第14話 山吹の方
気づくと、そこはさっきいた屋敷の延長のような世界だった。
三角形になった私達は、そのままの体勢で辺りを見回す。
すると、後ろで何やら物音が聞こえ、長義さんがあっ!と叫んだ。
「山吹……か?」
「まさか……長義殿!?」
振り向くと、そこには絵と同じ唐衣を着た艶やかな女性が、扇を取り落としたまま呆然としている。
「なんと……これは、夢か幻か……」
山吹さんはそう呟くと、思い出したように扇を拾い、キッと長義さんを睨み言った。
「こ、ここにやって来るとは、執念深いこと。まだわたくしを退治なさろうと……」
「違う!」
長義さんは山吹さんの前にツカツカと歩みより、後ずさるその肩を掴んだ。
その瞬間、山吹さんの頬がポッと朱に染まる。
ああ、やっぱりそういうことね。
私は自分が感じていたものが正しかったと悟った。
「違うのだ、山吹。もう私にはそんな気はない。長い間、絵からお前を見てきた。だから、これからもずっと……見ていたい……のだ」
「長義殿!?そ、それはもしや……」
「どうやら、惚れてしまったらしい」
照れる長義さんの言葉を聞いて、山吹さんは花が咲いたように笑い、何度も何度も頷いた。
「わたくしも……同じでした。それを伝えられぬのがもどかしく……分かたれてしまったことももどかしく……でも、今は、天にも昇る心地が致します!」
涙をひとすじ流した山吹さんを、長義さんは優しく抱き締めた。
「おい。様子がおかしくないか?」
ヨキは私の肩に乗ると、耳元で呟いた。
「おかしくはないわよ。ただ、思ったより二人は仲良しだ、と言うことね」
永遠の敵として、何世紀も睨みあったまま過ごしてきた二人。
他者を介さないこの世界で、いつしかかけがえのない絆が芽生えたのかもしれない。
妖怪と人。
しかも、敵同士。
だけど『時』というものは、得てして憎しみや怒りを浄化する。
浄化された後に残るのは本質。
それは、二人の純粋な想いに他ならない。
「……敵ではないのか?そう言っていたではないか」
事態を理解しないヨキは、不満げに質問を返す。
あまりに疎い猫又に、仕方なく私は説明した。
「……うーん。あのさ、例えばね?仲が悪かった者同士が、目一杯ケンカして、これでもか!ってくらい殴りあった後、笑って仲良くなるっていうドラマとかあるじゃない?それと同じよ」
「……全くわからん。殴り合った後、何故仲良くなるのだ!馬鹿なのか?」
「馬鹿って……人間の世界には《昨日の敵は、今日の嫁》っていう諺があるの!」
あれ?なんだか少し違う気がする……?
でも、綺麗に纏まったので良しにしよう。
未だ理解不能でブツクサ文句を言っているヨキを置いて、私は長義さんと山吹さんに近付いた。
「長義さん、山吹さんと会えて良かったですね!」
「ありがとう。しかし、芙蓉殿には謝らねばならぬ。よもや会えるとは思ってなかったゆえ、山吹を悪い妖怪のように語ってしまい……謀るような真似を……」
長義さんは頭を垂れ、山吹さんも申し訳なさそうにこちらを見た。
「いえいえ、途中からなんとなーくわかってました!」
「私は今も理解できんのだが!?」
自信満々で言った私の頭の上に、憤慨したヨキがのし掛かる。
若干爪も立てていて、頭皮がキリキリと痛い。
「まぁいい。敵でも嫁でも関係ないわ!それで、だ。女郎蜘蛛よ。不動産屋はどこだ?」
「ふどうさん?」
ヨキの言葉に山吹さんは首傾げた。
あ!そうだ!私達漆原さんを、探しに来たんだった!……って、こんなこと口に出して言うと、またヨキに呆れられる。
私は言葉を呑み込み、ヨキと山吹さんのやり取りを静観した。
「体が無駄にデカくてな、声もデカくて……とにかくやたらとデカい人間の男だ?捕らえたのだろう?」
「人間の男?いいえ。わたくしは、長義殿と出会ってから、男など捕らえたりしておりませぬ」
山吹さんは不安げに長義さんを見る。
そんなことはしていない、信じて欲しい……山吹さんの表情はそう語っていた。
すると、長義さんはスッとヨキと山吹さんの間に入って言った。
「猫又よ。山吹ではない。長いこと見ていたからわかるのだ。山吹はもう人は襲うまい」
私もその長義さんの言葉には賛同した。
彼が前に言っていたことを思い出したからだ。
『妖怪というものは、本質として、悪さをするように出来ている。しかし、悪さをせずとも生きてはいけるのだ。それは、悪さに変わる楽しみがある場合に限るのだがな』
悪さに変わる楽しみ。
山吹さんにとってそれは、長義さんと睨み会う……いや、見つめ合う時間なんだろう。
そして、長義さんも同じだ。
「それなら、不動産屋はどこだ?本当に失踪か誘拐か……現実の事件に巻き込まれているのか?」
ヨキは私の頭から飛び降り、考えを纏めるようにウロウロと歩き回った。
山吹さんがやってないとすると、それこそヨキの言うように、謎の失踪としか考えられない。
漆原さんの件に関しては、完全に振り出しに戻ってしまった。
「あっ!そういえば、わたくしの近くに、邪悪な気配がする絵がございましたわ!」
「何?山吹、それはまことか!?」
山吹さんは扇を口に当て、真剣な眼差しで頷いた。
「あれは、妖怪ではありません。彷徨う怨霊の集合体が絵にとり憑いている、そのような感じでしょうか」
「その絵が漆原さんに何か関係が?」
私は尋ねた。
「大きな人間の男……と言いましたわよね?わたくしの絵の前を通過するのを見た気がします。でも、その先でフッと消えたのですよ」
「違う絵に捕らえられたと言うことか!?」
徘徊していたヨキは、ダンッとジャンプをすると、また私の頭に乗った。
だから……爪を立てないでよっ!
「恐らく。しかし、急いだ方がよろしいですわ。あれは、とり殺す類いのもの。そうやってどんどん仲間を増やして行くのです」
「くそっ!その絵はどこにある!?」
「私、わかるよ」
そう言うと、全員が私に視線を集中させた。
「芙蓉!本当か!?」
私は自信たっぷりに頷いた。
あの時、藤山美術館で見た山吹さんの絵の近くにあったのは、二枚の風景画。
一つは富士山。
そして、もう一つは不気味な樹海の絵。
富士山からは不気味な感じはしなかったけど、樹海からはおかしな気配がしていた。
それを素通りするなんて……と呑気な自分に呆れ返る。
だけど、そんなことを言ってる場合じゃない!
「どの絵か、それがどこにあるのかもわかるよ!」
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