第11話 真の世界

ヨキは、思案を巡らせる私の腕の中から飛び降りて、遠くのモニターへと歩いていく。

ドーム型になったモニターの端の方。

そちらが気になったようだ。

今は出来るだけ情報を取得することが最善、ということだろう。

私もヨキにならい、反対方向へと歩を進めた。


折角向こうまで行くんだし、細かく順番に見て行こう。

何か手掛かりがあるかもしれない。

私は歩きながら、モニターをチェックした。

相変わらず、夏海メインは変わりない。

笑顔の夏海、怒る夏海、呆れる夏海、膨れっ面の夏海、夏海、夏海、夏海……。

どれだけ好きなんだろうと、怪しむほどの量である。

いい加減イラッとして目を伏せた瞬間、背後で声がした。


「わかってない」


「えっ!?」


振り向くと、そこには誰もいなかった。

どうしてヨキと別れた途端、いつも怖いことが起こるのだろう。

私は溜め息をつきながら、今後の展開を考えてみた。

多分、セオリー通りなら、次は背後にいる。

振り向いてビックリ!というパターンなのだろうけど、そうそう驚いていても芸がない。

私だって学習する。

幽霊や妖怪に遅れをとってなるものかーと意気込んで振り向いた。


「あ、れ?」


誰もいない。

完全な肩透かしである。

……いやいや、これは私を油断させるための罠なんじゃ……。

そう思った時、横に何かが並んだのを感じた。


「わかってないんだ」


声がした方にゆっくり顔を向けると、そこには、青白い顔の真が立っていた。


「な、何がわかってないの?」


思わず尋ねた。

すると、真は淀んだ眼でこちらを見て、それから一つのモニターを指差した。


「あれを……見ろと?」


真は何も言わなかった。

ただ、指差して凝視する、それだけだ。

彼の指差したモニターは、端の下の方にあり、言われなければ気付かない位置にある。

それは意図して『隠しておきたいもの』のようにも思えた。

でも、わざわざ出てきて、見ろと言うのだから、真にとって意味のあることに違いない。

私は少し屈んでモニターに近づいた。

映っているのは、やはり夏海である。

ただ、制服が今日見たものと同じで、髪の長さも一緒であることから、つい最近の出来事だと推察した。

夏海はスマホを握りしめ、しきりにこちらを向いて怒っている。

音声がないので、良くわからないけど、真に対して激しく憤っているようだ。


「何をそんなに怒ってるのかな……」


「だから……わかってないんだ」


いつの間にか、また隣にいた真は、モニターを見ながら呟いた。


「さっきからそればっかり。もっとわかりやすく言ってくれればいいのに」


ツンとして言い返したけど、それが叶わないのは承知している。

彼ら(霊)は、言いたいことしか言わない。

何度目かの邂逅で、私はそのことを学んだのである。


「わかってない、か。一体誰が何をわかってないんだろうね。で、君は私にどうして欲しいのかな……うーん、理解不能です……」


独り言のように呟いた途端、背中に何かがぶつかってきた。


「痛っ!」


弾力があるその何かは、私の背中を爪を立ててよじ登ると、頭の天辺で鎮座した。


「こんなところで当人とお喋りとは」


「ヨキ……もう!爪を立てないでよっ」


「おお、悪い悪い。で、何か吐いたか?」


ヨキは真を見て言った。


「それがね……《わかってない》の連発で何が何だかさっぱり」


「ふむ。わかってない……か。ん?」


ヨキはモニターに視線を移した。

私も何気なくモニターを見ると、映像の中で思わぬ出来事が起きていた。

憤る夏海がリビングのドアを出ていった後、グラッと映像が揺れた。

そして、ストンと視線が下に落ちると、やがて、床しか写さなくなったのである。

撮影しているカメラが落ちた……見ているとそんな感じだけど、そうじゃない。

これは真の視点なのだ。

つまり、この瞬間に真は倒れたということに……。


「ヨキ!!もしかして、この言い争いが原因で真は亡くなったとか?ショックで発作がおきて……」


「……可能性は高い。つい最近の映像のようだしな……これを見ろと教えたのなら、重要なものがここにあるんだろうよ」


「うん。でも、わかってないってどういうことだろうね?夏海さんとの言い争いが原因で死んだのに、それを本人なつみがわかってない……てことかな?だから、許さないとか?」


とは言ったものの、とてもそうは思えない。

夏海メインのメモリアル映像館を作り上げるほどの真が、例え間接的に夏海に死の原因があったとしても、それで許さないなんて憎むだろうか?


「筋は通る……だが、単純すぎるな」


「私もそう思う。わかってない、って言うのは、別のことを指してる気がするんだよね」


私とヨキの見解はほぼ一致した。

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