第14話 アニマル郷田

漆原不動産の隠密が働いている間に、私とヨキは商店街へと買い物に出掛けた。

本来なら、ヨキは残って店番をしなくてはならない。

だけど、ペットショップにも寄る、という言葉を聞いて、一緒に来ると言い出したのである。

新商品を物色したいのか、それとも、高級猫缶をねだりたいのか……。

どちらにしても、今回は財布の紐はしっかり結んで置こう、と思う私なのである。


入り口に「closed」の看板を掛け、浮き足立つヨキを従えて、古書店の角を曲がる。

すると、スパイシーな香りが漂ってきた。

近所のカフェの看板には、『本日のランチ』の下に、特製グリーンカレー!の写真があり、視覚と嗅覚両方で私の胃を刺激してくる。


「うにゃにゃー。にゃにゃーん。にゃにゃにゃーん」


ぐぅーとお腹を鳴らせる私の足元で、しなやかに歩きながら、ヨキがご機嫌で鼻歌を歌う。

これで、高級猫缶を買わないとわかれば、どんなに落ち込むだろうか……。

ガックリと項垂れるヨキを想像すると、心が痛い。

いやいや、ここはしっかりダメなものはダメ、オーナーと居候の上下関係をハッキリしておかなければっ!

そんな葛藤を繰り返しながら、私とヨキはペットショップに到着した。


商店街で唯一のペットショップである『アニマル郷田』。

悪役レスラーのような店名であるけど、歴としたペットショップである。

商店街の一角なことから、当然店内は狭いのだけど、いつも誰かしらお客さんがいて賑わっていた。

扱っている動物の数が少ないのは、飼育環境を第一に考える店主の意向だそう。

そんな店主は、お客さんにも厳しい。

ちゃんと世話を出来ない人には絶対売らない!のだ。

その確固たるポリシーが多くのペットブリーダーさん達に一目置かれ「ぜひ郷田さんにうちの子を預けたい」と思わせるらしい。

アニマル郷田の店先には、本日到着したばかりの商品が高々と積まれ、ヨキは飛び上がって喜んだ。


「おおっ!芙蓉!見てみろ!新商品だぞ!ほほぅ、缶入りではないとは。エコか?流行りのエコロジーか?」


私の体を駆け登り、頭に前足をおいたヨキ。

興味津々で商品を見るのは構わないけど、爪を立てるのはやめなさい!

と、叫べない私は、心の中で叫んだ……伝わりはしないけど。

人のいない時を見計らって話さないと、独り言を言う変な女だと思われてしまう。

なまじ近所で、顔も知れているだけに神経を使うのである。


「そうかもね。最近はおやつみたいなものも流行ってるらしいよ?中身ぐちゃぐちゃなやつ」


私は商品を手に取り、裏に書かれた表示を見た。

新商品は、大袋の中に十本のスティックが入った仕様である。

ガッツリごはん、と言うよりは、やはり軽いおやつ的なもののようだ。

私が商品を戻そうとすると、ヨキが袋に鼻先を寄せて匂い、不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「旨そうな匂いがするが……ぐちゃぐちゃ……とはどういうことだ?」


「えーとね、粉砕されたゼリー?みたいな感じかな」


「……お前……最初からそう言え。ぐちゃぐちゃでは良く伝わらんではないか」


ヨキは呆れて私の額をポンッと叩いた。

え?間違ってないと思うけど?

理不尽な思いを抱えながら、商品を棚に戻そうとしたその時。

何かが肩にぶつかり、よろけた私の体は商品棚に突っ込んだ!


「きゃ!」


「芙蓉っ!」


あと少しで激突する!?という刹那、ふわりと体が重力に逆らう。

見ると、人型になったヨキが、私の体を間一髪で抱え込んでいた。


「ご、ごめん!ヨキ……」


「いや。お前は悪くない。さっき店内に入った男の肘が当たったのだ」


「そうだったの……私邪魔だったのかなぁ……」


よいしょと体を起こし、ふと呟いた。

でも、それなら「退いて」と声を掛けてくれたらいいのに。

モヤモヤしながら、店内を覗き込むと、ヨキが憤慨して怒鳴った。


「いや、だから!お前は全く悪くないのだっ!男と女の二人連れが戯れつつ入ってきおって、その時、大袈裟に動いた男の肘がお前に当たった……ということなのだ!」


「う、うんっ。わかった!ごめん、いや、ありがとう!」


「うむ!全く、最近の若い者は、なっとらん!いっちょ、私が凝らしめてきてやろう」


頑固ジジイの如く、ヨキは腕を組んで凄む。

ハッキリ言って、今のヨキほど怖い人を私は見たことがない。

一体どんな戦場を駆け抜けて来たんですか?と、問いたくなるくらいの風格である。


「もういいよ。ケガもなかったし、ヨキが助けてくれたし……」


「馬鹿め!今回は私がついてきていたから事なきを得たのだ!いなければどうなっていたかっ!」


怒り心頭のヨキは、もう私の返答など待たず、ツカツカと店内に入り込んで行く。


「えっ!待ってよ!ヨキっ!」


その後を、私も必死で追った。

止めなければ!

カッとなって、刃物を取り出せば、通報されてしまう!

警察沙汰は勘弁してー!


「……ヨキっ!ま、まっ、ブフッ」


早足だったヨキはいきなり立ち止まり、私はその背に思い切り突っ込んだ。

そう高くもない鼻だけど、正面からぶつかると結構痛い。

ダメージを負った鼻を擦り、何事かと、ヨキを窺った。

すると、子猫のゲージの前で、店主の郷田さんと、男女のカップルが言い争っている。


「どうしたの?」


「さぁ。何やら揉めているようだが……」


私はヨキの袖を引き、商品の棚を回り込んで、話を盗み聞きした。


「うるせぇな!こっちは客だぞ!?ぐたぐだ言うなよ!」


カップルの男が怒鳴ると、


「客?あんたみたいな客はこっちからお断りするね!タバコを吸いながら入ってくるなんて、非常識にもほどがあるっ!」


店主の郷田さんが物凄い剣幕で応酬した。

その場面だけで、何が起こったのかは推測出来る。

カップルの男がタバコを消さずに店内に入って来たのを、郷田さんが咎めているんだ。

犬や猫の体に煙は良くない。

他の生き物にだって、良くないはずだ。


「ふん、煙吸ったくらいじゃ死んだりしないだろ?」


「あんたね、人間でも煙で死ぬんだよ?小さい子達ならなおさら弱いんだ!こんな常識もわからんのかね。もう、帰ってくれないか!」


尚も続く言葉の応酬に、一緒にいた女性もオロオロして「もう帰ろうよ」と、男を引っ張っている。

しかし、彼女の前でみっともなく叱られたのが悔しいのか、男は郷田さんに掴みかかった。


「このっ!くそジジイが!」


その言葉と、後ろにいたヨキが飛び出すのは殆ど同時だった。

鮮やかに羽織を翻し、郷田さんの前に出たヨキは、男の伸ばした腕を掴んでギリギリと締め上げる。


「この青二才が。己の未熟さを棚に上げ、手を上げるとは!先程は、私のツレを突きとばして謝りもせず……恥を知れ!」


「くっ!くっそ!放せ!」


男は痛みに顔を歪めながら、尚もヨキを睨み付ける。

その顔立ちは、ホッソリとして上品であったけど、残念ながら中身は下品。

ここまで、中と外の違いがあるのも珍しい。

修羅場の中、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

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