはかなりのコネと能力が必要だ。
隠密がどんな手を使ったのか……これは、素人が踏み込んではいけないことのような気がする。
それを察すると、私とヨキは、何事もなかったようにテーブルに置かれた写真を手に取った……のだが。
「はっ!コイツっ!!」
「あーーー!!!」
ヨキと私は同時に叫び、驚いた漆原さんは目を見開いた。
「ど、ど、どうしました?」
どうしたも、こうしたもない。
写真に映る男は、昼間「アニマル郷田」で、ヨキが凝らしめた男だったのだ。
「ヨヨヨヨヨヨ……ヨキ?これ、あの……」
「うむうむうむうむ……これは、あれだな、うむ」
これ、だの。
あれ、だの。
不審過ぎる私達の言動に、漆原さんは眉根を寄せた。
しかし、そこは空気の読める男、漆原八雲。
一瞬で事態を飲み込むと、涼しい顔をして言ったのである。
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