第4話 まさにグッドなタイミング?
依然として、円山画廊には険悪な空気が渦巻いている。
ヨキと研吾は互いに何らかの思惑を抱えながら、視線で火花を散らしていた。
「あの……さ?問題は絵のことよね?それなら、暫くの間、預かってもいいけど?」
「芙蓉!?」
今度は仰天したヨキが私を凝視した。
そんなヨキをまぁまぁと制して、私は研吾に向き直った。
「取り敢えず、今日絵は置いていっていいよ。でも、暫く預かるだけ。うちも小さい画廊だから手狭だし」
ヨキの機嫌が悪くなるからね、と心の中で付け足す。
すると、研吾の表情がぱあっと明るくなり、反対にヨキの眉間のシワは増えた。
「すまない!そうしてもらえると助かるよ」
「でも、心霊現象を解決出来るとは限らないからね!過度な期待はしないで下さい」
とは言え出来るだけのことはしてみるつもりだった。
きっと絵を描いた男子生徒は、何かしらの強い想いを絵に込めたに違いない。
それを解明すれば、自ずと心霊現象は止むはずなのだ。
だけど。
それには、隣で猛獣の如く静かに牙を剥くヨキを宥めなくてはならない……。
これ以上、ヨキの機嫌を悪くしないためには、さっさと研吾に帰ってもらうに限る。
「わかってるよ。美術館へ行ったのだってダメ元だったんだ。寧ろ、なんとかしてくれようとしてくれて感謝してる。あ、これ、俺の電話番号……聞きたいことがあったら……」
研吾は上着のポケットから名刺を取り出し、私に手渡した。
「はい。じゃあお預かりします。返却時にはご連絡しますので……」
「あ、あの……それで、芙蓉……」
早く帰って欲しくて、事務的に処理しようとした私に、研吾は慌てて話しかけた。
すると、隣のヨキが身を乗りだす。
え?何だかわからないけど、これは……一触即発!?
どうしよう!と、焦った途端、画廊の入り口が開く音がした。
「こんにちはーー!……あれ?芙蓉さん?ヨキさん?いないんですか?」
呑気な大声……。
確かめなくてもわかる、漆原さんだ。
その声を聞いたヨキは、体を反らせて手を上げ、衝立からヒラヒラと振る。
「ここだ!不動産屋」
「なんだ。そんなところにいたんですね……あ、すみませんお客さんでしたか……」
衝立を覗いた漆原さんは、研吾を見つけると申し訳なさそうな顔をして、そっと体を引いた。
「いいんだ、いいんだ。御客様はもうお帰りだそうだ、な!?」
有無を云わせぬヨキの眼力にビクッと身を震わせると、研吾は反射的に頷いた。
この眼力に耐えられるものがいるとすれば、それこそ女郎蜘蛛クラスの大妖怪に違いない。
普通の人間である研吾には到底無理な話だ。
「あ、そうなんですか?僕邪魔したのかと思って……」
「何を言う。グッドタイミングだ!不動産屋!まさに、グッドなタイミングだったぞ!ワハハ」
ヨキは嬉しそうにソファーにふんぞり返って笑った。
何がそんなに楽しいんだか……。
呆れ返る私の前で、研吾が席を立った。
「……じゃあ、芙蓉。悪いけど頼む。何かあったら連絡して……」
「うん、わかった」
軽く頷くと、研吾は力なくドアから出ていった。
さてと……絵をどうしよう。
画廊に飾って置くのも怖いし、自宅に持ち込むのはもっと怖い。
ヨキに相談してからにするか、と横を向くと、そこには漆原さんが座っていた。
「わっ!う、漆原さん!?びっくりするじゃないですかー!いつの間にヨキ……兄さんと交代したんです?」
近くにヨキの姿はなかった。
多分、漆原さんが持ってきてくれた甘味を堪能するために、お茶を淹れに行ったのだと思う。
「芙蓉さん!!」
「え!あ、はい!何か?」
漆原さんは、持っていた甘味の紙袋をドンとテーブルに置き、ぐぐっとこちらに詰め寄った。
私の前には大きな影ができ、熊に襲われたハイキング客のように身動きがとれなくなった。
「今の人、芙蓉さんを『芙蓉』と呼んでいましたが……どんな関係です?」
「ど!?……どんな関係……え?いや、ただのお客さんですけど……」
「……ただのお客さん?」
漆原さんはうーん、と唸った。
一体どうして、研吾のことを聞きたがるの?
呼び捨てにするくらい、どうってことないじゃない?
私だって、呼び捨てにするし。
「不動産屋。あれは芙蓉の元カレなるものだ」
煎茶を三つお盆に乗せて、ヨキが裏から戻ってきた。
あれ?私、ヨキに研吾が元カレだって説明したっけ?
不思議に思っていると、漆原さんが呟いた。
「もとかれ。モトカレ……元カレ!?」
……どうして三回言ったの?
私に付き合っていた人がいたことが、信じられないかっ!?
それほど、モテなさそうなのか!?
私は失礼な漆原さんを睨み、そして、低い声で言った。
「すみませんね……付き合ってる人がいそうになくて……」
「い!?いえ!そうでなく、そうでなくてっ!」
そうじゃないなら何なのだ!
ギリリと睨む私の前で、漆原さんは狼狽える。
ヨキはそんな私達の間にズイイッと割り込むと、何かを口に押し込んできた。
「まぁいいじゃないか!ほれ、かりんとう饅頭を食え!旨いぞ!」
「フゴッ!」
「モガッ!」
「な?旨いだろう?」
ヨキは満面の笑みだ。
かりんとう饅頭を押し込まれた私と漆原さんは、互いに顔を見合わせた。
あれっ?何のことで怒っていたんだっけ?
それすらも忘れてしまうほどの旨さに、私の頬は緩みまくり、思わず叫んでしまった。
「うーん!美味しーい!甘ーい!しーあわせー!」
「良かった!芙蓉さん、餡と黒糖が好きだって言ってたから……」
「すごい!良く覚えてますね?そうなんです!餡や黒糖には目がなくて……昨日のどら焼もとても美味しかったです!」
「そうですか!これくらい、いつでも用意しますよ?こうやってお邪魔させてもらってるんですから」
漆原さんはにっこりと笑った。
「ふっ、それだけではないだろうがな」
目の前のヨキが、三個目のかりんとう饅頭を手に呟いた。
それはどういう意味?と、問いかける前に、漆原さんがかりんとう饅頭の菓子折りを差し出してきた。
「どうぞ!もうおひとつ!」……その言葉には魔力があった。
私の手はふらふらと誘われるまま、二個目のかりんとう饅頭を摘まんでいたのである。
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