第7話 ファミレスにて……

次の日。


私は早速研吾に連絡をとった。

坂上夏海から詳しい話を聞くためには、知っている人物に繋ぎを取ってもらうのが近道である。

案の定、研吾はすぐに段取りを整えてくれて、放課後、学校近くのファミレスで待ち合わせになった。


……だが、しかし。


私が一人で研吾に会うのが気に入らないヨキは、早々に漆原さんを巻き込んだ。

黙って漆原不動産に連絡をすると、待ち合わせ時間を告げ、漆原さんを呼び出したのである。

ヨキから連絡を受けた漆原さんは、二時半ちょうどに現れて、溢れるような笑顔で「お待たせしました!」と言った。

こんな笑顔で来た人に「帰れ」なんてとても言えず、私は仕方なく乗せて行ってもらうことにしたのだ。


それにしても、ヨキはどうしてここまで研吾を嫌うのか。

私に何かをしたわけでも、ヨキが何かをされたわけでもないのになぁ……と思ったけど、よく考えてみれば、好き嫌いは人(猫)それぞれ。

気難しいヨキなら、匂いが嫌いとか雰囲気が嫌いとか、生理的に受け付けないという理由もありそうだ。

特に私としても、その理由についてヨキに尋ねたりはしない。

何にせよ、心配してくれてることに変わりはないからだ。


留守番をヨキに任せ、約束の時間の一時間前に、私と漆原さんは目的地へと向かった。

研吾の勤める学校『私立徳英学園』は中高一貫校の名門だ。

私も一度採用試験で行ったことがあったので、近辺の地理は把握している。

近くのファミレスと言われてすぐにどこかわかったほどだ。


「あっ、ここですよね」


一時間弱、喋り倒していた漆原さんが、ハンドルを切る。

窓の外を見上げると、白地に黄色の文字の看板が目に入った。


「あ……懐かしい」


「来たことあるんですか?」


「はい。一度だけ」


採用試験の帰りにケーキを食べに寄ったなぁ。

私の記憶は鮮明に甦った。

なかなか手応えが良かったので、浮かれてつい沢山食べてしまったけど。

……結局は不採用だった、という悲しいオチがある……。

複雑な思いで看板を見上げていると、漆原さんがスマートに駐車した。

軽自動車が多いファミレスに、ウン千万はするはずの高級車。

その場違い感には軽く引く。


「漆原さん。話が見えないと退屈じゃないですか?なんならどこかで時間を潰しても……」


私は漆原さんに言った。

ヨキに頼まれたとはいえ、概要はわかっていないはず。

無理にいるのも苦痛かな?と気を利かしたつもりだったけど、漆原さんは豪快に笑って反論した。


「そんなことありません!芙蓉さんのお供を退屈だなんて思うわけがない!さぁ、行きましょうか!」


「え、ええ。はい。じゃあ……」


さすが、若くして社長になるような人は、凡人とは違う。

他人を上げつつ、その上で、有無を言わせぬ実行力を行使する。

私も見習わなくてはならない!

ヨキに言われるまま、猫缶を買っていてはナメられる!

次は漆原方式を試してみてもいいかも?と、珍しく素直に考えていた。


ファミレスに入ると、奥まった隅のテーブルに、研吾と制服を来た女生徒の後頭部が見えた。

私を入口に見つけた研吾は、笑って立ち上がり手を振る。

私も軽く手を上げて近づいた。

しかし、近付くにつれ、研吾の表情はどんどん変化していったのだ。

笑顔から微笑に。

微笑から首を傾げ、そして、眉間にシワを寄せる。

視線が私の背後にあったことから、それが漆原さんのせいなのは間違いない。

知らない人が来たから、びっくりしたのだろうか?

