第15話 苦労して走れ!
山吹さんが運ばれる予定だったのは、ギャラリー湯川。
だとすると、後の二枚はそこにあるはずだ。
「ヨキ。ギャラリー湯川だよ。そこに呪いの樹海の絵がある」
「……そうか。しかし……」
私からギャラリー湯川の名を聞いて、ヨキは溜め息をつき、そして言った。
「結局、そこに行かねばならなくなったな?」
「あ……」
そうだ。
今回は動き回らなくて幸運だったわ、なんて浮かれてたのにね。
世の中、楽していい結果は得られない。
……苦労して走れ!ということか。
覚悟を決めた私は、ヨキに向かって明るく言った。
「そうだね!でも、これで漆原さんの本当の居場所がわかったんだから、遠回りじゃないよ!最短の最善と思わなきゃ、ね!」
「フッ……芙蓉。お前のそういうところは、愚かであるが、同時に眩しいな」
相変わらず、いいのか悪いのかわからないことを言いながら、ヨキは私の頭から、肩へと移動した。
そして、絵の外へ出るべく妖力を放とうとした……その時、長義さんが止めた。
「猫又よ、待て」
「何だ!?退治屋!時間が惜しいのだ。話なら後で聞く!」
「そうではない。私と山吹も連れていけ」
「……なんだと?」
長義さんと山吹さんは、互いに顔を見合わせると真剣な表情でこちらを見た。
連れていけ、と言われてもどうやって?
まず考えたのはそれだった。
妖怪界隈の超有名所、女郎蜘蛛と、妖怪や邪悪なるものの天敵である退治屋さん。
確かに、この二人がいれば鬼に金棒、負ける気がしない。
でも、連れていく方法がわからない。
画廊内というヨキのテリトリーにあれば、移動は可能だけど、距離の離れた場所にある絵の中に、数人を連れていくのは恐らく無理だ。
同一室内に絵があれば別だろうけど、そうするには二枚の絵を担いでギャラリー湯川まで行かなくてはならない。
それはちょっと現実的ではないし、そんな時間もないと思う。
横を見ると、ヨキも困ったような表情をして、長義さん達を見つめている。
すると、山吹さんが自信たっぷりに言った。
「何を案じているのか知りませぬが、この女郎蜘蛛山吹、天下に名を馳せた大妖怪。ひとたび現し世に出れば皆を抱えて一瞬で千里を駆けまするぞ?」
「えっ?絵から出て、動けるんですか?」
私は呆然として尋ねたけど、すぐにあることを思い出した。
長義さんの言葉を、だ。
山吹さんは自らの不思議な力で絵の中に入った。
それは近くにいた長義さんをも巻き込んだ強大な力である。
とすると、また出たりするのも本当は可能だったのではないか?
「何千年も出ておりませんけどね?大丈夫だと思いまする!」
「ということだ。私達としても、何か礼をしたいと思っていたのだ。さあ、急ごう!」
相好を崩す二人を見て、ヨキと私は頷き合った。
怨霊がいくら強くとも、これで負ける確率は極端に低くなった。
後は、ひたすら漆原さんの悪運を信じるのみ!
鬼(山吹さん)と金棒(長義さん)が仲間に加わり、私達は始末記から揃って飛び出した。
「まぁ、長義殿!世界は大きく変化を遂げたのですねぇ!」
山吹さんは画廊を見渡し、感嘆の声を上げた。
絵の中から見る
私は絵の中から外を見たことはないけど、山吹さんの反応から、そっくり同じではないのだと推察した。
「そうだな。だが、山吹。今は一刻を争う時。好奇心を抑えるが良い」
はしゃぐ山吹さんを長義さんが窘めた。
「はっ!そうでしたわね!畏まりましてございます!では、皆々様、少しお下がり下さい」
長義さんが私とヨキを下がらせるのを見て、山吹さんは着物の裾をフワリと翻した。
すると、部屋の中であるのに突風が巻き起こり、山吹さんの体をつつむ。
あまりの風圧に暫し目を閉じ、止んだ頃に開けてみると……なんとそこには全長二メートルほどの山吹色の大蜘蛛が居た。
良かった、私、蜘蛛苦手じゃなくて……。
「ささっ、皆様。お早く背に!」
蜘蛛からは、山吹さんの艶やかな声がした。
前の脚で誘うように呼んでいるけど、あまりにも大きすぎて躊躇してしまう。
それを見て、長義さんが私を担ぎ、ついでにヨキも小脇に抱え、山吹さんの背に乗り込んだ。
「暫く窮屈だが我慢せよ。振り落とされるよりは良かろう?」
「は、はぃ。落ちたくはないです」
長義さんに担がれて、私は力なく答えた。
「女郎蜘蛛の背に乗った猫又は私が初めてだろうな。複雑だ……」
それなら、女郎蜘蛛の背に乗った初めての人間である私も大概複雑なんですけど?
と、ヨキの言葉に脳内でツッコミながら、初動に備えた。
きっと、山吹さんは恐ろしいスピードで駆け出すに違いない。
なんせ脚が八本もあるんだもん。
「場所は気配を辿ればわかりますので、案内は無用!では、いざ、参りますっ!」
山吹さんは妖術か何かで、勢いよく入り口の扉を開けると、一直線に外へと飛び出した。
真っ昼間の商店街に、大蜘蛛に乗った女と猫を担ぐ平安公達。
こんなもの見られたら大事件になる!?と思っていたけど、すれ違う人は誰一人として見向きもしない。
これも、山吹さんの妖術なのだろうか。
私がそんなことを考えている間に、山吹さんは一気に地面を蹴り、あり得ない跳躍力で空へと飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます