第15話 ヨキ、放心する

「店主殿、こいつをどうする?」


と、郷田さんを振り返るヨキ。

びっくり顔の郷田さんは、強面のヨキに威圧されながらも、毅然として言った。


「あ、ああ。出てってくれればそれでいいよ。あと、二度と来ないでもらいたいね」


「うむ。それでは、放り出す前に、私のツレに謝ってもらおうか?」


そう言ってヨキは、男の腕を放し首を掴み直すと、こちらに向けた。

正面からちゃんと見ると、男はわりと若い。

大学生か、または高校生でも通用しそうである。


「ほれ!謝れ!突き飛ばしたろう?」


ヨキはぐいぐい男を押し、その苦痛に歪んだ顔を近付けられる私の顔も嫌悪で歪む。

別にもうどうでもいいから、近付けないで欲しい。

不快だから!

そう思っていると、男が折れた。


「ず……ずみまぜんでじだ……っ」


余程ヨキに強く掴まれたのか、男の声は掠れている。

未だ、こちらに向けている顔は恐ろしいが、ヨキは納得したようだ。

掴んでいた首を持ったまま店内を出ると、ポイッと放り投げる。

すると、男は綺麗な放物線を描き、呆気なく地面に落ちた。


「く、くそっ……」


腕を押さえ、こちらをジロリと見る男。

しかし、その情けない状態では怖くもなんともない。

私と郷田さんの隣でお仕置きを見ていた彼女は、狼狽えたまま、急いで男に取りすがる。

そして、素早く立たせると怯えたまま頭を下げ、男を引き摺って走って逃げた。


「いやぁ、強いねぇ。兄さん」


店内に戻ったヨキに、郷田さんが言った。


「いや、それほどでも。しかし、店主殿、とんだ災難であったな」


「ほんとだよ!まさかあんな非常識な奴が来るなんて思いもしないだろ?この子達もいい迷惑だ、なぁ?」


郷田さんは優しい目をして、ゲージの子猫達を見た。

子猫達も不穏な気配が去ったのを知ったのか、ヨキを見上げて「にゃーう」と鳴く。

同族というのがわかるのだろうか?

子猫達はキラキラした眼差しでヨキを見つめている……気がする。

なぜかヨキも得意気だ。

子猫達が慕うのを見て、郷田さんはヨキに尋ねた。


「兄さんは、いい人のようだね。円山画廊さんの従業員かい?」


「う、うむ。この芙蓉の……」


「いとこですっ!」


私は素早く口を挟んだ。

兄だと言われるとまた面倒だ。

郷田さんは、祖父鴎外を知っている。

下手な嘘はつかない方がいい……とはいっても『いとこ』というのも嘘だけど。


「そうかい。いとこさんね!そういや、円山さんはいつも猫缶買って行くけど、猫飼ってるのかい?」


「ふぁっ、あ、まぁ、あの、近所に住み着いているので、たまにお世話を……」


「へぇ!沢山食べる猫ちゃんなんだねぇ」


郷田さんの言葉にヨキが胸を張る。

何故胸を張ったのかはわからない。

沢山食べる=強くて元気ななのだろうか?

困惑気味の私を気に止めず、郷田さんはカウンターの下から紙袋に入った何かを取り出した。

そして、それをヨキに手渡した。


「これ、ほんのお礼。試供品なんだけど、近所の猫ちゃんにあげて?」


「えっ?」


紙袋を覗き込むと、そこには沢山の猫缶、そして、店の前で見た新商品が山のように入っていた。

ああ、これは狂喜乱舞するだろうな……。

そう考えた途端、ヨキがとんでもない失言をした。


「こっ、こっ、こっ、これを……私に……」


「いや、兄さんじゃなくて、猫ちゃんな?でも、人間も食えないことはないんだよ?なかなか旨いんだ、これが」


郷田さんが軽く聞き流してくれて、私はほっとした。

しかし、ヨキは半ば放心状態である。

ダメだ……これ、気を抜きすぎてそのうち尻尾がピコンと出そう。

そうならない内に、私はヨキを引っ張って退散することにした。


「ありがとうございますっ!ま、また、猫缶買いに来ますねー」


「うん。いつでも来てね。おまけするから」


ゲージで「にゃーん」と鳴く子猫達も、また来てね、と言ってるみたいに聞こえる。

しかし、それどころじゃなかった私は、黒猫に戻りそうなヨキを急いで連れて帰ったのである。

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