一旦そういうことにしておくと、私は研吾に言った。


「お待たせ。ええと、こちら、漆原さん……画廊に良く来る人で……」


前にも思ったけど、漆原さんを紹介する上手い言葉が見つからない。

そうして、まごまごしてる間に漆原さんが自己紹介を始める毎度のパターンが始まった。


「漆原八雲といいます。ヨキさんと芙蓉さんにはいつもお世話になってまして、今日も芙蓉さんのお供で、ご迷惑と知りつつ、押し掛けてしまいました。あ、これ、名刺です」


慣れた言葉に慣れた手付きで、漆原さんは研吾に名刺を渡した。


「漆原不動産……社長。社長!?」


「はい。お部屋探しの用向きがあれば、是非。あっ!学生さんにも渡しておきますね!大学進学、就職、結婚の際には思い出して下さい!」


目を丸くした研吾を尻目に、漆原さんは女生徒にも名刺を渡した。

恐らく、彼女が坂上夏海だ。


「あなたが、坂上夏海さん?」


「あっ、はい!」


夏海は漆原さんに貰った名刺を握り締めながら、私を見上げた。

長い髪を耳の後ろで一つに結んでいて、今時の子にしては飾り気のない清楚な印象である。

真とは、二卵性であるからか双子だけどそっくりではない。

でも、意志の強そうな眉と目元が良く似ていた。


「こんにちは。私は円山芙蓉といいます。ごめんね、急に話を聞きたいなんて」


そう言うと、夏海は畏まって体をこちらに向け軽く頭を下げた。


「いいえ。大丈夫です。あの……織井先生に聞いたんですけど、弟の絵を預かってくれてるんですよね?ご迷惑をお掛けしてます」


「あ、それ知ってるのね。そっか……」


私は頷きながら夏海の隣に腰を下ろし、漆原さんも研吾の隣に移動した。

話の前に、オーダーをしなければ店に悪いだろうと、メニューを開き前を向く。

すると、目の前におかしな光景が飛び込んで来た。


「ぶっ!」


「え?何かおかしいですか!?」


漆原さんは驚いた顔をした。

……おかしいも何も。

大人の男二人が、前の席でぎゅうぎゅうのギチギチに詰まっているのだ。

私が自然にこちらに座ってしまったから仕方ないんだけど、その絵面はかなり笑える。

研吾も小さい方ではないし、漆原さんに至っては背も幅も欧米人サイズなので、普通の四人掛けのテーブルでは確かに狭い。

座る場所を変えようか、と一瞬考えたけど、面白いので放っておいた。


「い、いえ、別に。漆原さんは何にします?」


「僕は芙蓉さんと同じもので!」


漆原さんは、ぎゅうぎゅう詰めにも拘わらずにっこりと微笑み、反対に研吾はゲッソリと迷惑そうにしている。

私は、含み笑いをしながら視線をメニューに落とした。

少し小腹が空いたので、ケーキでも食べようかなと物色する。

しかし先に来た二人は、コーヒーとアイスミルクティーしか頼んでおらず、ここでケーキを食べる……という選択は大人としてどうなのか……。

仕方ないあきらめよう、と心に決めた途端、漆原さんが思わぬことを言い出した。


「あ!すみません。やっぱりモンブランが食べたいです。飲み物はアイスティーで。そうだ!みなさんもケーキ食べませんか?ね?芙蓉さんも食べますよね?」


「えっ!あ、うん。そうね。じゃあ、私、《抹茶のフロマージュ小豆を添えて》にしようかなー、夏海さんも頼むでしょ?」


この波に乗れ!

と、私の胃袋が叫んでる!


「あ……え、でも……」


「若い子が遠慮しないの!ね?」


心置きなく(私が)ケーキを食べられるように、どうか協力して欲しい。

そう目で訴えると、夏海は理解したように破顔し頷いた。


私達の様子を見た漆原さんは、研吾にぐいぐいメニューを押し付け、笑顔の圧力で頼めと脅す。

やがて根負けした研吾がチーズケーキを指差すと、私は意気揚々と呼び出しベルを押した。

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